第34話 第二王子ウルド⑤
アルドはこれまでの経緯を語った。
とは言え、王都から始まったこの長い旅路だ。全てを伝えるにはそれなりの時間を要する。
なので要約し、重要な事に焦点を絞った。
大まかに分けて三つ。
一つ、闘技場の闘いと国王から伝えられたアルペウス神の存在、そして今でも人間を支配し続けているという事実。
二つ、ルイスという犠牲を払いながらも逃げ込んだエルフの里。そこで起きた魔人と手を組んだ盗賊団の襲撃事件。
三つ、魔王軍の思惑を悟り、それを伝えようと商業都市メルクに入った事。
そこで巨大スライムが出現し、住民を恐怖のどん底へ落とした事。
ウルド王子は出来事を一つ一つを精査するようにじっくりと聴き込んだ。
やがてアルドが話し終えると、対面しているウルド王子は表情をやや硬くしながら口を開く。
「……なる程。確かに最近、軍部と商会から同じような通達があったよ」
「そうですか! 内容を聞いても?」
「”信仰の深い場所、聖遺物など、魔人が転移の門を起動する触媒になる可能性あり。警戒されたし”とね」
それは非常に的確な警告だった。
アルドとスミスがドーラへ伝えた事は、思った以上に明確に伝達されているようだ。
「苦労した甲斐がありました……!」
メルクへ行った事は無駄ではなかった。
そんな達成感からか、アルドはこの日初めて、背もたれに寄り掛かった。
後ろで地べたに座ったスミスもそれを聞き、少しだけ体勢を崩したようだった。
「アルド達の警告があったから、僕達も警戒ができた。改めてお礼を言うよ。ありがとう、アルド」
突然頭を下げたウルド王子。
それに慌てて、アルドは背もたれから身を起こす。
「い、いえいえ! 私はとても褒められるような事などは……!」
「何を言うんだい。君が立派に信念を貫いたからこそだろ。それが例え、父上や神とやらの意思に逆らう事だろうとね。僕はおろか、誰にもできる事ではないよ」
「兄上……」
ウルド王子は立ち上がり、アルドの後ろに座っていたレン達にも膝をついた。
「あなた方もだ。我が弟について来るのは本当に苦労が絶えないだろう。アルドの兄として、礼を言わせてくれ」
ウルド王子は膝をつき、頭を下げた。
その真摯な言葉遣いは王族らしい貴賓と親しみが湧き立っている。
そしてその姿勢は、闘技場の牢獄でレンとスミスに向き合った、アルドの姿勢そのものだ。
もしかすると、ウルド王子の人に対する真摯な態度も、アルドの瞳に焼き付いているのかも知れない。
「いえ! 僕らもアルド様には助けられましたから!」
負けじと低く頭を下げて、レンは声をあげた。
そんな彼へ、ウルド王子は親しみの篭った視線を投げる。
「ふふ、そうかい! アルド、そろそろ紹介してくれたまえ」
「え? 兄上、何を?」
兄が頭を下げて少々慌てていたアルドは、首を傾げて聞き返す。
「何を、ではない。連れて来ているんでしょ? その元勇者レンを」
「……!」
思ってもいない看破だった。
サリーの認識阻害は間違いなく効いている。
今、ウルド王子の目には、アルド以外はただの学生の一団としか見えていないはず。
「兄上、何故分かるのです……?」
「お前がそこまで語ったんだ。当の本人を連れて来てもおかしくはない。まあ、半分は僕の勘だけどね」
ウルド王子がにこりと微笑む。
その表情に彼らの父、アルフ王の影がかぶって見えた。
あの鋭い観察眼、人の心を見透かすような視線はウルド王子にも受け継がれているようだ。
(血は争えないな……やはりこの方も、立派に国王の息子だ……)
僅かに冷や汗をかきつつ、アルドは迷っていた。
ここでレンを見せるリスクは計り知れない。
ウルド王子の考え次第では、レンを含め全員の命をどうにでも出来る。
もっとも、兄はそんな残忍な性格ではないと分かってはいるが、王子という権力は指先を動かすように人を操れるのだ。
以前まで同じ立場であったアルドにとって、警戒を孕んでしまうのは当然だった。
しかし一方で、レンを紹介する事には多大な利を生む予感がしているのも事実。
やがて、逡巡するアルドを振り切るように背後から声が上がった。
「アルド、大丈夫だよ。この人を信じよう」
レンだ。
その瞬間、彼の穏やかな瞳と声が、アルドの背を押した。
「……レン、分かった。君が言うならそうしよう……」
「ほう、やはり、その者が……」
ウルド王子は立ち上がったレンの顔をまじまじと見つめている。
そしてレンは、本と書類から下山してウルド王子の下へ跪いた。
「元勇者……レンです。よろしくお願いします、ウルド王子」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って下されば
ブクマ、ご評価、ご感想いただければ嬉しいです。
創作の活力になりますので
どうか、よろしくお願い致します!!




