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第12話 記憶の鍵

 ーー闘技場内の牢獄ーー


 王子達が帰った後もスミスは頑なにここを出るつもりは無いと息を巻いていた。

 僕は早く脱出計画の事を伝えてスミスの憂いを消してしまいたかったが、見張りが無駄に頑張るせいで、それを伝えるのは困難だった。

 だが、ルイスが来れば見張りを眠らせ、3人で情報共有できるはずだ。


 僕は彼女が来るのを待ちわびた。


 夜半になると、スミスは眠ってしまった。

 仕方ない、後で起こすかと考えていると、見張りのいびきが聞こえてきた。

 牢屋から顔を出して確認すると、確かに看守は眠っていた。


 「眠った……という事は」


 そうしていると、排水溝から静かな声が響いた。


 「おーい……。どんな感じ……?」


 一応、看守を警戒してルイスが小声で聞いてくる。


 「大丈夫。看守はよく寝てるよ」

 「オッケー。スミスさんは起きてる?」

 「あ、今起こすよ」


 僕は牢屋越しにスミスを起こして排水溝に耳を傾けるよう伝える。

 スミスは起こされて不機嫌だっが、寝ぼけ目でそんなおかしな注文を意外にもおとなしく聞いてくれた。


 「こんな夜更けになんだってんだよ……。またネズミかぁ?」


 排水溝に耳を近づけ、スミスは文句を言った。

 すると、排水溝の中からも声が響く。


 「こんばんはスミスさん」

 「うぎゃーーーーーーーー!!!!!!!」


 牢獄内にスミスの声が反響する。


 「しぃーー……!!!」

 「スミス……! しぃーー!! 落ち着いて……!」




 僕ら三人は、ルイスがここへ脱出を手助けにきた事や、スミスが明日にはここを出られるという事を共有し合った。


 「驚いたぜ! まさかこんなに頼もしい助っ人がいるとは思わねぇ!」


 スミスを起こした時、大騒ぎではあったが運よく見張りが起きることはなかった。

 僕もルイスもかなり焦ったが、本当に良かった。


 「でも、スミスさんが出られるなら私も助かるわ。3人で計画は練ってはいたけど、どうしても無理になってしまったから」

 「え? どういう事?」

 「急に警備が強化されたみたいでね。昨日話した2つの脱出ルートは使えなくなってしまったの」


 ルイスの冷静な言い方には他にも代案がある事を示していたが、スミスは困惑を示した。


 「マジかよ……。でもルイスちゃん、2人でなら出る方法はあるのかい?」

 「ええ。かなり無茶をする事になるけど、もうこの計画しか無いわ……」


 その後、ルイスが説明した計画はあまりにも無謀で、あまりにも大胆なものだった。

 僕ら2人は空いた口が塞がらないが、どうやってもそれしか方法がないらしい。


 「いい? この計画で一番重要なのは、あなたがそれまで闘技場に生きて立っている事よ……」

 「ルイス……それってどのくらいかかるの?」

 「7、8分。いえ、6分で手筈を整えるわ。それまではどんな事をしてもいいから生き残って」


 それだけの時間、相手が何をしてくるのか分からない状況で、命が持つのだろうか?


 先ほど王子は言っていた。『次の仕合も君を殺すという指示は変わらないだろう』と。


 確実に相手は僕を殺す気で来る。

 しかもあのローグ以上の強者である。

 そんな相手に対して僕は6分も立っていられるだろうか?


 「やれる事は、逃げ回るか、会話するかだ! 実際に相手がどんな性格かも分からねぇが、時間を稼ぐならその二つに一つだ」


 スミスが前向きなアドバイスをくれる。


 「そうね。スミスさん。そもそも“戦わない事“が一番だわ。魔法の使えない人間が騎士を相手にできる訳がないわ」


 ルイスがスミスに同意する。僕も同じ意見だ。


 「でも、当日は何が起こるか分からないわ。出来る事はしましょう。あなたにコレを渡しておくわ」


 そう言ってルイスは排水溝の溝から小さな鍵を差し出す。


 「何これ?」

 「それは、あなたの“記憶“よ」


 その小さな鍵は、古めかしく所々に錆が入っている。持ち手の部分には青い宝石のような石がはめ込まれている。

 僕は鍵を受け取ると、鉄格子から注ぐ月光に照らして注視した。


 「これが僕の記憶? こんな鍵が?」

 「こいつの記憶がその古い鍵? 何かの封印魔法か?」


 それにスミスが反応をする。

 ただ、人間の記憶という物がどんな形をしているかなんて分からないが、少なくとも鍵の形はしていないだろう。記憶喪失にだってそれくらい分かる。

 

 「貴方がそうなるのも当然ね。どこから話したらいいかしら……。そうね……」


 ルイスはそう言うと、神妙な声になって、語り始めた。僕が記憶を失った理由とこの鍵の正体を。


 「私たちは数々の冒険の末、とうとう魔王城にたどり着くことができた。でもあの日、負傷していた私と魔法学士のサリーを置いて、貴方は騎士のミルコと共に最後の戦いに赴いたわ」


 ルイスは務めて淡々と話そうとしているようだった。


 しかし、彼女にとっても過去は辛い経験なのだろう。口調の端々に苦しい感情が見え隠れしている。


 「その後、貴方たちはボロボロになって帰ってきたわ。どんなに熾烈な戦いだったかは、その傷を見れば痛いほどに分かったわ」


 僕とスミスはただ聞いていた。


 ずっと謎のままだった、記憶を失う原因。

 それを一言も聞き逃すまいと自然と黙ってしまっていた。


 一呼吸置いてルイスは続けた。


 「ミルコによると、魔王と戦う直前に幹部の一人の卑劣な罠にかかってしまい、ミルコ自身が人質になったそうなの。貴方はミルコを助けるためにその幹部の魔法を正面から受けてしまった。その結果が今の貴方。そして貴方は意識すら失ってミルコに背負われて逃げて来たのだけれど……」


 王子も言っていた原因不明の記憶の消失。

 人類の魔法では解析不可能の魔法だと、王子は言っていた。


 そしてその後、神器を失っていた僕は国から見放される。


 「貴方のこと、ミルコもすごく責任を感じてね。記憶を戻す方法を探るために一人で魔人領を彷徨っているわ……。そして、彼の消息が分からなくなってからしばらく後、この鍵がサリー宛てに届いたの……。送り主はミルコだったわ。同封されていた手紙には『この鍵が失われた記憶の一部だ』と書かれていたそうよ」


 ルイスは苦しそうな表情で話し続ける。


 「昨日まではサリーの解析を待ってたんだけど、ミルコのメモの通り、この鍵には貴方の記憶が封印されている事が分かったわ。でも、サリーが手を尽くしても封印は解除出来なかった……。だから貴方がこれを持った方が、何かがきっかけで記憶の封印が解かれるかもしれないわ」


 消息不明のミルコからの贈り物、サリーの解析、そしてそれをルイスが僕に渡してくれる……。その鍵には顔も分からない仲間たちの気持ちが詰まっているような気がした……。


 「分かった……! ルイス。ありがとう」


 そして僕は鍵を握りしめ、ある事を確認する。


 「ルイス、ミルコはその後も消息不明なの?」

 「うん、本当に分からないわ……。サリーもどうやって魔人領から送ってきたのか分からないそうよ」


 騎士のミルコ……。僕は顔も思い出せない彼の安否が気になってしょうがなかった。


 「ルイス、ありがとう。よく分かったよ……この鍵に入っているのは僕の記憶だけじゃない……! 君を含めた仲間達の思いも詰まってるわけだ……!」


 鍵をより強く握りしめる。


 「僕のために体を貼ってくれている仲間達のためにも、僕は立ち止まる訳にはいかない。絶対に生きてここから出る!」

 「うん……。うん。そうよ……! そのためにも、この計画……絶対に成功させてみせるわ……!」


 ルイスは泣きそうな声をしながらも、力強くそう言った。

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