第18話 獣の如く
「リース!!!!!」
「リースちゃん!!!!」
吹き抜けへ投げ出されたリースを見て、メラルと褐色の少女が叫ぶ。
リースは杖を無くし、浮遊魔法を制御できない。
しかし、二人が彼女を助けるには、あまりに距離が開きすぎている。
投げ出された少女。そしてその背後から聞こえた叫び。
状況は、今まさにリースの一番近い位置に倒れていたレンも察した。
だが、間に合うはずがない。
近くに倒れているとはいえ、彼が上体を起こし、吹き抜けへ走り出す頃には彼女は地面に激突しているだろう。
ましてレンに彼女を助ける理由などない。
それどころか、あまりにも一瞬の出来事で、それを判断する間などありはしない。
そのはずだ。
だがそれでも、レンは前足底に力を込めた。
それは背後から響く悲痛な叫びを聞いたからではない。
理性を飛び越え、直感的に動いていた。
瞬間、レンは動き出した。
地面を捉える右足は、そのパワーを左膝へと送り出す。
それを受け取ったのは左腿。そして更なる加速でレンの体を前へ前へと推し進めた。
すると、レンは上体を起こす事なく、即座に走り出す。
現代でいうところの、クラウチングスタート。しかしその姿はアスリートというよりも、まるで四足獣のようだった。
両腕、両足を駆使し、人間とは思えない加速で落下寸前のリースへ向かう。
(間に合え!!!)
そして手すりを飛び越え、レンの体はリースと共に宙を舞った。
レンは両腕を広げ、空中で放心状態のリースをしっかり捕まえると、そのまま真っ逆さまに堕ちていった。
◇
「彼は良いのですか? ノエルさん」
「え、ええ。私が居なくともレン様なら……それに、あそこに割って入るには遅すぎました……」
時は少し戻って礼拝堂の前。
メラルの姿を見た矢先に、レンは「ごめん、先に行ってて」とだけ言い残して走り去った。
そしてメラルもそれを追って長い廊下の奥へと消えていったのだ。
「申し訳ない……彼は悪い子ではないのです……ただ、育った環境が周りと違うというだけでして……私の指導力不足です」
神父兼教師のノヴは、悲しそうな声でそう言った。
「何を仰いますか! ノヴ様はとても良い先生だと思いますよ。ここの生徒でもない私に親切にして下さいますし、今もメラルさんを心配されていますし!!」
「ノエルさん……ありがとう。貴女も清い心を持っているようですね。女神アルペウスも貴女のような信徒を持ててさぞお喜びでしょう」
聖職者同士、なんだか穏やかな空気が流れた。
そのまま二人は学院図書館へと足を向ける。
「ところで、先ほどのレン君とはどこでお知り合いに?」
「え! ええと……!」
ノヴがニコニコとした笑顔を向けて、話題を振ってきた。
当然だが、正直に「今王国が追っている元勇者様ご本人で、私の故郷を救って下さったのです!!」などと言えるはずがない。
ノエルは目線を壁の方に向けながら何とか誤魔化した。
「あはは! な、長い付き合いでして! 幼馴染みですよ〜〜!!」
「……ほう。それは変わったご関係ですね。普通、幼馴染みの方を”様”呼びするのは少々不思議ですが……」
「ギ、ギクウ!! そ、それはですね……! 私は家族以外をそう呼ぶように育てられたからなんですよ〜〜! なぜなら私、教会で育ちましたから〜〜!!!」
思わず肩がビクリと上がり、ノエルは目を泳がせる。
一方ノヴは、「ギクウ?」と、首を一瞬傾げたが、彼女の家庭を察して謝った。
「失礼、立ち入った話でしたな。信頼関係は千差万別、第三者が口を出すような事ではありませんね」
教会で育ったという事は自分が捨て子だと話すようなもの。
その事を、ノエル自身は何とも思っていないが、他所様から見ればそうではない。ノヴは彼女の事情を慮ったのだ。
しかし、ノヴは暗い雰囲気にはさせず、話を変えた。
「では、話題を変えましょうか。レン君のどこが好きなのですか?」
「ははは……え?」
ノエルが見上げたノヴの顔は慈悲深さに好奇心が混ざったような、要するにニヤニヤとしている。
「な、何を仰っているのでふ……!」
予想外の話題にノエルは顔を真っ赤にした。
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