第29話 愛用のソックス
「ノエル……あのね……」
サリーはノエルに囁いた。
昨夜と同じようにノエルが彼女を諫めたのだが、サリーが話し始めるとノエルは男どもを部屋から締め出したのだった。
どんな内容か、今日こそ聞けると期待していたスミスだったが、ノエルに睨まれ目を逸らした。
「サリー様、ちょっとあそこで話しましょうね」
「……うん」
ノエルに促され、ゆっくりと立ち上がったサリー。
その背中には哀愁が漂っている。
二人はそのまま、木陰のかかる小さなベンチに腰掛けた。
レン達には何を話しているのかは聞こえなかったが、それは本当に珍しい光景だった。
いつもは気丈に、傲慢に振る舞っているサリーが、今では小さい女の子のようにションボリしている。
ついでに、その背をさするノエルはいつにも増してお姉さんだった。
数十分後、二人がレン達の元へ戻ってきた。
「アルド様。やはり会う事だけは避けられませんか?」
「うーーん。すまないがそれは避けられないな。相手が相手だからな……」
すると、サリーがノエルの服の裾をちょんちょんと引っ張った。
「はい、何ですか?」
ノエルが振り向くと、何故かサリーは彼女に耳打ちする。
ノエルはそれに頷いて、再びアルドに交渉する。
「……アルド様、会うのは諦めるので、せめて認識阻害を使って良いかと……」
「サリー。君がそこにいる事に意味があるんだ。それは容認できない」
アルドはサリーに向かって語りかけるが、当の本人はノエルの背後に隠れるばかりだ。
そしてまたゴニョゴニョとノエルへ耳打ちした。
「何だこの状態」
「私が聞きたい」
サリーは野生の小動物のように警戒心を顕にしている。
しかも度々アルドとレンを恨めしそうに睨むのだ。
サリーの耳打ちが一通り終わると、二人は側にあった柱の影に隠れてしまった。
「ノエル? 何してるんだ?」
「ちょっとお待ちを! あ、こちらには来ないでくださいね!」
二人はすぐに戻ってきた。そしてノエルは、アルドに黒い布地を手渡した。
「あの、アルド様、これでどうにか出来ないかと仰ってます……」
それはサリーが愛用しているソックス。
ノエルの掌にちょこんと乗せられている。
ふとももまでの長さがあるそれは、普段からサリーの足を寒さから守っていた。
そのためか、ノエルの背後で睨む彼女の足は少々寒そうである。
だが、レンとスミスは文句を言った。
「おいおいサリー! そんなんで先方が納得するかよ!」
「そうだよ! 嫌なのは分かったけど、流石にそんなので行けるわけないよ。そうだろアルド!」
返ってきたのは小さい唸り声。しかも眉間にシワを寄せながら、だ。
「ぐるるるる……!!」
もはやただの野生動物である。
一方、ノエルの持つソックスをまじまじと見つめているアルド。
彼は少し思考を巡らせると、ため息をつきつつ言った。
「……やれやれ、いいだろう。それで手を打とう」
まさかの決断に驚くのはレンとスミス。「「えーー!!」」と二人の声が揃う。
「いやいや! たかだか靴下でどうにか出来るのかよ!!」
当然の疑問だった。アルドもそれは承知しているようで、頭を抱えながら言った。
「うーーん、一応目処は立つ……兄上ならな……サリー、認識阻害は許可しよう」
「マジかよ……」
スミスの表情が青ざめる。ドン引きである。
一方のサリーは野生から覚めたようで、すっかり元の人格を取り戻していた。
「さて、じゃあ行きましょうか! あの変態……もとい、第二王子の研究室へ!!」
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