第14話 学園最強の男
「……ッハ!」
メラルが目覚めたのは、ザグラム魔法学園に設けられた医務室だった。
白い天井にツルツルとした手触りのシーツを触り、彼はすぐさま通い慣れた場所だと気が付く。
(……ここに寝てるって事は……)
寝ぼけた頭を揺すりながら、レンとの闘いを思い出す。
そして、自分の体に走る痛みを自覚し、はっきりと頭が冴えた。
(俺は、負けたのか……)
彼の五体に刻まれた傷と動かない手足。その敗北の証を痛感する。
メラル瞳から熱いものがこぼれ落ちそうになる。
しかし男がそう簡単に泣くわけにはいかない。垂れる鼻水をすすり、動く左手で目を拭う。
「ーーあ!」
聞き覚えのある、ゆるい少女の声が耳に入り、メラルはそちらに顔を向けた。
見ると、彼の枕元で褐色の少女が赤く腫れた瞳を覗き込んでいる。
目があった瞬間、メラルは顔を背けた。
「リースちゃん〜〜メラル起きたよ〜〜」
「え! ホントに!?」
今度は活発そうな少女の声が、メラルの耳に入る。
するとその声に呼応するように、取り巻きの男どもの心配そうな声も聞こえた。
「メラル様〜〜!!」
その声が頭に響いて痛かったが、メラルはやや嬉しくもあった。しかし彼には確認しなければならない事がある。
メラルは穏やかに、だが悔しさも滲ませて口を開いた。
「……おう、お前ら……俺は負けたのか?」
そんな問いかけが騒がしかった医務室を空虚する。
取り巻き達は一様に顔を俯かせている。そんな彼らの様子だけで、もう答えは要らなかった。
「そうか……負けたのは姉御以来だな」
彼にとっては久々の敗戦だった。
”負けた”という事実だけが、メラルの肩にずっしりとのしかかる。
とにかく悔しい。その思いだけが、胸が張り裂けんばかりに蠢いている。
「なーーに暗くなってるのよ!!」
「イテ!」
白髪の少女が落ち込むメラルの額を叩いた。
「リース、なにしやがんだ……」
「いつまでも俯いてるからよ。アンタらしくもない!」
少し赤くなった額をさすりながら、メラルは顔をあげた。
白髪の少女はメラルの顔をじっと見つめている。
「アンタのいう喧嘩って、そんな簡単に負けを認めるもんなの?」
「……あれは男と男が持てる全てをぶつけ合った戦いだ。言っちまえば、奴と俺との男比べだ。女が理解できる世界じゃない」
ーーべチン!!
「イテッ!!」
また額を叩かれ、メラルが「何すんだ」と言いきる前に、リースの甲高い声が医務室に響いた。
「何が男比べだ! 知るかそんなもの!」
そう言ってリースはメラルの胸ぐらを掴み、彼の上半身を無理やり引き起こす。
一方、メラルの取り巻き達は慌て始める。
「リース嬢! ダメだよぉ!」
「お嬢、やめてくれ! メラルさんは怪我人なんだよ……!」
「……」
胸ぐらを掴んだリースの手に力が入り、震えている。
その腕から伝わる感触からは、紛れもない彼女の感情が伝わってくる。それは、負けた本人以上の悔しさだった。
腕から伝わってくる感情に、メラルは我に帰ったような想いがした。
メラルはそっとその手に触れて、涙を浮かべたリースの瞳を見た。
「……すまねぇ、リース……分かったよ。俺も久々に負けて、ちょっと気が滅入っただけだ。そんなに怒鳴らねぇでも、すぐにリベンジ決めてやるからよ……!」
リースは頬を少し染め、手を離した。
「……本当に?」
「ああ! おめぇもよく知ってるだろ? 俺はこの学園最強の男。鉄拳のメラル様だぜ!?」
「うん……なら、許す……ごめんね……私も言いすぎたかも」
リースはそっと囁くように言うと、顔を俯かせた。
すると彼女の背中に飛びつくように、褐色の少女が抱きついてくる。
「もーー、リースちゃんってば短気〜〜」
まるで、からかうような言い草だが、そのゆるい口調が病室内を明るくさせた。
一方で、メラルは取り巻き達に向かって指示を飛ばす。
「よし! そうと決まれば、やる事は一つ!」
「ハイ! 早速奴のクラスと階級を調べてきます!」
取り巻きの一人がそう言って数人が医務室から走り出た。
それをベッドから見送り、メラルは闘志を漲らせた。
「あの野郎、次こそは絶対にぶっ倒す……!」




