第57話 アルドの懺悔
「バイバイ!」
手を振って、ラウ少年は路地の先へ走っていった。三人は笑顔でその姿を見送った。
「……ラウ君のご両親をご存知だったのですか?」
ラウ少年の姿が見えなくなると、ノエルは振り返り聞いた。
アルドも聞かれる事を覚悟していたように、話し始めた。
「……ああ。彼の父上はな……先の避難騒ぎで亡くなっているんだ……」
「……やはりそうでしたか……」
アルドは苦しそうに俯いてる。
レンもまた、アルドを見て悲しげな表情を浮かべている。
ノエルは、長く修道女として勤めてきた。だから彼女は知っている。
誰かの死を目前にした時、その人間の心が表面に浮き彫りになる事を。
二人の様子は明らかに、自分を責めているように見えた。
「……レン様も、ご存知だったのですか?」
「いいや。でも、西門で死者が出た事は知っていたからね……。それでアルドに聞いてもらったんだ」
「ああ。あの子の父親の名は、確かに覚えている」
アルドは夜空を見上げた。空には数えきれないほど星々が瞬いている。
「エルフの隠れ里のアーダイ、パルジット、フィー、その弟のヒー、レゴ、ここ商業都市で起きたスライム侵攻によって、バロック33歳、リフェ3歳、ロイ4歳、フェルト5歳、メイ6歳、テト6歳、ヒューイ9歳、ジン12歳、レイ15歳、マー36歳、ハリオ45歳、アイラ46歳、キャル46歳、メロルイ55歳、エルメダ87歳、ゴレゴリオ89歳、バレス90歳、ガルペオ91歳、ナルガス91歳、パーシル93歳……」
夜空に浮かんだ星を数えるように、アルド一人ひとりの名前を言っていく。
「商業都市で起きたスライム侵攻で計21名以上の尊い命が失われている……」
「まさか、あの事件で亡くなった方全てを覚えてらっしゃるのですか!?」
「……正確には全てではない。ここに来る前に立ち寄っているエルフの隠れ里でも闘いがあったさ。そこではエルフのアーダイ、パルジット、フィー、その弟のヒー、レゴ。そして、勇敢な少女ルイス」
アルドの後悔。エルフの隠れ里では自分の指揮の甘さから死傷者が出た。
彼はそう思っている。
「彼らも私達の旅で命を散らしたもの達だ。私が行動しなければ、彼らは平穏な日常を送り続けていたかもしれない……。だから私には、彼らの名を心に刻む責務があるのだよ。ノエル」
ノエルは、アルドが見る先に力強い光を垣間見た。
(ああ、この方は、この方々は……)
ノエルは考える。
神の信仰の下、彼女は多くの信者を救済したつもりだった。だが果たして、本当に彼らは救われたのだろうか?
それは、ノエルには分からない。
なぜなら彼女には、神の教えを正しく伝えるという事しか頭になかった。
それで信者の心が救われれば、それで良かったのだ。
だがそれは、その場限りの感傷だ。信者達のその後の人生は本当に幸福になったのだろうか?
ノエルには、分からなかった。目を向けることもしてこなかった。
『勝手な事を言うな!!! わしの事を何も知らないくせに!!!』
過去に、ある老人から投げつけられた言葉がノエルの中で反響する。
(そうだ。今まで私は、”人”を見てこなかった……。自分が信じたいものだけを信じ、知りたい事を知り、成りたい自分になるべく努力してきたつもりだった……でも、私は今まで”自分”しか見えていなかった……)
ノエルは再び二人に目を向けた。
今目の前に居る二人、過去に自身を助けてくれた二人。
それどころか、メルクのため、西街の住民のため、冒険者達のために体を張った。
そんなアルドとレン、サリーにスミス。果たして彼らの行動に、悪意があっただろうか? 悪辣さなど見えただろうか?
ない。絶対にない。
そう断言できる。
「……では、アルド様、レン様。答えてください……」
もう、ノエルに迷いは無かった。
心の底から、彼らを信じたい。そう思った。
だからこそ、聞かねばならない。
どんな理由だろうと、結局彼らは誰かのために行動しているだろう。
もしそうなら……。
「”神の打破”とは何のためにするのですか?」
「「……!」」
レンもアルドも、固まった。
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