第13話 不測の事態
ーー朝、闘技場内の牢獄ーー
とうとうスミスの旅立ちの朝がやって来た。
彼は昨晩ルイスが帰った後も眠らなかったようで目には隈が張り付いている。
僕が起きてくると、スミスは『おはよう』とだけ挨拶し、身支度を始めた。
今日、彼はここを出る。
彼とは昨晩、語るべき事は全て語った。後はお互いに健闘を祈ろうと月光の中で誓い合ったのだ。
それでも、身支度をしているスミスを見ていると、寂しい気持ちになってしまう。
そうこうしているうちに、王子が牢獄の扉を開けて入って来た。
今朝はやや元気がないようで、いつもよりも静かなように思えた。
そして、スミスの牢の前に立つと、挨拶を省いてこう言った。
「どうだ? 結論は出たかね?」
いつもの王子とは違い静かな緊張があったが、スミスは臆することなくこう返した。
「準備は出来ました。出ます」
王子はその答えを聞くと、肩透かしを喰らったような顔をした。それはそうだ。スミスは昨晩、頑なに行かないと言っていたのだから。
王子は後ろに付いていたドーラの方を一瞬見た。しかし、ドーラは何も言わない。
すぐにスミスに向き直ると、王子はほっとした表情に変わっていた。
「……そうか、賢明な判断だ」
安心したような口調でそう言うと待機していた見張に牢屋の鍵を開けさせた。
ガチャ、と金属音が鳴り、スミスが牢から出ていく。
だがスミスは出るなり、「最後にこいつと少し話をしていいですか?」と言って僕の方に親指を向けた。
「もちろんいいぞ!」
いつも調子を取り戻したように、王子は軽快に答えた。
スミスは王子にお礼を言うと鉄格子に手をかけた。そうして僕らは鉄格子越しに向かい合う。
そして、一言。
「アンタと出会えてよかった……!」
「僕こそ……!」
何だかお互い泣きそうだった。
短い間ではあったが、僕とスミスはこの過酷な奴隷闘技者生活を共に生き抜いた戦友だった。
これから、スミスは商人として生きる。そして僕の方は脱獄してこれからも生き続ける。
当面は失った記憶を戻すために奮闘するだろう。
「スミスと過ごした日々は絶対に忘れないよ」
「バーカ! 記憶喪失のくせに、信用できるか!」
結局はお互いに笑い合う。
寂しく薄暗い牢獄内には2人の笑い声が響いていた。
ひとしきり笑うと、スミスは牢の中に手を差し出しながら言う。
「次の戦いも必ず生き残れよな! 俺が稼ぎまくって、いつかアンタを買ってここから出してるからな!」
それは、脱出が失敗したとしても、生き続けていればスミスが拾い上げてくれると言う事。
“だから絶対に死ぬんじゃないぞ!“と言う彼なりの強いメッセージだと僕は感じた。
「ありがとう! 期待して待ってるよ!」
差し出されたスミスの手を握る。そして僕らは固く、確く、握手を交わした。
そんな僕らの姿を王子は複雑そうな表情で見ていた。
◇
ーー2日後、仕合当日正午、闘技場内の王子の私室ーー
王子はこの2日間ずっと考えていた。今日執り行われる仕合のことではない。あの元勇者のスミスへの行動についてである。
あの日以来、王子はすっかり困惑していた。
そもそも、スミスの牢から出ないと言う言動も理解不能であったが、翌日には大人しく牢から出ている。
そして、その理由を本人に聞いたところ、『それがアイツの願いだから』と言う。
王子はそれを聞いてからますます混乱した。
スミスにとっての“利“は牢から出て商人になることだ。それは確かにまっとうされた。
今頃彼は客席に着いた頃だろう。
元勇者と同房のよしみとしてスミスにはこの仕合を見届ける権利がある。
そう考えた王子はスミスに観戦チケットを贈ったのである。
無論そこには、妙な気は起こすなよという意味も含まれているが。
一方で、元勇者の方にはスミスを牢から出す“利“があったのだろうか?
いや、それは断じてない。
元勇者の未来は惨たらしい死しかない。
それはローグとの一戦で死にかけた彼も分かっているはずだ。”闘技場は彼の処刑場だ”、と。
そしてその事実は今日の仕合でも決して変わることはない。
だが、元勇者は見事にスミスを説得して見せた。
「元勇者に何の“利“があると言うのだ……彼にとってはスミスは唯一の支えだったろうに……」
しかし、その矛盾にこそ答えがあるような気がしていた。今のアルド王子には見えない光のような朧げな解が。
コツコツと扉が叩かれる。
そして王子がどうぞと言わない内に扉が開かれ、側近のシェーンが焦った様子で入ってきた。
「王子!!たた、大変です!!」
「落ち着け、シェーン。一体どうした?」
シェーンは随分急いで来たのか、かなり息を切らしていた。
そして息を整えきらないうちに一言。
「間も無く国王がここへ来訪されます!!」
それは、あまりにも予想外の出来事だった。
「何!? それは本当か!?」
シェーンは息を整えながらも、急いで伝える。
「先ほど国王からの伝令がやって来ました! 間違いありません……!」
国王が来る事など全く聞いていない。通常、国王ほどの人物が動く時には必ず情報が入ってくるはず。
ましてそれが王子の居城の一つにやって来るとなれば尚更である。
「目的は……? まあ大体察しはつくがな……」
聞いたものの、国王がここに来る理由は一つしか思い当たらない。
「はい! ガロード卿と元勇者の仕合観戦のようです!」
「確実に処刑されるところを確認しに来た、というところか……」
仮に元勇者が勝利したら、もうひと仕合は組めると考えていた王子であったが、そのあては完全に外れた。
国王が直接来ると言うことは、『元勇者の死』以外の結果はあり得ない。
ガロード卿が敗北したとしても、そのまま王命によってベルサック卿による処刑に移るだけだ。
王子は考えを巡らせたが、その時間が無駄であるとすぐさま判断する。
国王相手に策を弄するには時間が無さすぎる。
そして、直ぐさま配下達に命令を下した。
「いいだろう。国王は王族用の来賓席へ通すぞ。これより出迎えに行く。ドーラ、席の準備は任せた」
「畏まりました」
ドーラはいつも通り、冷静な口調で返答する。こういう時、彼女の冷静さが頼もしかった。
そして、王子は立ち上がり、力強く歩き出す。
「面食らったがいい機会だ……! 父上がなぜあの元勇者に執着するのか問い正そうじゃないか……!」
不可解な国王の行動に不安は残るが、こうなっては真っ向勝負しかない。
王子はそう言って、シェーンと共に闘技場の入場ゲートへと足を向けた。
これより闘技場に大波乱が巻き起こる。
生き残りたい元勇者、不測の事態に陥るアルド王子とその従者、元勇者を助け出したいスミスと元勇者一行、元勇者の死を望む国王と軍部。
それぞれの思惑が重なり合い、状況はさらに予想外の混沌へと変貌する。
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