第55話 星空の食卓
満天の星空の下、レン、アルド、スミスと彼の両親、フィラメ、ノエルは食卓を囲んでいた。
明かりはテーブルに置かれた4つの蝋燭と暖を取るために起こした焚火が一つ。
後は夜空に浮かぶ星たちだけ。
そんな場所で食事をすれば、自然と料理の味も引き立つというもの。
「美味しい!」
「うまっい!!」
「そうだろ〜〜!」
フィラメとスミスの母ヴェルサが腕を振るった料理はもちろん美味だろう。
だが、そんな料理も屋外で食べると更に美味である。
あまりの美味しさに、レンは今日の疲れが吹っ飛ぶような気がした。
また、料理を作った方も、これだけ絶賛されれば気分が良い。
食卓は大いに盛り上がり、皆、笑い合った。
だが、ノエルの心中は穏やかではいられなかった。
早く、あの言葉の真意を聞きたい、そんな想いだった。
やがて夜がふけ、食事の片付けもそこそこに、レン一行は宿への帰路に着く。
結局サリーは最後まで現れなかったため、フィラメにサリー用の特盛弁当を作って貰った。
「俺、一応さっきの場所を見てから帰るよ。サリーのやつ、まだあそこで考え込んでるかもしれないからなぁ」
スミスはそう言って、サリーが熱心に観察していた煉瓦のある西門前の広場へ走って行った。
レン達の泊まる宿とノエルの宿は同じ道。レン、アルド、ノエルの3名は自然と歩き始めた。
半月が夜空に浮かび、星が綺麗に瞬いている。
秋めいた夜の香りがノエルの鼻腔をくすぐった。
彼女は緊張を少しでも和らげようと、深呼吸した。よく冷えた空気を吸い込み、吐く。
それだけで、今から自分が聞き、返ってくるであろう恐ろしい答えを受け止められる気がした。
(本当は聞きたくなんてない……私が知らないフリをすれば……)
そんな思いがノエルの脳裏をかすめたが、結局ノエルという女性は自分の気持ちを裏切るような事は出来ない。
それでもノエルは信じたくはなかった。『神の打破』などという、”悪辣”を自分の恩人達が企てているなどとは。
幼少期より教会で育った彼女にとっては、『神の打破』とそういう意味だ。
◇
修道女ノエル・ブリゲートは実に不器用な女性だ。
17年前、澄み渡るような空の下、バスケットの中に毛布で包まれた赤ん坊を見つけたのはグラム神父だった。
幼い彼女は泣きもせず、ただ死を待つように衰弱していたという。
グラム神父の懸命の手当てにより命は助かり、教会に預けられたノエルだったが、それから何年経とうと親が迎えに来る事はなかった。
だが、彼女は自分の境遇に不満を持つ事はなかった。
『聖典に興味があるのかい?』
グラム神父は幼いノエルに聞いた。
『うん!』
幼い彼女の本心は少し違った。
いつも熱心に聖典を読んでいるグラム神父に褒めて貰いたかっただけ、構って欲しかっただけだ。
そんな幼心から、ノエルはアルペウス教の聖典を勉強し始めた。
聖典を読めば読むほど、神父もシスター達も褒めてくれた。
気がつけばノエルは、信者の前で神の教えや教訓を説けるほどになっていた。
ノエルは不器用な女性だ。
だが、彼女の人生は満ち足りていた。
本当の家族よりも深い絆で結ばれている神父様やシスター達、悩める信者を導く誇るべき職務。
そんな環境は彼女の心を喜びで満たしていた。
だがある日、彼女の人生に転機が訪れる。
それは年老いた信者に法話を説いていた最中だった。
『勝手な事を言うな!!! わしの事を何も知らないくせに!!!』
半狂乱のまま、老人はノエルに怒鳴った。
目を血走らせた老人はノエルに掴みかかろうとしたが、直ぐに他の信者に取り押さえられ、外へ連れ出された。
『気にしなくていい。あの方は奥様を亡くされたばかりでな、まだ心の傷が癒えていないんだ……』
グラム神父はそう言って、ノエルの頭を優しく撫でる。
だが、ノエルにとって老人の言葉は確かな重みを持っていた。
『……あのお爺さまの仰る通りです……私、何も、何も知りません……それに……』
彼女の世界は、メルクと教会、それ以外は聖典、それだけだった。
『私は、あの方に何も言えませんでした……すくんでしまって、何も……』
そう、彼女は知ってしまったのだ、己の無知を、己の弱さを。
以降、彼女は図書館に入り浸るようになり、書物を片っ端から読み耽った。
それは、己の無知を自覚した彼女なりの抵抗。
そして、長い年月をかけて神話以外のあらゆる本に目を通した。
童話、寓話、商会の歴史、効率的なトマトの栽培方法。
ありとあらゆる書物を読んだ。まるで、無知な自分を慰めるように。
そんな中で特に気に入ったのは、冒険譚だった。
魔王を倒し人間を救うという大義に敬服した。
冒険の中で深まっていく仲間同士の絆を欲した。
どんな逆境であろうと決してめげない勇者達の強さに焦がれた。
自分にも勇者のような強さがあれば、あの老人の心を癒すことが出来ただろうか?
いや、出来たに決まっている……。
この冒険譚には聖典には書いていない”人間の強さ”に溢れているのだから。
自分も勇者に、とまでは思わない。いつか、自分も冒険に出てみたい。
そう考えたのは必然だったのだろう。
困った人を助け、仲間と共に冒険したい。
願わくば、歴代の勇者達のように、”強くありたい”
それは果たして教会の信徒として正しい道だったのか、不器用な彼女なりに悩んだ。
だが結局、”冒険者になりたい”という想いは確実に彼女の中で膨らんでいく。
◇
ノエルは立ち止まり、前を歩くレンとアルドに声をかける。
「待ってください!!」
「ん?」
「どうしたの?」
(言って! お願いだから勇気を出して! 『神の打破』って何の事ですかって!)
口元が震え、涙が溢れそうになる。
(!? 何で泣こうとしてるの!? ああ、嫌だ……結局私は……あのお爺さんを救う事が出来ない、いつまでも弱いノエルのまま……)
呼び止められた二人は振り返る。
しかし、二人に視線の先はノエルのもう少し後方だった。
「レン! あそこ!」
「うん。こんな夜中にどうしたんだろ」
「え?」
ノエルも振り返ると、子供がトボトボと歩いているのが見えた。
先ほど通り過ぎた路地から出てきたようだった。
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