第15話 幻想
礼拝堂では美しいステンドグラスから外の陽光が色とりどりに降り注いでいた。
陶磁器のようにまっさらな白壁が、その色を益々引き立ててる。
レンは美しい礼拝堂に設置された木製ベンチに座り、ぼうっとその光景を眺めていた。
彼の頭の中では先ほど倒したメラルの浮かんでいる。
「あんなに打ったのに全然手応えがなかった……強化魔法ってのは案外バカに出来ないな……」
背もたれに寄りかかり、レンは目の前にメラルの姿を想起した。
彼の体躯と構え、”打震”によって見通したその内部構造までをも。
そして、強化魔法によって空気をも震わせるその圧倒的な膂力を目の前に想い浮かべる。
それに相対するのは己。
まるで格闘ゲームを操作するかのように、先ほどまでの激闘を頭の中で再現した。
これは人明流では”武想”と呼ばれる鍛錬方法だ。
自身の肉体を虚空へ映し出し、実際に動いている感覚でそれを操作する。
そうする事で、普段なら気が付かない足運びや手足の位置、的確なタイミングなどを客観的に考察できる。
元の世界では、この鍛錬を好んでやっていた。
そうしている間だけは、自分の抱えている迷いや不安を考えずに済むからだ。
だが、集中する彼の視界に青白い影が浮かび上がる。
それと出会うのは、メルクを出てから数週間、あの橙色の記憶の鍵を開いて以来だった。
「……やあ、ルイス……」
レンは、当たり前のように平然としている。
既に”武想”で固めたメラルのイメージは煙のように散り、ルイスの感情の無い瞳がレンを見つめている。
彼女との冒険の一部を思い出し、ルイスを追憶する度に、レンの心は深く沈んだ。
過去では当たり前のよう側にいてくれる彼女の存在は、現実に戻れば消えてしまう。
人の心という物は残酷なくらいに繊細である。
レンの心は本人の意思とは関係なく、自らが追い求める物、後悔、愛情……そんな悲痛な感情を形にしてしまった。
それが、彼に取り憑いた亡霊の正体だった。
レン自身、ルイスが幻覚だと気付いている。
だがそれでもレンにとって、それがルイスである事には変わりなかった。
この旅路の結末が自分の死であるならば、最後には彼女が看取ってくれる。
それは幸せな事だ。レンはそう考えていた。
「君はどうして僕の前に来てくれるんだい? 僕を責める為? それとも慰める為?」
「……」
ルイスは何も答えない。今までも、彼女の口すら動いたことはない。
「……僕に何をさせたいの? そんなに心配しなくても、必ず君の所へ行くよ」
彼女の白い頬へ触れようと、手を伸ばす。
だが、レンの手が触れる前に、彼女は空気に解けるように消えていった。
レンの手は名残惜しそうに空を掴み、そっと膝の上に戻った。
「……もう少しいてくれていいのに……」
寂しさを紛らわすように、呟いてみる。
すると、礼拝堂の奥からガチャリ、と音がした。
「レン様! お待たせです!!」
ノエルの元気で大きな声が、高い天井まで響く。
小走りで駆け寄ったノエルに、レンは笑顔を作って見せた。
「お疲れ様、ごめんね、手伝えなくて」
「いえ! ノヴ先生が手伝って下さったので、思ったよりも早く欲しい情報が手に入りました!」
すると、ノエルの後から歩いてきた白髪の神父も笑顔で言った。
「お役に立ててよかったです」
彼はノエルとレンを競技場まで案内した教師、ノヴだ。
戦いに勝利した後、レンは「外部生のノエルに魔法都市の聖遺物について教えてあげて欲しい」という口実で、ノヴへ案内を頼んでいた。
教師兼神父の職を持つノヴは断るはずもなく、聖遺物についての書庫がある礼拝堂へ連れてきてくれた。
「……レン様」
「ん?」
するとノエルは、レンの手に自分の手を被せた。
ノエル手の暖かさが伝わってくる。
「大丈夫ですか……? 顔色が悪いようです。それに手も酷く冷たい……もう少し休んでいきますか?」
ノエルは心配そうに言った。
「ありがとう。でも、少し歩くくらいは大丈夫だよ! 早いとこサリー達に合流しようか!」




