第17話 事故
「一体いつまで追いかけてくるんだ!?」
長く伸びる廊下をレンは必死に走り続けていた。
「待てコラぁぁぁ!!!!!!!!!」
背後から怒号が聞こえたが、レンは振り返ることはない。
数分前、礼拝堂を出て鉢合わせたメラルの顔を見て、レンは一瞬で彼の目的を察した。
メラルの目的はレン自身。
これがノエルであれば、教師のノヴにノエルを託して逃げる様な事はしないが、自分が標的となれば取る行動は一つ。
「はぁはぁはぁ……! こっちだ……!」
廊下の角を曲がり、階段を飛び降りる。そしてそのまま転がる様に着地して、回転の勢いで体を起こして再び走り出す。
女の子の抱えられたメラルも宙を浮きながらその後を追ってくる。
「うおおおおお〜〜!!!!! リース!!! 気をつけろよおおお!!!!」
「うるさい! ちょっと黙ってて!」
標的が急に進路を変えたために、後を追う三人は空中で真横になりながらも方向を変えた。
曲がる度、背の高いメラルの頭だけが床を擦りそうになっていた。
(……直線だと追いつかれる。なら、より複雑な道に……!)
そう直感し、レンは走りながら次々に角を曲がった。
その度に後方の三人は空中で角度を変えながらレンの背を追う。
なお、レンが曲がるたびにメラルの怒号が悲鳴に変わっていった。
「ヒイイイイいいいいい!!!!」
「リースちゃん〜〜このままじゃ立ち入り禁止エリアに入っちゃうよ〜〜」
「……大丈夫よ、次にヤツが曲がったら捕まえられるわ! 拘束魔法を使うから、タイミングを見て浮力を強めて!」
「お〜〜りょうかい〜〜!」
するとレンの目前に曲がり角が見えてくる。
リースは浮遊魔法を褐色の少女に任せ、片腕を前へ掲げた。
レンが少し減速し、角を曲がろうと足先を傾けた瞬間、リースは叫ぶ。
『バインド!!!』
「……!」
しなる緑のロープが、生き物の様にレンへ襲いかかる。
だが、レンはそれを読んでいたかのように先に動いていた。
”機先を制する”という武術家の勘が、迫る魔法使いの攻撃を予測していたのだ。
そう、どの様な魔法が来ようと、確実に逃げ切れる一手をレンは持っている。
「竜歩!!」
人明流初代口伝:竜歩。
全体重を踵へと集中させ、たった一歩目から全速力を発揮できる特殊な歩法である。
そうしてレンは曲がる瞬間、レンは己の踵に体重を込め、跳躍するように地面を蹴った。
その急激な速度変化に対応できず、放たれた緑のロープは空を捕らえる。
「この……! まだまだよ……!!」
流れる魔力を操作し、リースはロープを更に伸ばした。そして、加速するレンの足首に巻き付いた。
「よし! やったわ!」
「うわ……!」
突然足首に異変を感じ、レンはバランスを崩して前のめりに倒れていく。
しかし、竜歩の勢いは彼女の想像以上に激しく、リースは緑に光るロープに思い切り引っ張っぱられる。
身を乗り出していた彼女は、いとも簡単に彼の腕からすっぽ抜けてしまった。
「あっ……!」
「リースちゃん危ない!!!」
「……リース!!!」
伸ばされたメラルの左手が空を切り、レンが転んだ方向へ飛ばされていくリース。
その先は吹き抜けの上層になっており、手すりを飛び越え落ちていく。
「あわわわ! 浮遊魔法……って!」
手元にあったはずの杖が消えている。無情にもロープが張った瞬間に、手からこぼれ落ちてしまっていた。
そして、かろうじてかかっていた浮力が途切れ、おおよそ2階建ての高さから、自由落下が始まる。
(……あ、死ぬかも……)
リースの小さな体に地面が迫る。




