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呪願鏡  作者: ゆかりゆか。
14/17

対決

カーラとエレンは、

手を取り合いながら、

静まり返っている城内を見回した。


せっかく城に戻ってきたというのに、

何の出迎えもないなんて...。


「先生、聞こえていないんでしょうか?」


エレンは首に下げた十字架を握り締め、

カーラを見た。


カーラは無言で首を振る。


「悪魔には、私達が見えているはずよ」


そういってカーラは一歩踏み出した。


『ようこそ、我が城へ』


突然響いた声にぎょっとして、

カーラとエレンは足を止めた。


『王妃を助けたければ、

 部屋まで来るがいい。

 もっとも、こられたらの話だがな...』


挑発的な悪魔の声と共に、

廊下がボーッと光を放ち、

右手の窓ガラスがガタガタ音を立てた。


こんな、いかにも何かありそうな

通路を歩くのは気が引けたが、

悪魔はどうしても二人を

こちら側に進ませたいらしい。


振り返ったエレンの目には、

今入ってきた城扉も、

反対側の通路も映らなかった。


扉と通路があった場所が、

壁にかわっている。


「どうして?」


エレンは悲鳴じみた声を上げたが、

カーラは彼女の手を引き歩きだした。


「王妃様の部屋に行く通路が

 消えてしまったんじゃないもの。

 良かったじゃない」


引きつり笑いを浮べながらいったが、

その足取りは頼りないものであった。


見慣れたはずの城内は、

何処かしら不気味な雰囲気に包まれていた。


しばらくは何事もなく、

二人は歩を進めていた。


静かすぎるのが、

かえって恐怖心を増す。


何の物音もしない廊下を、

二人分の足音だけが鳴り響いていた。



こつこつこつ...。



規則正しく響く靴音に

耳を傾けながら歩いていたカーラは、

はっとして立ち止まった。


「どうかしたんですか?」


カーラの数歩先で

エレンが不安そうな声を上げる。


「なんだか靴音が不自然な気がして...」


カーラは足元を見て声を上げた。


その声が悲鳴じみていたので、

エレンが飛び上る。


「どうしたんですか!」


黙ったまま自分の足元を見詰めている

カーラの傍らに、エレンは駆け寄った。


「脅かしっこなしよ」


エレンの言葉にカーラは足元を指差した。


「床がどうかしたんですか?」


カーラの指差す方に目を向けたが、

なんら変わった所はない。


エレンが眉を寄せてカーラを見ると、


「靴音が聞こえてたわよね...」


カーラは、そろりと顔を上げてエレンを見た。


「はい」


エレンは考えもせずに速答したが、

カーラが言わんとしていた事実に気付き、

頭から血の気が失せるのを感じた。


城内の廊下は、騒音防止のために、

すべて厚手のジュータンが敷かれているのだ。


鉄の靴でも履いていないかぎり、

靴音なんてするはずはない...。


カーラはエレンの顔を見詰めると、

ゆっくり振り返った。


廊下は長く続いていたが人影はない。


「先生...」


エレンは声をひそめてカーラの肩を叩いた。


カーラは生唾を飲み込むと

突然感じた強い視線に顔を上げた。


視線の先には窓ガラスがあった。


そこには外の景色が見えるはずである。


しかし違った。


ガラス面には不安顔で立ちすくんでいる

カーラとエレンの姿が映り込んでいた。


そして二人の肩に

猫くらいの黒い影が一つずつ

乗っていたのだ。


始め外の木立か何かが

重なって見えているのだと思った。


けれどもその考えは

すぐに打ち消された。


肩に乗ったそれは、

耳まで裂けた大きな口を開き、

ニヤリと二人に笑いかけたのだ。


「きゃああああ!」


エレンの悲鳴と共に、

今まで見えなかった黒い化物が姿を現した。


体のわりには、変に大きな頭部。


目は猫に似た金色で、

真っ赤な口からは粘ついたよだれを流している。


レザーを思わせる表皮をした体の背中には

蝙蝠の様な翼が生えており、

細く長い足の間では

蛇みたいなシッポが揺れている。


「いやぁ!なにー!!」


エレンは身をよじって、

肩に乗っている不気味な生き物を振り払った。


「これがガイアさんの言っていた

 使い魔なの?」


カーラはエレンに駆け寄り呟いた。


「なんですか、その使い魔っていうのは」


エレンは壁にはりつくと、

中に浮ぶ、その使い魔なるものを

不安げに見上げた。


そいつらは踊るように、

小さな翼をはばたかせ、

舌なめずりをしながら二人を見下ろしていた。


どちらがどちらの人間を食べようかと、

相談中なのかもしれない。


エレンはぞっとして自分の肩を強く抱いた。


こんな気味の悪い奴に食われたんじゃ

成仏出来ない気がする!


泣きそうなエレンの前に立ち、

カーラはスカートのポケットから

小さな鏡を取り出した。


ガイアに渡された鏡である。


「悪魔を滅ぼすには、

 この鏡を使って奴の本体を外

 に引っ張り出さなくてはいけない」


鏡を手渡された時、

ガイアはそういった。


そして白雪が眠りについた夜、

カーラにこう言ったのだ。

「悪魔は使い魔という手下を数体連れている。

 グレムリンという小悪魔だ。

 力はないが狂暴で人を襲う。

 もしそれに会ったら、

 この鏡を向けてこう言うんだ。

 『もとの世界にお帰り』と。

 この時、重要な事がある。

 疑ってはいけない。

 鏡の力を信じるんだ。

 少しでも疑う心があれば、

 鏡は力を貸してくれないぞ...」


カーラの頭の中で、

ガイアの言葉が思い出された。


自分に出来るだろうか?


今まで超状現象のたぐいを

否定し続けてきた自分に...。


カーラは鏡を持ち直しグレムリンに向けた。


グレムリンたちは、

その鏡を見て一瞬怯んだが、

すぐにいやらしい笑みを浮べた。


その笑い顔から、

『こいつは信じていない。

 こいつに俺達は倒せない』

という考えが感じとれた。


「先生どうにかしてくださいよ。

 ガイアさんから何か聞いているんでしょ?」


エレンはカーラを盾にして身をひそめた。


「そ、そんなこと言われたって...」


カーラが頼りない口調で言ったとき、

グレムリン達が急降下してきた。


「きゃああああ!」


二人は情けない声を上げつつ、

辺りを走り回った。


グレムリンの方は

逃げ惑う二人を見るのが楽しいのか、

長い鋭い爪で彼女等の服や皮膚を

引っ掻きながら飛び回った。


元来、弱いものいじめが大好きな生き物なのだ。


あっさり殺さずに

苛め殺した挙句、食べるつもりなのだ。


「先生!」


少し離れてしまったエレンは、

カーラのもとへ駆け寄った。


カーラは鏡を持ったまま、

何か決心がつかない様子で

グレムリンを追い払っている。


「早く、その鏡を使うんでしょ?」


エレンは引き裂かれたブラウスの袖を取ると、

それを振り回してグレムリンを追っ払った。


しかし、そんなことは無駄な抵抗である。


鋭い爪の攻撃にかかり、

ブラウスの袖はボロへと変貌を遂げた。


「先生!」


エレンはカーラの手にある鏡を奪うと、

それをグレムリンに向けた。


グレムリン達の顔色が変わる。


「お前等、消えちゃえ!」


エレンの言葉と共に、

グレムリンは鏡に吸い込まれてしまった。


「なんで、呪文が違うのに」


カーラは気が抜けたように

その場に座り込んだ。


「呪文なんかあったんですか?」


エレンは鏡をカーラに差し出した。


「ええ。

 でも、そんな事は関係ないのかも。

 疑わないことが、この鏡の力なんだわ」


カーラは鏡を受け取り溜め息をついた。


こんなに自分を悩ませた事を、

エレンはあっさりやってのけた。


どうして見えもしないものを、

この世のものではないものを

信じることが出来るのか...。


しかし目に見えた事実は

柔軟に受けとめる事の出来るカーラは、

このあと何匹も出てきた

グレムリン達を鏡に封じることが出来た。


「この調子でガンガン行こう〜っ!!」


エレンはボロボロにされた

スカートの裾をたくし上げ、

勇ましく駆け出した。


王妃の部屋は、もうすぐそこだ。


『ほう、

 あの教師が鏡の力を信じるとは

 意外な事だ。

 この調子では、ここまで来ることが

 出来るかもしれないねぇ。

 まあいい、

 王妃の目の前で殺してやるのも一興。

 なんせ私に楯突いた人間どもだ。

 ただでは殺さないよ』


窓ガラスの裏側で、

王妃はハラハラしながら

カーラとエレンを見詰めていた。


こんなに近くに居るのに、

何も出来ない自分がもどかしい。


「なんとか手を貸してあげたいけれど、

 ここからでは何も出来ないわ」


貼りつくように

窓ガラスに身を寄せていた王妃は、

聞こえるはずのない人声に気付き振り返った。


城の者達は皆、眠っているはずだ。


人の声など...。


気のせいかと王妃は我が耳を疑ったが、

囁くような小さな声が何処からか聞こえてくる。


自分が居る場所とは丁度反対側の通路から、

その声は聞こえてきた。






「なんでしょう、これは...」


突然通路を塞ぐ様にして現われた壁を

撫で回しながら、王子は困ったように呟いた。


エレンに書いてもらった城の見取り図通り、

この回廊を真っすぐ進めば、

王妃の部屋に付くはずだった。


それなのに通路を阻むこの壁は一体...。


「エレンさんの思い違いでしょうかね」


王子は壁を見詰めながら、うめき声を上げた。


ここが通れないのでは、

他の通路を行くしかない。


しかし、

城の内情を良く知らない王子にとっては、

どの通路が何処に通じているのか、

皆目見当もつかなかった。


しかも、この王子ときたら

少々方向音痴な所がある。


やたらめったら城内を歩き廻り、

ばったりカーラ達に会ってしまったら...。


「うーむ」


王子もそこのところは心得ているらしい。


無駄に動き回らず腕を組んで、

美しい柳眉を歪めるばかりだ。


その時、剣の表面がキラリと光った。


剣はこの城に入ってから、

すっかりその姿を変えていた。


墨の様だった剣は、

明るい光を取り戻していたのだ。


しかし不思議なことに、

鏡のように滑らかな剣の表面は、

相変わらず何も映すことはなかった。


その剣が何かを反射したのだ。


王子は剣を持ちなおし、

反射が起こって光った角度に剣を傾けた。


その先には小さな通気孔があり、

雨水が溜まっている。


どうやら月の光を受けて光っている

その雨水の光を剣が反射しているようだ。


いままでどんな物も映さず、

どんな光も反射させることがなかった剣が

なぜ...。


王子は通気孔の穴に近付き、

その雨水を覗き込んだ。


それはただの雨水であったが、

どこかから聞こえて来る細い声に

王子辺りを見回した。


当然のことながら人影はない。


まさか悪魔に知られたのでは...。


不安な表情が王子の顔に浮んだとき、

反射を起こして光る剣の表面に

美しい女の姿が現われた。


知らぬ顔ではなかった。


この城の王妃である。


数年前、年の離れた姉が他国に嫁いだ婚礼の日、

式場で見かけた覚えがある。


しかし実際の記憶よりも、

少々老けて見えたが

その美しさに変わりはなかった。


「貴方はゴルゴ国の王子様ですね。

 なぜこんな所に」


王子は答えかねた。


これが本物の王妃であるという保障は

どこにもない。


「御免なさい。

 驚くわよね、

 こんな所から話かけられたのでは」


ふっと力なく笑った王妃の胸元に

光る物を見て取り、

王子はこれが本物の王妃であることを確信した。


王妃の胸を飾っているのは、

子供の手のひら程もある

大きなロザリオだったのだ。


「丁度いいところで会いました。

 私は悪魔を倒すためにここまで来たのです。

 しかし、ここに出来た壁のせいで

 先に進むことが出来なくて...」


「悪魔を倒す? 何故その事を?」


王妃は両頬に手をあて叫んだ。


「まあ、成り行き上そうなったのですが...

 それより王妃様は

 こんなところで

 何をしていらっしゃるのですか?

 悪魔は...」


王子は言い掛け口を塞いだ。


王妃の考えは、

悪魔に筒抜けなのではないか?


蒼白な表情になった王子の顔を見て

王妃は何か感じたのか、


「悪魔のことは気になさらずに。

 今の悪魔はそれどころではないのです。

 私を助けようと城に戻ってきてくれた

 侍女と娘の家庭教師の足止めに精一杯ですから」


王妃はニッコリ微笑んだ。


いつもは頭の奥で

重く感じる悪魔の気配が、

今は全くなかった。


「そうですか、うまくやっているようですね」


王子はホッと胸を撫で下ろした。


いくら二人組で、

ドワーフの魔法アイテムを持っていると

分かってはいても、

どちらもか弱い女性である。



囮に使うのはどうかと考えていたが、

しっかり任務遂行中らしい。


「あの二人より早く悪魔の所に行かなくては」


「エレンとカーラ先生をご存じなんですか?」


独り言のように呟く王子の言葉を

聞き逃さなかった王妃は、

剣の中で両手を組んだ。


「成り行きだと、言いましたでしょう?」


王子は剣の中から心配そうに見詰める王妃に

微笑んだ。


「詳しい話は後にしましょう。

 悪魔のいる所までの道順を

 教えてもらえますか?」


「もちろん...

 でも一つだけ聞いても

 いいかしら?」


王妃は瞳を伏せて、小さな声で呟いた。


「白雪姫は無事ですよ」


邪魔して悪いけど。

とでも言いたげに、

申し分けなさそうな王妃に、

王子は笑い掛けた。


天使も逃げ出してしまいそうな、

極上の笑みで。






先程まで美しく輝いていた月が、

黒雲に姿を隠された時、

兵士は椅子から立ち上がった。


風は穏やかに吹いていたが、

梢を揺らす木々の音は、

何処かしら不安な気持ちをかきたてる。


「嫌な雲行きだ」


部屋に流れ込んできた、

妙に湿った空気に兵士は呟くと

部屋の窓を締め切った。


白雪は、まだ眠ったままだ。


兵士は大きく息を付き、

白雪の枕元に椅子を移動すると、

そこに座りなおした。


まるで蝋細工の様に沈黙を続けている

白雪の顔を見詰めて、

兵士は彼女の口元に耳を寄せた。


先程から、何度も続けている行為だった。


死んでいるんじゃないだろうか?


しかし白雪の愛らしい唇からは、

糸のように細く、

空気は出入りしているようである。


白いシーツが掛けられた胸元も、

微かだが上下している。


「生きてるよな」


兵士が言聞かせるように呟いたとき、

今まで沈黙を決め込んでいた白雪の体が、

寝返りを打った。


突然の変化にビクリとした兵士は立ち上がり、

何か恐ろしい者でも見るように

白雪を見下ろした。


不安げに見守る兵士を横に、

白雪は盛んに寝返りを打ち続けた。


ごろんごろんごろん...ごろん!


最後のごろんは大きかった。


勢い余ってベッドから落ちそうになった

白雪の体を、慌てて兵士が抱き留めた時、

耳をつんざくような高い音が鳴り響いた。


それが、白雪の体に入った

悪魔の毒気を抜くために使われていた、

鏡が割れた音だと兵士が気付くまで、

多少の時間を要した。


あまりに激しい高音だったため、

兵士の鼓膜はしばらく使いものにならなくなり、

それどころではなかったからだ。


そして、回復した兵士の耳が、

一番に聞いた言葉は、

白雪の寝呆けた「おはよう」だったのだ。


割れた鏡は木の葉の様に部屋中を舞い、

床に積もると、やがて溶けてなくなった。





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