第13話 人体の限界
レンの目の前に熱風が渦を巻く。
大量の魔力、大量の熱気がメラルから放たれている。
レンはそのあまりの迫力に、まるで台風そのものと立ち合っている気分になった。
「ああ……これは、すごいや……」
互いの間合いは1メートルと離れていない。既に近距離とも言えるだろう。
だが、レンはさらに一歩、足を出した。
「いいぜ……! 来いよ!!」
ーー瞬間、レンが動く。
レンの拳が、肘が、足が、膝が、頭が、指先が。
それらの武具が、一斉にメラルへ襲い掛かった。
「……!!!」
メラルが台風そのものならば、レンは雷雨の如く。
だが、メラルにどれだけ攻撃を重ねようと、決して動じる様子はない。
激しい攻撃の雨の中、メラルは構わず振りかぶり、魔力の渦がより一層激しさを増していく。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
「はあああああああああ!!!!!」
メラルの足が、腰が、腕が駆動し、うなりを上げる。
恐ろしく強大な一撃は魔力の無いレンにとって、それは当たれば死ぬ程の威力と恐怖を持つ。
目前に迫りくるその一撃。
走馬灯か、微かにルイスの声が聞こえた気がした。
だがレンは、それでも尚、もう一歩前に出た。
決して人が抗えぬ強風の中、踏ん張り、前を向いて。
そして、レンは最も恐怖するべきソレに手をかけた。
それこそは、今まさに放たれんとしている、メラルの右拳。
「ーーーーな!」
「はあああああああああ!」
力が、逆流する。
溜めに貯めたメラルの魔力、圧力、暴力。
それがメラルの肩で暴発し、弾けた。
「があああああああ!!!!」
メラルの悲鳴と共に肩から腕が垂れ、力が抜けていく。
去来するのは圧倒的な痛みの嵐。
もはや戦いどころではない。
先程まで猛威を振るったメラルの豪腕。
その正体は魔法で強化された筋力によって生み出される運動エネルギー。
だがしかし、人体に扱えるエネルギーには制限がある。
もし、人体のスペックを超える負荷がかかった場合、筋繊維は剥がれ、骨は割れる。
自然界において、負傷とはそれ即ち死を意味する。
それ故、人体はとある神経を進化させた。
自身を守る筋肉や骨が損傷する前に、負傷の原因から即座に退避するために。
人はそれを、”痛覚”と呼ぶ。
自身の許容量を遥かに上回る運動エネルギーを振るうメラルにも当然それは存在する。
だが、彼は攻撃の度に危険信号を無視し続けていた。
故にメラルの右腕は限界を迎えようとしていた。肩も、肘も、関節を繋ぐ筋でさえ。
最初の連撃の中に”初代口伝、打震”も織り交ぜていたレンは、それを察した。
知った上で、放たれようとしていたメラルの拳をある方向へ押し導いたのだ。脆くなった彼の肩が壊れる方向へ。
だが、痛みに悶得ながらも、メラルの闘志は衰えを知らない。今度は左腕に力を入れようとした。
「まだだ……まだ、左が……」
激しい痛みを感じながら、メラルは目の前の男を睨みつける。
しかし、あまりの激痛に未だ身動きが取れない。
ーートン。
動けないメラルの腹筋にレンの拳がそっと置かれた。
「て、てめ……」
「二代口伝、穿打!!!」
衝撃がメラルの体内へ浸透する。
レンが新しく思い出した口伝はあらゆる防御を超え、人体内部へと衝撃が浸透する御技。
「がはっ……!」
血を吐き、冷や汗が全身に浮かぶ。
鍛え抜かれた肉体も、磨き抜かれた強化魔法もレンの打撃を阻む事はなく、彼の臓器を直接揺らした。
しかし、その闘志、誇り、度胸は一切の後退を許さず、倒れることすら許容しない。
最後の最後まで不適な笑みを浮かべ、男は立ったまま気絶していた。




