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お嬢様の前世の姉です

作者: 妃月イナ


享年不明。転生しました。


ある日突如転生した先は見知らぬ世界の見知らぬ家。

異世界転生という概念は知ってはいたが、思い当たる乙女ゲームもないし、チートな転生オプションもなかった。

トラ転の記憶もないが、前世の記憶は幼い頃から鮮明だったので紛れもなく転生したのだと理解するのに時間はかからなかった。


そんな私が転生したのは、やや落ちぶれ気味の男爵家の四女。

貴族とはいえあまりに平々凡々な現状に少々落胆しながらも、すぐに自分で自分を養っていける道を探した。

今世のウチの親、大した器量もないのに分不相応のことばっかやってるから多分今代で没落する。


そんなこんなで適当に選んだ働き先が、私の人生を一変させました。






「お嬢様、こちらが本日よりお嬢様のお世話をさせていただく侍女たちでございます」


私が働き先として選んだのが、王国有数の有力家門であるオルブライト公爵家。ちょうど公爵家のご令嬢の侍女を募集をしていたのでちょうどいいやと思って適当に決めた。

そのご令嬢というのが、美しい金髪に透き通るようなサファイア色の瞳をもつ、ルシア・オルブライトだった。

ルシアには、確かに初めて会ったはずなのに、すぐに分かった。


「そう、よろしくね」


話す仕草も言葉遣いも違う。容姿も物腰も全然異なる。それでも直感で理解した。

思い出すのは自分を呼ぶ聞き慣れた愛おしい声。


『お姉ちゃん』



彼女は、私の前世の妹だった。




前世の私には妹が一人いた。三つ下の可愛い可愛い私の妹。

お互いをシスコンだと自負するほど仲が良かったし、私がこの世界に転生したと理解した時、もう二度と妹に会えないことを悟って三日三晩涙を流した。

しかし、その妹がここにいる。もう一度会えた。気づけた。私の心は歓喜で打ち震えていた。



「ジェイドです」

「アンですわ」

「シェリルと申します」

「……」

「ちょっと、あなたも自己紹介しなさい」

「え?あっすみません。……ネリーとお呼びください」


今世の私の名前はネリー。

妹同様に名前も容姿も前世とは全く結びつかないが、妹も私みたいに私のことを気づいてくれるはずだと心躍らせた。













のが、数日前のこと。

コイツ、全く私に気づく気配がない。愛しい姉貴が側にいるというのに毛ほども気づかぬとはどういう了見だコラ。

実は妹じゃない可能性も考えたが、些細な癖やふとした表情が妹そっくりで時間が経つごとに妹にしか見えなくなってくる。


もう一つの可能性は、前世は妹だけど記憶がない、もしくは記憶が戻っていないことも考えたけど違った。ある日ルシアの勉強中にお茶を届けにいったらノートの片隅にバッリバリの日本語が書いてあった。

自分の名前と、その他諸々と、姉である前世の私の名前。


それがやはりルシアは妹だということと、ルシアは前世の記憶を持っていることを確信した瞬間だった。

かといって自分から名乗り出るのも悔しいのでルシアが気づくまで黙っていることにします。早よ気づけや愚妹。






そんな愛しい妹が今生きているのは、悪魔すら逃げ出す因縁渦巻く敵だらけの貴族社会。

誰もが騙し騙され裏切り裏切られが日常茶飯事の日々で、真に信じられるのは常日頃から側で支える侍女だけというもの。それなのに、ルシアには昔からお世話している馴染みの侍女がいないのを不思議に思っていた。てっきり先任の侍女達がいると思っていたのに、現在のルシアについているのは侍女は私を含め、私と同時期に入った4人だけ。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「ありがとう」


警戒しているからか、馴染みのない顔に緊張しているからか、最低限の会話し交わされない空間にはわずかだが常に緊張感がある。

自室ですら気を休められない、気を許せる人間がいないとなるとメンタルがやばいことになるのではないか。妹よ、メンタルは大丈夫なのか。

面倒臭い空気に飽き飽きしていっそ名乗り出ようかと考え始めた頃、侍女の一人のシェリルがだんだんとルシアと打ち解けていたことに気づいた。

勉強や作法のレッスンなどの間の僅かな時間に、二人で雑談をしたりこっそりお菓子をつまみ食いしていたり。

ルシアに心休まる楽しい時間ができてよかった、姉としても妹に気を許せる存在ができるのは心底嬉しかった。




そう思った数日後、シェリルは公爵家から忽然と姿を消した。何の前触れもない突然の解雇。

一応次の就職先は斡旋してもらったらしいが、別れの挨拶もままならない唐突の別れだった。


「侍女長、どうしてシェリルはクビになったのでしょうか?」


聞いたのは、単なる好奇心からだった。彼女が失敗するとは考えにくかったし、何よりルシアにとても良く接してくれていて、身分の差はあれど精神的に良い友人になってくれると思っていたから。

侍女長は困ったように少し悩みながらも、声を潜めて理由を話してくれた。


「それは、シェリルがお嬢様と親しくなってしまったからです」

「親しく、ですか?」


予想外の答えに思わず聞き返す。


「はい、旦那様はお嬢様には公爵家の者として行きていく上で余計な感情は必要ないとお考えです。それに全ての物事を把握しておきたいお方なので、わずかなことでもお嬢様を優先して行動する侍女を排除しているのでしょう」

「ルシア様の侍女はルシア様のためではなく、公爵様のために働くべきだと?」

「そのためお嬢様には昔から親しいと呼べる存在はありません。それが旦那様の意向ですので」


つまり公爵様が求めているのはお嬢様に寄り添う侍女ではなく、公爵自身に忠実なお嬢様の監視役。

いくらルシアの侍女といっても雇い主は公爵様であるから、気に入られなければすぐに解雇されるだけ、ってか。


「ですから、貴方も職を失いたくなければ相応に立ち回りなさい」


釘をさすようにそう言って侍女長は去っていった。

血も涙もねえのかよここの公爵様は。

結局は、私が妹のそばにいるためには公爵の望む駒でいなければならないということか。


なるほどね、分かってしまえば簡単なこと。昔から効率よく立ち回るのは私の得意分野。

見事に「駒」を演じて見せようじゃないの。








「ルシアお嬢様、おはようございます」

「おはようネリー、……シェリルは?」


ルシアはやはり解雇されたことすら知らされていないようだった。

私はなるべく表情に感情を出さないように淡々と答える。


「シェリルは昨日付けで解雇されました」

「っ、どうして?」

「私共にはわかりかねます。全ては旦那様のご意向です」

「……そうなのね」


ルシアはシェリルがいなくなったことで何が起こったのかを察したようだった。きっと今までにもそういうことが多々あっんだろうね。自分と親しくなった人は、自分の味方だと信じたものはすぐにいなくなってしまう、自分の前から姿を消してしまう。

ああ、可愛い可愛い私の妹。悲しそうに少し肩を下げる仕草も、泣きそうになりながらもそれを堪えるように眉間に皺を寄せる癖も、前世のままに愛おしいよ。ただ公爵様は許すまじ覚えてろ。






その後、公爵様が私を「駒」だと認識するのに時間はかからなかった。

何故なら数ヶ月のうちに残った侍女は私一人だったから。

まあ残りの二人は別にルシアとは親しくはなかったんだけど、妹に仕えるにあたって中々いい加減な仕事をしてくれたり物をくすねたりと、お邪魔虫なのでいなくなるように動かせてもらいました。物理的にじゃないよ?


正直誰がルシアのそばに残ろうと、私にとってはルシアと二人きりになれるのが都合が良かった。

色々自由に動けるし、代えが効かない分解雇されにくい。それでも万全を期して常に気を張ってなくてはいけない。

なぜなら妹の今世の親、つまりルシアの父親である公爵様が手の内の者を使って常に監視しているから。


「お嬢様、紅茶をお持ちしました」

「ありがとう、もし良かったら一緒にお菓子でもいかが?」

「いえ結構です」

「ここには誰もいないし、少しくらい大丈夫です。私も秘密にしておきますし、ネリーが誰にも言わなければ誰にもバレませんよ?」


それがバレるんだよ!

ルシアは監視がついていることを知らないらしく、何とか仲良くなろうとちょいちょい声をかけてくれたりお茶に誘ってくれたりする。はあ〜〜〜天使。うちの妹天使かな?天使だね。天使でした。 


「私はお嬢様の専属侍女ですが、それ以前に私の雇い主はお嬢様のお父上である公爵様です。お嬢様に関しては何事においても公爵様に報告する義務がございます」

「……そうですか」

「ずっとお側で控えさせていただきますので、それをお忘れなく」

「……はい」


しかし妹が天使であればあるほど、私の良心が激痛を訴える。

ルシアのそばにいるためには、全力で気持ちを押さえ込み、わずかな無駄口も叩かず、表情筋を駆使して感情を見せず、完璧な姿勢を貫いて公爵の駒であり続けなければならない。

それによって皮肉にも公爵からの信頼度は上がり、ルシアからの好感度は下がる。私は毎晩枕を濡らすはめになった。本当は普通に妹とおしゃべりしたいのに……。



つーかマジで公爵って何なの?ストーカー?普通ここまでする?キモいんですけど。

まあ私もこの屋敷で数ヶ月働いてきたから分かってきたけど、公爵は本当に効率重視の実力主義者でそれでいて野心家の冷酷人間。だからたとえ実の娘でもただの手駒に過ぎず、それ以上の価値はないし価値がなくなればすぐに捨てる。まさに極悪非道のクズ!クズ!!クズ!!!


自分の子どもたちですら手駒にする発想の持ち主はある意味貴族社会で生き抜くためには必要かもしれないけどさ〜〜〜。だからといってここまで愛情を注がない親子関係ってある?って感じ。

しかしルシアは健気でいい子で、父親である公爵の自分に対する考えを分かっている上で、価値がなくならないように、捨てられないように、そして嫌われないようにと日々精進する姿が嫌でも見えた。


私は改めて決意する。

そんな可愛い妹を日々観察していくためにも、私はルシアの侍女としてどんな手を使ってもずっと傍にいるってな!








そのうち屋敷の人たちは、初めてルシアの侍女として長続きしている私に大層驚いていた。ルシアに対して最低限の対応しかせず、それでいて公爵に誠心誠意仕えている私の態度を見て納得していたけど。勿論私の心内はいつだって妹ルシアナンバーワンですが。

ていうかルシアはこんだけ二人きりで過ごしてもまだ私のことに気づいていませんよ。おい妹よお前は阿保か。いや公爵の監視の目とかも考えたらバレちゃ駄目なんだけどね。


そうこうしているうちに私はルシアにつきっきりで行動することが多くなった。

というかつきっきりで行動しろと公爵から言われた。おそらく私が駒として有能だと思われたんでしょう。なんてったって公爵の言うことは聞くし、めっちゃ頑張ったからね!私!毎晩枕を涙で濡らしたかいがあったってもんよ。





やがて社交シーズンに入り、王都のあちこちで連日お茶会やパーティが開かれた。上位貴族として、貴族同士のつき合いも人脈作りも大切な仕事のひとつ。当然公爵令嬢であるルシアには招待状が山のように届き、それに応じて毎日が目が回るほどに忙しくなっていった。

でも忙しくなると同時に私に毎日の楽しみが増えました。それはルシアを着飾れること!

ルシアは基本ファッションや流行に関しては私に丸投げだからドレスを選ぶのもアクセサリーを決めるのも全部私の仕事!なんて役得なんでしょう。うふ♡

私の妹世界で一番可愛い妹を着飾れるなんて、こればっかりは公爵にも感謝がしたくなるわ。


「ルシア様、今日もお美しいですよ」


できるだけ感情を抑えながらも毎日毎日妹を愛でる。本当になんて幸せなんでしょうね!

ルシアを着飾って、一緒に出掛けて、そうすると自然と他の貴族の令嬢子息を目にすることも増えてくる。見ていくうちルシアが他の子たちと違うということがわかってきた。何というか言葉にしづらいんだけどね。うちの妹、何か違和感があるんだよ。


ルシアは貴族のたしなみとして、ダンスも話し方も社交術も群を抜いて全てにおいて完璧だった。教育を受けた貴族たちが集まる中でも突出して見えるほど洗練されてはいた。

けど、余裕がないというか、堅苦しさ、息苦しさの空気を感じていた。いやそりゃあ皆大なり小なり違うんだけど、皆多少なりとも人間らしさが見えた。

朗らかに笑う人、楽しそうにダンスをする人、優しく話す人、悪巧みの顔をしている人、少し緊張した表情の人。

なのに、ルシアにはそれがない。浮かべる表情も能面っぽい笑顔というか、少し口角を上げる以上の笑い方を許されていないというか。

ルシアの同年代の少年少女たちを見て、改めてオルブライト公爵が特殊なのだと認識した。貴族社会とはいえ、なーんでこんなにも厳しくするのか本当疑問だし。


その理由は後日すぐに分かったけど。






「息子と、婚約をさせようかと思う」


突然ルシアが王宮に呼び出され、急いで身支度を整えて向かうとオルブライト公爵とこの国の王様がいる部屋へと通された。お〜王様って初めて見た。リアル王様を目にして何となく感動した。そしてそんな王様からルシアに言われた言葉に正直驚いた。


だって王子の婚約者、つまり次期王太子妃、ネクスト王妃、リアルプリンセス。

よく考えれば当然の話だった。次期王妃となるのならばあれほど厳しい教育も頷ける。いやそれでも厳しい気はするけどね。


「公爵とはずっとその話をしていてね、今日お前たちに伝えようと思ったんだ」

「ありがたいお話でございます」


公爵、恭しく頭を下げてるけど悪い顔でてますよ。なんてったって超腹黒の野心家だからね。この婚約のためにそりゃもう色々と手を回してたみたいだし、数年かけて実行していた計画が形になってさぞ嬉しいことでしょう。

いつもの能面笑顔でルシアも公爵と同じように恭しく頭を下げる。


「承知いたしました」


その反面、ルシアの顔色は確実に悪かった。私にしか気づけないほどの些細なものだったけど、その表情は若干ひきつっているように見える。まあ更なるプレッシャーがかかったのだから気持ちは分からないでもない。この婚約が吉とでるか凶とでるかは例の婚約者によるだろう。


「よろしくお願いいたします、殿下」

「こちらこそよろしく頼む、公爵」


ルシアの婚約者、アラン王子。

見目はいいけど個人的には少々頭が弱いのではと心配されている噂が気になる。さすがに一目じゃ性格まではわからないけど、つまらねえ男だったら許さねえぞ。

これからお前が妹にふさわしい婿なのかどうかじっくりゆっくり見させてもらおうじゃないの。










貴族として、公爵家の娘として生まれ育ってきたルシアにはその地位を守るための覚悟と責任が生まれながらにしてあった。これまで公爵家のルシア・オルブライトとして、侮られないように、舐められないように、教育人脈礼儀作法など、全てにおいて日々精進してきた。

そして今回王子の婚約者となったことで、これからは王太子妃としての教育もこなしていかなければならない。それは誰でもできるような簡単な努力では無い、その上責任感や周りからの重圧、様々なプレッシャーとストレスを更に抱えることを意味している。


王宮から帰り、ルシアはすぐに自室に引きこもった。


「……嫌だ」


聞き耳をたてると押し殺したような泣き声と辛そうな嗚咽が漏れて聞こえた。


「もう……」


いくら周りから完璧な令嬢だと言われていても、その裏での努力は計り知れないもの。その努力に比例して辛い、苦しいといった感情も当然あるのだ。しかし親が決めた政略結婚を断るなど許されない。

だからルシアは人知れず、誰にも弱みを見せないように一人静かに泣いていた。


まあそんな頑張っている妹の姿も最高に愛おしかったが、さすがに可愛い妹がこんなに傷ついて、辛さに耐えている様子を見ると私まで辛い、どうにかしようかと様々な策を巡らせたが、どれも時期尚早でその場しのぎ。

今私にできることはないと悟り、せめてもの救いになればと願って紙とペンを手に取った。








次の日の朝方、私は書いた手紙を朝方こっそりルシアの文机に置いた。


ルシアが起きるまでこっそり中の様子を伺っていると、狙い通りいつも同じ時間に来るはずの私が来ないことを疑問に思ったルシアが寝室から出てきた。そしていつもきっちり片付けられているはずの机の上に置いてある手紙に気づき、大きく目を見開く。


「え、」


部屋に誰もいないことを確認して、手早く手紙を開く。

その瞬間、ルシアの目から大粒の涙が大量にこぼれ落ちた。


「お姉ちゃん……?」


あーーー、良かった。本当はやっぱりルシアは私の存在なんて忘れてしまっているのではとドキドキしていたんだけど、無事覚えててくれたみたいです。いやーこれで忘れていたら角材で頭を殴ってでも思い出させるけどね。

あと、実は書いた内容はものすごく悩んだ挙句に何とも軽薄なものになってしまったんだよね。


『おひさ〜、お元気? お前が公爵令嬢ってウケるw』


いや、わかってるよ?他にもっと書くべきことがあったって理解してるよ?でもいざ書こうとしたら照れ臭いというかどう書けばいいか分からなかったというか、正直引かれてもしょうがないと思ってた内容だった。でもルシアはその手紙をひたすら凝視し、ボロボロと涙を流し、ギュッと握りしめて胸に抱いた。

あの様子を見るに喜んでもらえたんだろう、良かった良かった。

好きなだけその様子を見て痛かったが、いつ公爵様関連の人に見つかるか分からないもんだから頃合いを見て身だしなみを整え、いつもより少し大きな音を立てて部屋に入った。


「おはようございますお嬢様」

「っ、お、はよう、ネリー」


っあーーー、かーわーいーいーーー。何だあの超絶可愛い生き物。そうです私の妹でーーーす!いつもポーカーフェイスなのに今は口元の笑みを隠しきれてないーー!かーーわいーーー!

ルシアは表面上は冷静を保ちながら慌てて手紙を机の中に突っ込む。あーあー、グチャグチャになっても知らんからね。それでもルシアの口元が僅かにほころんでいるのを見て、手紙を書いて本当に良かったと思った。






それから姉である私から妹への秘密の手紙は不定期に、それでも定期的に届けた。内容は様々だがどれもこれも自分で自覚している程くだらないことばかり。


『この世界の便通の良い食べ物ってなんだと思う?』

『旅行するなら帝国と聖国のどっち行きたい?』

『ドラゴンの卵って呼ばれてるフルーツがあるんだけど食べてみたい?』


正直これでいいのかと思わないでもないけど、ルシア自身「他でもないお姉ちゃんらしい」と喜んでいたから良しとしよう。

何故手紙が人目を避けて届けられるのか、何故ルシアの様子が分かるのか、という質問には『私は風の妖精と友だちだから、妖精さんに届けてもらってるんだよ』『妖精さんがルシアの様子を教えてくれているんだよ』という完全に適当な理由をこじつけたらすげえあっさり納得して安心して手紙を受け取っていた。

いや、そりゃこの世界には妖精はいるけどさ、だとしてもアホかコイツ。私の適当なでまかせを信じ切っている故ネリーのことは微塵も疑っていなかった。やっぱアホじゃコイツ。

でも、影ながらルシアの笑顔を見ることができるようになって本当に良かった。






ルシアが王子の婚約者となってから変わったことがもう一つ。暗殺未遂が増えた。なんて物騒なと思うかもしれないが、これが本当なんだから仕方がない。

本日もルシアに入れるための紅茶の茶葉の中に見覚えのない葉が混じっていました。さっさと捨てて安心安全な茶葉を使わせてもらいます。ルシアの紅茶葉に手を出せる人間なんて多くないから、実行した者もそれを頼んだ黒幕も簡単に見当がつく。はいはい皆まとめて極刑極刑〜〜。


他にも馬車が不自然に襲われたり、時には直接ナイフやら毒矢やらが飛んできたり、人相の悪い奴らが襲ってきたり。

そういう時どうしているかって?勿論全て返り討ちです〜〜〜。いえ〜〜〜〜〜い。


「ルシア様の暗殺を決行したのはお前だな?言い残したことは?」

「は……話が違うっ!このルートで行けば上手くいくと言われていた、上手くいくはずだったのにっ……」

「うるさい話が長い面倒臭いもう言い残したことないね?」

「ま、待てっ」

「待たない」


泣こうが喚こうが一度手を出したんなら容赦はしないよ。私の可愛い妹を狙ったんだから当たり前じゃ。











『今夜は銀月夜らしいよ』


ある日何気なく書いたのはこの国に伝わる風習というか、一年に一度に見える銀の月のことについてだった。前世では見たことのないものだったし珍しいよね?っていう軽い気持ちで書いたんだけど、手紙を読んだ途端ルシアはこっそり部屋を抜け出してった。いつも公爵の言いつけをしっかり守り、用がある時以外は部屋から出ないようにしているルシアの突然の奇行に私は「え?うちの妹何してるん?」と思う暇もなく慌てて後を追った。


ルシアが向かった先は遠くではなく、公爵邸内の庭園。そこでルシアは、ただただ月を見上げていた。

一年に一度銀の月が見える、銀月夜。この世界の人は銀月の夜は親しい人と過ごし、銀月を見上げて来年も共にいられることを月に願うという何だか素敵な風習がある。


「お姉ちゃんも、同じ月を見てるかな?」


ルシアが呟いた言葉に、私は思わずその場で崩れ落ちた。そしてルシアの前に飛び出したくなる衝動を必死に抑え、とめどなく溢れてきた涙とともにこぼれ出る嗚咽を必死に飲み込んだ。

ごめん、ごめんねルシア。可愛い妹、私のたった一人の妹。いつも冷たく接していてごめん。今すぐ連れて逃げたいのに、その力が私になくてごめん。辛い時にお姉ちゃんとして傍にいられなくてごめん。

ひとつの生垣を介して、私とルシアは同じ銀色の月を見上げた。


今夜だけは侍女としてお小言を言わずに、無断外出をしたルシアを見なかったことにしてこっそり部屋に戻ろうかと思ったその時、死角になっている生垣から覚えのある視線を感じた。気づかれないようにさり気なく探ってみれば、そこにいたのは公爵様の執事の一人。


「……チッ」


思わず舌打ちをこぼしてしまう。どこまでも異様なまでに監視する慎重すぎる公爵に嫌気が差してくる。私が泣いたところは見られてないだろうが、ルシアが無断で部屋を出ていたこと知られたことで、結局今夜の出来事も包み隠さず公爵に伝えなければならなくなった。

私はルシアを見守るために傍にいる、そのためには常にルシアを監視している立場であらなければいけない。だから毎日ルシアの行動を事細かに公爵に報告していた。

そうすればより信頼を得ることができるだろうが、今日だけは、この特別な夜だけは、二人だけの秘密にしておきたかった。










「何だこれは」


翌日、ルシアの部屋には珍しく公爵が訪れていた。

公爵の目前にはルシアが立ち、二人の間の机には私がルシアへ送った手紙の束が置かれていた。ルシアはそれはそれは厳重に、私ですら分からないほど見つけられない場所に手紙を隠していたはず。

しかし昨日の夜、うかつにもルシアは手紙の封筒を机に置きっぱにしてしまい運悪くそれを公爵の執事に見られてしまった。そして翌日公爵はルシアの部屋に訪れて問答無用で部下にルシアの机をひっくり返させて大事に仕舞われていた手紙の束を見つけちゃったのだ。

あ〜やっぱウチの妹ドジでアホの子やな〜〜。まあそこも可愛いんだけども。


「これは何だと聞いている」

「……」


その時のルシアの様子は後ろで控えている私でも分かるほど顔は真っ青で、体もわずかに震えていた。常に怯え恐れている公爵に真正面から睨まれれば満足に口を聞くこともできないだろう。


「ネリー、気がつかなかったのか」

「申し訳ありません旦那様」


そしてやっぱり矛先は常にルシアの侍女として傍にいた私に向いてくるよね。

だけど何としてもルシアの傍を離れることだけは避けたい。


公爵は手紙の中身を見ることすら忌諱するように避けていたことが不幸中の幸いだが、封筒に書かれた『Dear』の文字は避けようもなく見られてしまった。

ルシアの名前の前に書かれた、「親愛な」を意味する言葉。

公爵は顔をしかめ、怒りをこめるように手紙を握りつぶした。


「っ、お父様……」


すでに過呼吸になりかけているほど思いつめているルシアだが、それでも気丈に態度を取り繕う。そんなルシアを一瞥して公爵は私に視線をよこした。


「ネリー」

「はい」

「燃やせ」


その瞬間、ルシアの顔色が変わった。


「おっお父様!それは恋文などではありません!決して私の邪魔になるものではありません!」

「この程度で表情を崩すとは、それこそ将来の王太子妃として邪魔になるものだ」

「どうかそれだけは!今まで以上に勉強にも王妃教育にも勤しみますので、それだけは……!」

「フン、それくらい当然のこと。やはり燃やしておかねばならないようだな」


公爵は冷たい無表情のまま鼻で笑い、無造作に手紙の束を私に投げた。


「かっ返して!ネリーお願い!返して!ネリー!」

「さっさと燃やせ」

「はい、公爵様」


ここで私が僅かでもとまどう素振りを公爵に見せれば全てが無駄になってしまう。ルシアの傍にいられなくなってしまう。

私はまっすぐに炎が燃え盛る暖炉へと向かい、迷うことなくそこへ手紙を放り投げた。

できれば手紙とすり替えてただの紙を燃やせれば良かったんだけど燃やしきるまで公爵様にガン見されていたので無理でした。まあ私が描いたものだし、別にいいんだけどね。


ルシアは燃やされた手紙を見て、呆然とした表情で崩れ落ちた。既に過呼吸になり息ができていないのを見て慌ててルシアに駆け寄る。

心が痛い。手紙を喜んでくれていたのは知っていたけど、そこまで心の拠り所にしていたとは思わなかった。

何とか息ができるようになると、ルシアは今まで見たことないほどに取り乱して泣き崩れた。

そんな床に崩れ落ちたルシアの様子を公爵は見下し、満足そうに部屋を出て行った。




手紙を書こうと、ペンをもった。

いろいろ考え簡潔にすまそうとした挙句、やっぱり無神経な内容を書き走ってしまった。


『没収されてやーんのwww』


翌朝その手紙を見たルシアは床に手紙を叩きつけていた。同時に「笑ってんじゃねーーー!!」という声が響いていたが、涙目になりながら笑っていた。笑いながら、泣いていた。そして誰もいない部屋で泣き崩れていた。








その手紙の一件以降、ルシアは何に対してもすっかり心を閉じてしまった。辛いです。

感情を見せず、公爵の言うことをただ忠実に従う姿は他の者からすればより一層冷血に見えただろうね。もともと固かった性格は更に固くなったし、元々冷たいと言われていた態度はより冷酷になった。

更にアラン王子の婚約者という話が広まった時期と重なったため、「王子の婚約者の立場を利用して横柄に振舞っている」「権力をかさにきて他の貴族を見下している」なんて言われるようになっちゃったし。


私からもさり気なーく「このままでは人望が〜」とかいろいろ助言めいたことを言ったんだけど完全にスルー設定になってしまっていた。むしろ例の手紙の件以降、滅茶苦茶あたりが強くなった。完全に信用を失って取りつく島はなし。お姉ちゃん超悲しい。

そんな噂とルシアの私への態度の話が広まって、屋敷の使用人たちも「身分を振りかざす超絶我儘なお嬢様」という認識になってしまい、こうして周囲のルシアへの目は冷たくなってルシア自身はますます孤立していってしまった。


『いつでもアンタを想ってるよ』


手紙の文末に書いた一言に、ルシアは涙をこぼして呟く。


「じゃあ何でお姉ちゃんはここにいないの……?」


私は耐えきれずその場から離れてしまった。

姉として、妹のそばにいられない自分が歯がゆかった。









そして、その事件は起こった。



「ルシア・オルブライト!貴様との婚約を破棄させてもらう!お前のようなものを未来の王妃として迎え入れるわけにはいかない。王太子の名をもってこの婚約を破棄する!」



その出来事を目の当たりにして私が瞬時に思ったことはひとつ。

アホちゃう?

何故か唐突に関西弁になってしまうほどの晴天の霹靂な出来事だった。

ルシアはお得意のポーカーフェイスでも内心激しく動揺しているのが私には分かった。



「……陛下と私の父上であるオルブライト公爵はこの件に関してご了承してらっしゃるのでしょうか?」

「っ当然だ。道理を通さずこのような事はしない」


嘘つけ。こんな馬鹿げたことを了承する王がいたらとっくに国が滅んでるわ。アイツは本物のバカだな、もう呼び名はバカ王子でいいな。


「殿下、なぜ殿下は婚約破棄を望まれるのでしょうか?」

「分からないのか?ならば自分の胸に聞いてみろ。いい加減私は日々お前の厚顔で図々しい態度にはうんざりしていた。私には、すでに愛すべき人がいるからな」


バカ王子っていうか世紀末レベルの大馬鹿野郎でした。

王子のその言葉で一人の令嬢が王子の元へと駆け寄る。確か最近バカ王子につきまとっていた男爵家のご令嬢だけど、ルシアが何も言わんから放置してた。だがこんな状況になるとはその女はとんだ女狐だなあ?


「殿下っ」

「アンナ、こっちへおいで」

「……殿下、その方は男爵家の方ですよね?」

「そのくらい分かっている。お前がそれを理由に散々アンナをいじめてきたこともな」


何を分かっているんだこの馬鹿もうただの馬鹿本当に馬鹿。

確かにルシアの態度は初対面の人が見れば超冷酷人間かもしれないけどさあ、それでも理にかなわないことはしないし、誰よりも王侯貴族間の礼儀作法や歴史やマナーを理解してそれに応じた心構えと覚悟を持っている。それにあんなキッツイ公爵のもとで育った割には随分とマトモなのよ?

まあでも、さすがにルシアは自分が他人からどう見えるかを気にしてなさすぎた気もするけどね。

それは手紙を燃やしてしまった私のせいでもあるんだけど……。


「そろそろ過ちを認めたらどうだ?そしてアンナに心から謝罪をしろ」

「謝罪はいたしません。私にはそうする理由がありませんから」

「往生際の悪い、お前はもっと頭の良い女性だと思っていたがな」

「私は私の身分にふさわしい振る舞いをしただけです」

「態度を改めろルシア、最早お前は婚約者ではない。新たに婚約したのはここにいるアンナであり、よって彼女はこの国の時期王妃でもあるのだからな」


っ、目眩を起こしつつも脳卒中を起こさなかった私を誰か褒めて欲しい。

何つったあのバカ王子?バカも休み休み言って欲しい。寝言なら寝て言え。頭がおかしいにもほどがある。

王妃教育を、ルシアが今まで培ってきた努力と積み重ねてきた苦労をその女ができるとは思えない。ついでに大馬鹿王子もこの頭の出来の悪さを見れば相当甘やかされて育ってきたことが分かるよ。その二人が時期国王と王妃だって?ふざけるな。片腹痛いわ。


「殿下、アンナさんを婚約者にすると本気でおっしゃっているのですか?」

「その横暴な態度もいい加減にしろ。証拠も出揃っているというのに、あくまでもシラを突き通すつもりか?」

「私はルシア・オルブライトとして犯していない罪を認めるなどできません」

「見苦しいことこの上ないな。やはりお前のようなものを私の妃として王族に迎え入れるわけにはいかない」

「殿下、私は殿下のためを思って言っているのです」

「私のためとは面白いことを言ってくれる。まだ私と私の婚約者であった立場利用して我が物顔で振る舞うとは不敬にもほどがあるな。そんなもので私の気を引けるとでも思っているのか」

「っ殿下、私は」

「価値のないお前を、誰が愛すると?」


ぉおっとお?本気でイラついてきたこれは王子絶殺待ったなしかなあ??

話が通じない馬鹿にもっと言い返してやれとルシアを見たが、ルシアは反論せず、反論したくても王子から言われたその言葉に口ごもってしまっていた。普段言葉が詰まるなんてことは決してないルシアの態度を見て、バカ王子は勝ち誇ったように笑う。


「ルシア、お前のことは誰も愛さない。愛するわけがないのだ」


その言葉は、ルシアを縛り付ける重い足枷のように見えた。





















「お前はもう、うちの家の者ではない」


婚約破棄宣言され不毛な話し合いを延々と繰り返した後、クソバカ王子の見事な職権乱用によりルシアは半ば無理やり城外へと連れ出されてしまった。

そして家に帰ると既に舞踏会での事件は知られていたようで、当然公爵は怒り心頭不機嫌MAXな状態で仁王立ちしていた。


「……お父様、私は」


ルシアは身の潔白を示そうとしているが、公爵が聞く耳を持っていないのは火を見るよりも明らか。

きっと公爵の目に見えているのは身も心もボロボロの実の娘ではなく、既に価値を失くした駒なのだろう。鬱陶しそうに眉を寄せ、口を聞くのも面倒臭いというように背を向けた。


「お父様などと呼ぶな。私はお前の父ではない。不肖の娘によって家門を傷つけられたオルブライト公爵であり、その娘も価値が失くなった時点で縁が切れた」

「も、もう一度を機会をくださいお父様!今度こそは、今度こそはきっと」

「早く出て行け。お前ら、部外者が私の家に入り込んでいる。さっさとつまみ出せ」

「っはい、公爵様」


使用人たちは戸惑いながらも公爵の命令に従ってルシアを誘導し、ルシアはわずかな抵抗はするも最早気力はなく引きずられるようにして部屋から追い出された。



その間、私は少し離れたところでずっとルシアの様子を伺っていた。


「やっと、ここまで来た」


思わず溢れてしまった独り言に軽く口元を抑える。しかし湧き上がる思いに自然と口角が上がってしまう。

さすがに婚約者だったバカ王子の発言を聞いた時ははらわたが煮え繰り返る思いだったけど、今の私は達成感に包まれていた。



一応ここで客観的な観点で言わせてもらえば、ルシアの普段の態度は一見すれば横柄だが次期王太子妃としては当然の姿勢だった。つまりルシアには何の落ち度もなく、むしろ落ち度は王子の方。つーか120%王子の方。

それは調べれば分かることだし、見る人が見ればルシアは何も悪くないことは明確。ということは、これからルシアの名誉を挽回しての巻き返しは十分にできるということ。


むしろ不自然なのは公爵の態度。何故公爵は巻き返すことを考えずにあそこまでルシアに怒り追い出したのか?

答えは簡単、誰かが公爵に虚偽の報告をしたから。バカ王子の奇行は伏せて全面的なルシアの失態によって婚約を破棄されたってね。

王子の権力を笠にきて傲慢に振る舞い、王からも幻滅され、挙句の果てに大衆の前で王子から婚約破棄を言い渡された公爵家の娘。そんなルシアと一刻も早く縁を切って王家への忠誠を見せようとしたんだよね〜。


じゃあ一体誰がそんな嘘を?

もちろん私ですが、何か?


じゃあ何故そうしないのか、ルシアの名誉を挽回しないのかと考えれば、そうする意味が見出せないから。

いくらルシアが健闘しようがこれから先死に物狂いの努力を続けようが、結局は公爵が甘い汁を吸うだけなのは目に見えているよね。

ルシアが王子様と結婚してお姫様になろうが、自分の容疑を晴らして貴族社会で生き抜こうが、それはハッピーエンドじゃない。そんな未来に価値なんてない。


愛しい妹、愛しいルシア。

私が願うのはいつだって、アンタの幸せだよ。


私は口元をほころばせながら、人知れず次の行動に移した。










その日の夜中、人目につかないようルシアは公爵邸を追い出された。

部屋に戻ることさえ許されず、最低限の荷物だけ持たされて、向かう先さえ伝えられていないままに。普通に考えて怖くね?突然罪人扱いされて自分が生まれ育った家を突然追い出されて、どこに連れていかれるかも分からないまま馬車に乗せられるってさ。

それでもルシアが求めたのは、自身の身の潔白でもなく、自分の行く先でもなく、私が送った手紙だった。


「お、お願いです!私の机の引き出しに小箱があって、そこに手紙、手紙が入っていて!手紙を、せめて、それだけでも持って来てはくれませんか!?持って来てください!」

「お嬢様、申し訳ありませんが諦めて馬車にお乗りください」

「お願いします!何でもしますから!お願い……」


乞う声もむなしく、無情にも馬車は閉められ走りだした。

その後を私はこっそりと追う。


手紙?もちろん持ち出しましたとも。

ついでに一生困らないだけの金銀財宝もね。

足がつかないように妹の装飾品をチョイチョイくすねていたのです。私はやっぱり天才でした。










ーーーその後、王宮に一通の手紙が寄越された。とある街道に盗賊が現れ、貴族が乗った馬車を襲ったとの報告だった。

急いでその道を調べさせると見つかったのは木っ端微塵になった馬車と無残にも引き裂かれたドレス。そして誰かの生々しい鮮血。

ドレスは、ルシアがその日の夜会にて来ていたものだった。



ルシア・オルブライトは死んだ。



誰もがそう思い、哀れな一人の少女を記憶の片隅へと追いやったことだろう。

















あれから二日後、現在とある山の森の中です。


「っはーーーー、やっとここまで来た!」


これまでの苦労を考えたら思わず叫びたくもなる。

あんのバカ王子のせいで色んな計画が不十分のまま大幅に前倒しになって、いろいろと急いで手配するの本っ当に大変だったんだからね。それでもやりきった私、偉い。そして私が今いるのはルシアがいる山小屋の前です。念願叶っての姉妹の対面です。

私は高鳴る心臓を抑え、そっと小屋の扉を開けた。


「ネリー……!?」


そこには満身創痍というようなボロボロの姿のルシアがいた。

あかん。もう本当に念願すぎて笑えばいいのか泣けばいいのか分からなくて無表情になってまう。


そんなルシアは私の顔を見て驚いたように目を見開き、そしてその表情は一瞬のうちに絶望に変わった。

え?私そんなに嫌われていましたっけ?


「お父様に言われて来たのね。そうなのでしょう?」


諦めの声をあげたルシアに、私は思わず止まってしまった。

いや別に公爵には何も言われてないけど……。


「殺すなら、せめて一思いに」


そう言ってルシアはまっすぐに私を見た。

え。え?何か覚悟決めてるけどどうしよう、どうすればいい?

そしてはたと自分が現在手に持っているものを思い出した。キラリと光る鋭いナイフ。ああ、公爵様の追っ手がいたから持ってたんだけど、だからと言ってルシアを殺すと思われるとは……いや、心当たりはめっちゃあるわ。

とりあえず敵意がないことを示すために手紙が入った小箱を差し出した。


ルシアは一瞬瞠目し、しかし間髪入れずに小箱を手に取った。

ほとんどの手紙は燃やされた(私が燃やした)ので数枚しかないが、その数枚の手紙を小箱から取り出して大事そうに抱える。焦点の合わない目からは大粒の涙がとめどなく溢れていた。


「ネ、ネリー……」

「はい」

「私っ、まだ、死にたくないっ……」

「え」

「……う、お願いっ……っ、殺さない、で……」


いやだから殺さないって。

とりあえず落ち着かせようとして声をかけようとした、その時。

背後に物凄い勢いの殺気を感じた。ルシアを背にナイフを構えた次の瞬間に現れたのは、おそらく公爵に雇われたであろう見覚えのある4人の男だった。

と、確認した瞬間にそのうちの一人の首元へナイフを投げつける。


「ぐぎゃっ」


汚い声を上げて男が倒れ、その様子を見た他の男どもはピタリと動きを止めた。

そして驚いたような嘲るような表情を浮かべて私を見る。


「おいネリー、こりゃあ一体どういうことだ?」

「どういうこと、とは?」

「なぁんで公爵の犬が公爵に雇われた俺たちに楯突いてんだって聞いてんだよ」


そういや私は周囲から公爵の犬って思われてたんだった。私の演技力は素晴らしかったから公爵を裏切ることになる今の私の行動は雑魚には理解できないだろうね。

一瞬振り返ってルシアを見ると、驚いたような怯えているような、それでいて一縷の希望を見出しているかのような複雑な表情。


その表情すら愛おしくて、今この瞬間妹と共に在れること、妹を守れることに私は歓喜した。

目の前の男どもに向き直り、私は挑発するように笑ってみせる。


「姉が妹を守るのに、何か理由でもいるのか?」


背後でルシアが息を飲むのが分かった。

あーあ、もっとちゃんとした形で姉妹として向き合いたかったのに。対する男どもは予想を反する私の言葉に一瞬戸惑う。

その瞬間を狙い、私はあらかじめ小屋の中に隠してあったナイフを手に取り切りかかった。


「私の妹に手を出すなあっ!!」











小屋の中はズタズタに破壊され、あらゆる方向に血が飛び、しばらくして決着がついた。

勿論私の大勝利でございます。ただの小娘と侮ることなかれ、これまでの数年間ルシアを守るためにあらゆる努力を惜しまなかったからね!


とはいえさすがに数十年振りに再会した姉が嬉々として人を切ってたってどうよ?嫌われたり、してない、よね?

とりあえず返り血を流そうと小屋から出ようとしたとき、後ろからルシアに抱きつかれた。


「……ルシア?」

「……」

「汚れるよ?」

「……お姉ちゃん、なの?」


慣れ親しんだ妹との会話だというのに、ガラにもなく緊張している自分がいた。

そのせいか振り返ることができず、代わりに私を抱きしめるルシアの手に自分の手を重ねて肯定する。


「っ何で、ずっと黙って」

「ずっと傍にいるために。ルシアと親しいと思われれば公爵から解雇されたから」

「いつから」

「初めて『ルシア』に会った時から。ずっと分かっていたよ」


それからしばらくの沈黙のあと、深呼吸してからゆっくりとルシアと向き合った。

ルシアの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、それははるか昔、前世で泣き虫だった妹にそっくりで、等身大の人間の表情で、私も思わず泣き出してしまった。


「っごめん、ね。ずっと寂しい思いさせて」

「うん」

「ずっと傍にいたのに、話せなくてごめん」

「うん」

「ろくに話もしなかったし、手紙も燃やした」

「本当だよ!お姉ちゃん手紙ばっかりでっ、なのに燃やしてっ、、でも、今、こうして一緒にいてくれて……」


これまで泣けなかった分、これまで離れていた分を埋めるように、しばらくお互いに縋り付くように思いっきり泣いた。










なかなか嗚咽がとまらず、結局1時間くらい泣き続けて二人して目元を真っ赤にして、近くの小川で顔を洗った。

ついでに私は返り血も流した。


「さ、そろそろ行かなきゃ」


いくら洗えど目元はいまだに真っ赤に腫れ上がっているけれど、そろそろ移動しようと立ち上がった。

さすがに時間を潰しすぎたかもしれない。追ってはあらかた潰してきたけど、念には念をいれてなるべく早く行動しないとね。


「え、どこに?」


同じく目元が今だに真っ赤なルシアは可愛らしいキョトン顔で尋ねてくる。


「とりあえず国境沿いの町に屋敷を用意してるからそこに向かおう」

「……」

「ルシア?」

「あの、さ、」

「うん?」

「お父様にバレたら……どうなるのかな?お父様はあれでも力のある公爵で、頭もきれるし手段も選ばないと思うんだけ、ど、」

「ああ」


確かに公爵はルシアを許さないだろう。婚約破棄の真実を知ろうと、一度絶縁を告げたのならルシアの死を確認するまで追ってくる。

でもまあ多分その心配はない。そもそもこの私がルシアに会うのに、ルシアが追い出された日から二日もたってしまったのは他でもない公爵の目を欺くためだ。

そこらの盗賊団を雇って襲わせたふりして、ルシアの死も偽装した。

根回しもバッチシしたから、しばらくはルシアが生きていると分かる奴はいないだろうね。というわけで、


「ま〜公爵のことは大丈夫じゃない?」

「え?」

「それよりルシアはさ、公爵になんか情とか残ってる?」

「いや全然」

「だよねー!良かった良かった」


偽装ついでにこれまでのオルブライト家の不祥事を王侯貴族に大々的に公表してきたんだよね。

いろいろ調べていたんだけど、もういっそ面白いくらいにオルブライト家の経歴は真っ黒!

それを漏らすことなくバラして来たから公爵は今頃頭に血が上って高血圧にでもなってんじゃない?高笑いが止まんねえわ、ざまあみろ!


「お姉ちゃん?何が良かったの?」」

「あ、いや、何でもないよ♪」

「……ねえ、もしかしてなんだけど、私が殿下に婚約破棄されてお父様から絶縁されたのってお姉ちゃんの仕業だったりする?」

「(ギクッ)」

「私が貴族生活辛そうで、婚約者嫌がってたから、だったら平民になって一緒に過ごそうって作戦を実行したり」

「……」

「ついでに私のために私を傷つけた人たちに復讐しようとしたりしてないよね?」

「……さあ?」


誤魔化すもルシアは完全に悟ったようで、ため息をついて呆れ返っていた。


「お姉ちゃんって……本当に……」

「嫌だった?」

「そんなわけないじゃん」


心底嬉しそうなルシアの顔を見て、私も思わず笑みが溢れた。お互いに顔を見合わせて、今度は思いっきり笑いあった。

思いっきり泣ける。思いっきり笑える。そんなことすら、私もルシアも本当に久々だった。


「あ」


しばらく二人で笑いあった後、ルシアが何かに気づいて空を見上げ、私も同じように見上げる。

夜なのにやけに明るいと思ったら、そこには銀の月が浮かんでいた。

ルシアの手紙を燃やすきっかけとなってしまったあの日からちょうど一年、銀月夜の日だった。


「……あの時は悪かったね」

「ふふ、もういいよ」

「そりゃ良かった」


「ねえ、お姉ちゃん」

「ん?」

「ずっとそばにいてくれてありがとう」

「うん」

「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」

「勿論」

「約束ね、これからもずっと、だよ」


私と妹は同じ月を見上げながら、静かに手を握り合った。

今この場所には、私たち以外誰もいない。

誰にも邪魔されることなく、当然のごとく堂々と手を繋いでいられる。

それが、この上なく嬉しかった。



愛しいルシア。

私のたった一人の妹。



明日も来年も来世でも、時空を超えた先の世界でも、きっと私はあなたの傍にいるよ。





























それからというもの、色々とあったねえ。


本っ当に色々あった。














ルシアの婚約者だった王子も無事に王位継承権を失ったし、前々から頑張って根回ししていたおかげで王国の中枢が見事に崩壊しかかったし。

その混乱ぶりの阿鼻叫喚といったら爆笑ものだったよ。ありがとう無能ども。ざまあみろ。


ルシア本人は「やりすぎ」だの「もういい」だの言ってたけど、私の妹を寄ってたかっていじめた奴らが治める国なんてたがが知れているよね?ルシアも最終的には引きながらも笑ってくれていたので結果オーライでしょ。泣き顔も可愛かったけど、私の妹はやっぱり笑顔が一番似合うよ。






その混乱具合を娯楽がわりに見届けてから隣国へ亡国がてら旅行しようと思ったら、途中でルシアが手紙に書いていた「ドラゴンの卵」っていう果物を食べてみたいと聞いて探しにいって大冒険になったり。

どこを探しても売ってないと思ったら伝説の果物だったみたいなんだよね。

伝説の封印されてた樹にしか実らないって言うから大魔法の封印を全部解除してやっと収穫できた。

「そこまでしなくてもいいのに!」って引かれたけど、せっかくのルシアの希望だったから叶えたかったので結果オーライ♪ちなみに果物の味はただのりんごでした。つまんね。






そんなこんなで辿り着いた隣国で、ルシアが「かっこいい……」って呟いた兄弟の男の子たちに偶然装って近づいて、成り行きで一緒にダンジョン攻略の旅に出ることになったり。

姉妹と兄弟の組み合わせでそれなりに気が合ってルシアも楽しそうだった。うちの妹世界一可愛い。

でもそんな軽い気持ちで出かけたのに、まさか古代生物のクラーケンが復活するほどの大事に発展するとは思わなかったけど。

ダンジョンでひたすら攻撃の腕を上げたおかげで最終的には何とか世界を滅ぼされる前に倒すことができたけど、いや〜世界って広いわー。

倒した後のみんなで美味しくいただきました。全部はさすがに食べきれなかった。味は普通のタコだった。






その後は兄弟たちに故郷である帝国に行って帝都の観光案内してもらったり。

あ、ちなみにその兄弟っていうのが帝国の皇子たちだったんだよね。大国である帝国の皇子兄弟が何故そこにいたって?私が聞きたいわ。

まあ私はいつかルシアのためになるかもと思って色んな国の王族の顔を覚えてただけだし、本人たちは身分隠してたみたいだし。


その流れで皇子らの父親である皇帝とお茶友になったり。

皇帝は王国のバカ王とは比べ物にならない気のいいおいちゃんですぐに仲良くなった〜。「またいつでも帝国においで」と言われ、お土産と一緒に皇家の紋章が入ったペンダントまでもらっちゃった。

でもルシアは最後までそのおっちゃんと兄弟たちが皇帝と皇子だって知らなかったみたいで「何でお姉ちゃん黙ってたの!?」と般若の形相で責められた。だって知らないって思ってなかったし、大したことじゃないから言う必要もないかなって……。ごめんて……。






その後はルシアが誘拐されちゃったりして大変だった。私の心内が。

うちの可愛いルシアを拐おうなんざ身の程しらずにもほどがあるよね?

ルシアを誘拐したのが国境を超えた犯罪組織だろうが闇ギルドの元締の裏結社だろうが許せるはずもなく、あらゆる手を使って色んな意味でめったくそのボッロボロのフルボッコにしてやった。

それはもうズッタズタのメッタメタにして中枢をぶっ潰して残党と後始末はは周辺国に丸投げ。

そもそもルシアがさらわれたのもお前らがさっさと組織潰さなかったせいだから最後くらいちゃんと働けよと言いたい。つーか言った。そのかいあってルシアを無事救出できました!


騒動の後「『撲滅姫』って呼ばれてるのって絶対お姉ちゃんでしょ」ってルシアには言われたけど、私は姫ではないのでそれは私ではない。







それが解決したと思えば今度は何故か聖国に招待されて何故か公爵令嬢である「ルシア」が生きてるってバレてたし。どっから漏れた?ムカつく聖国。

公爵令嬢だったルシアを聖国の賓客として迎えるっつてて「どうしたい?」ってルシアに聞いたら「もっとお姉ちゃんと一緒にいたい」なんて最高に可愛いことを言ってくれちゃうもんだからお姉ちゃん嬉しくなっちゃった♡


丁寧に断りを入れた途端、聖国からやたらと喧嘩を売られたので買ったりあしらったり返り討ちにしてるうちに聖国と王国が戦争おっぱじめたから早々にスタコラしました。

ルシアが「お姉ちゃんのせいじゃん……」とか言ってたけど絶対冤罪。

だって私ルシアに火の粉がふりかからないようにしただけだし。そのために両国に少しちょっかいかけただけだし。



そのうち知らんうちに王国も聖国も帝国に吸収され、長くも短くもない歴史に幕を閉じてた。

まあどっちの国もルシアにひどいことをしやがったから当然の報いっていうか、終わりよければ全て良しってことだね。

何か知らんけど帝国からも感謝もされたし皇帝のおっちゃんも喜んでくれたからいっか!



しばらくは帝国内をゆっくり旅行しようかと思ったら、ルシアが魔術学院というハリポタ的な存在に憧れて入学することになったり、入ったら入ったで古代魔法を復活させてしまったり。

古代魔法を復活させるには古代生物の遺伝子が必要って話だったんだけど、やっぱクラーケンを素揚げにして食ったのがいけなかったみたい。

ルシアに「そら見たことか」という顔で睨まれたけどルシアだって美味しい美味しいって言って食ってたじゃん?何ならもう一回食べたいなんて言ったらもう一回クラーケン復活させますけど?




まあ他にも色々、それはもう色々とあったけど、なんだかんだありながらルシアは幸せに暮らしましたとさ。

そんなルシアの幸せを見届けることができることができて、私は世界で一番幸せです♡




めでたしめでたしってね。



最後の姉妹の旅エピソードは入れようか迷ったのですが、想像が広がって止まらなかったのでまとめて入れました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妹バカダイジェスト、良かったwww
[気になる点] ・私は風の妖精と友だちだから、妖精さんに届けてもらってるんだよ』『妖精さんがルシアの様子を教えてくれているんだよ』という完全に適当な理由をこじつけたらすげえあっさり納得して安心して手紙…
[良い点] 終わり良ければってね。 タコの味ワロタwwww
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