ドワーフ
「まさかその剣を持った者が、
やってくるとは思いもしなかった」
差し出されたハーブティーを受け取り、
カーラは王子が持つ剣の作り主、
ガイアを、ちらりと見た。
妖精などと言うから、
もっと変わった容姿をしているものだと
思っていたが、なんてことはない。
人間より、いくらか背が低いだけの違いである。
身長は一三〇センチメートルと
言ったところだろうか。
そのわりに妙な存在感があるのは、
立派な体躯のせいだろう。
この家には七人のドワーフ達が生活していた。
皆、サンタクロースの様な髭を生やしている。
おまけに外見は頑固そうな、
ただの爺さんなのに、
意外にも丸太の様に太い腕をしていて、
それがブヨブヨの脂肪などではなく
引き締まった筋肉なのだから驚きだ。
カーラと並んで座っている王子など、
ひょろひょろもやしで、
なんとも頼りなさげに見えてしまう。
「その剣を造ったのは今から
一〇〇年ほど前の事だ。
ゴルゴ国の王に頼まれて造った物だが...
やはり滅ぼし損ねた悪魔が再び現われたのか?」
ガイアは二人の手前の席に付くと、
細く長い眉を寄せた。
「隣国に悪魔なんていたの!?」
カーラは王子の顔を見た。
王子はお茶を飲みながら、
なにやら考え深げな顔をしている。
「そうか、人間の寿命と言うのは、
わしらとは比べものにならないほど
短いものだったな。
わしにとっては、ほんの一〇〇年前の話でも、
お前さん達にしてみれば、
知りもしない大昔だろう」
ガイアは大きく息をついた。
「お前さん達、
ベラ・バトリーと言う名を
聞いたことがあるかい?」
ガイアの言葉にカーラは眉を寄せた。
どこかで聞いた名前だ。
しかも、ごく最近...。
「ベラ・バトリーとは、
北の山の麓に居を構えていた
女悪魔のことだよ」
「北の山の麓って、
マーク族の事じゃないんですか?
悪魔だなんてそんな話、
今まで一度だって聞いたことありません」
カーラは声を荒げた。
「カーラと王子は隣国どうしだろう。
マーク族のこと、どう聞いているか話してみろ」
ガイアは小さく笑うと
ティーカップに残ったお茶を一気に飲み干し
二人を見る。
カーラは王子の方を見た。
王子は「お先にどうぞ」とでも言わんばかりに
優雅な手つきで、お茶を飲んでいる。
「マーク族は不思議な文化を持った
一族だと伝えられているわ。
特に文字が魔法を持っているとか、
あと、これは嘘でしょうけど
不老不死の力を持っていたとも...」
カーラは考え事でもするように話すと、
ガイアは白い髭を揺らして笑った。
「一部はあっているな」
「一部?」
カーラは眉を寄せた。
何処があっているのだろう?
カーラが疑問をぶつける前に、
「では、滅んだ理由は?」
ガイアが聞く。
「土砂崩れだと聞いています」
「はははは!」
突然笑われカーラはビクリとした。
笑い声に驚いたのではない。
その笑い主が王子であったからだ。
「な、なんなのよ」
「一〇〇年前、
北の山付近で頻繁に起こっていた事件を
ご存じですか?」
王子はテーブルの上で手を組みカーラを見た。
カーラが首を振ると、
「誘拐が多発していたんですよ。
特に若い娘のね」
王子はガイアの方をちらりと見る。
ガイアは新しく入れたお茶を口に運び
王子の話に耳を傾けていた。
「おかしなことに、
その被害者はゴルゴ国の娘ばかり。
そして娘達は決まって北の山の麓あたりで
消息をたっているんです。
当時の国王は、
これはアレフ国の仕業に違いないと考えました。
そして、これを口実にアレフ国に
攻め込むつもりだった。
しかし、証拠がありませんでした。
確かな証拠がなければ
一方的に攻め込む訳にはいきませんからね。
それに戦を望まない国民たちも
納得しないでしょう。
国王は確たる証拠を掴むために
罠を張ったんです」
「罠?」
カーラは声を落とした。
初めて聞く話である。
「城の侍女を一人、
北の山の麓に向わせたのです。
兵士を数人見張りに付けて。
森の中で侍女は数人の黒服の男たちに
捕まりました。
でも彼等はアレフ城の者には見えなかったので、
しばらく様子を見ることにしました。
そして囮の役の侍女は
マーク族の村に連れて来られたんです。
我が国の兵士はそこで何を見たと思いますか?」
王子はカーラに聞いた後、
ガイアに目を向けた。
ガイアの表情は固い。
カーラは唾を飲み込んだ。
「若い娘達の血を浴びて高笑いする女、
ベラ・バトリー」
「まさに悪魔だな。
マーク族の不老不死は事実だ。
だが悪魔に魂を売った
ベラ・バトリーだけの話だが」
ガイアがカーラの方を見ると、
彼女は小さな声で何か呟いた。
顔は蝋のように白い。
「なんですか?」
その言葉を聞き取れずに
王子がカーラの肩を叩く。
「ベラ・バトリー。
その人が書いた本が城にありました。
そしてマーク族の物であろう鏡も...」
「鏡だと!?」
カーラの言葉にガイアは声を上げた。
「ベラ・バトリーは鏡の愛好者だった。
鏡をたくさん持っていて、
その中に、一つだけ特別な鏡があった。
呪願鏡といって
自分の魂を封じる事が出来るものだ。
悪魔に魂を売り手に入れたそうだ。
通常ベラ・バトリーは若い娘の生き血を浴び、
飲み続けて美貌を保っていたらしいが、
やはり人間。
寄る年波には勝てない。
自分の容姿に衰えが感じられた時、
彼女は呪願鏡の中に自分の魂を封じた。
そして自分の好みに合った
若い娘の体をさらってきては、
その体に自分の魂を宿らせたらしい」
ガイアはカーラと王子の顔を見合わせた。
カーラは蒼白な顔で王子を見た。
王子は剣を腰から外し、
テーブルの上に置いた。
「マーク族の村から帰ってきた兵士は
王にそのことを話し、
悪魔殺しを頼みました。
その時作られた剣がこれですね」
王子は剣を撫でた。
真っ黒な墨色の剣は、
部屋の中を照らすランプの光さえ返さない。
すべての光を吸収し、まるで闇の様だ。
「だが、とどめを刺すことが出来ずに、
討伐に出た城の兵士達もろとも
村は土砂に埋もれた」
ガイアは何かを思い出すように呟いた。
「じゃあ、マーク族を滅ぼしたのは
貴方の国だったの?」
「そういうことになりますね。
でも悪魔を滅ぼすことは出来なかったのです。
その時助かったのは悪魔討伐に参加した
第二王子だけでした。
彼がこの剣を持ち帰ったのです」
カーラの意外そうな言葉に王子は
あっさり答えた。
なんてことだろう。
よりによって、こんな信じられない事が
一〇〇年前に起こっていたなんて...。
悪魔ですって?
そんなものが本当に存在するのだろうか?
カーラは眉をしかめたがハッとした。
「そんな事があったのなら、
アレフ国の王様も黙っていないはずよ。
討伐に出掛けたって...」
「当時のアレフ王は
ベラ・バトリーにぞっこんだったんだよ。
と言うより、操られていたんだろうな。
マーク族の村は、
独立した一つの国家のようだった。
そして統治者はあの女悪魔だ」
ガイアは大きく息をついた。
「それにしても、
よく戦が起こらなかったわね。
統治村が起こした罪を理由に、
ゴルゴ国はアレフに攻め込めたんじゃないの?」
カーラは首を傾げた。
こんなチャンスを見逃すなんて考えられない。
「第二王子が助かったと言ったでしょう。
彼が悪魔の呪いの言葉を聞いていたのです。
『これ以上かかわると、お前の国を滅ぼす』と。
当時の王は臆病者でしてね。
それを鵜呑みにしたんですよ。
そしてそれは今に至っている」
王子は可笑しそうに言うと剣を撫でた。
「最近マーク族の村があった場所を
発掘していると聞いて、
気にはしていたが、
まさか鏡が見つかるとは。
土砂くらいで呪願鏡は割れなかったんだな」
ガイアは眉間に皺を寄せ、
テーブルの上に置いた拳を握り締めた。
肩の筋肉が大きく盛り上がる。
「カーラの言うことが確かなら、
大変な事になるぞ。
女悪魔は新しい体を手に入れたら、
また王をたぶらかし、
再び悪事を働く事だろう。
そういえば、あんたの城には
キレイな王妃と王女がいたな。
早く戻ったほうがいい。
そして、ここに連れてくるんだ。
ここなら女悪魔も入ってこられない。
それから、この後の対策を考えよう」
そう言ってガイアは立ち上がると、
隣の部屋から小さな小箱を持ってきた。
キレイに細工されたその箱は、
ドワーフ達の作品だろう。
こんな細かな作業が出来そうな外見ではないが、
彼等は本当に腕の良い職人らしい。
ガイアは箱の蓋を開けると、
小さな鏡を取り出した。
直径一〇センチメートルくらいの
丸い小さな物だが、鏡の裏面には、
十字架をデザインした彫り物が施されていた。
「女悪魔は、鏡の裏に潜んでいる。
そこから引きずり出すには、この鏡が必要だ。
持って行くがいい」
ガイアに差し出された鏡を
カーラは受け取ると、
不安そうに眉を寄せた。
鏡に映る自分の顔を見詰め、
「ひょっとしたら、もう手遅れかもしれない...」
喉の奥に何かが詰まっているような声で呟いた。
「王様、変なことをしたのよ。
厩の馬を、すべて城に集めたりして...
それに雨が降ったわけでもないのに、
土砂崩れにもあったわ。
まるで私を
城に帰したくないような事が続いた...
それに私が城をあけるきっかけになったのも
マーク族の...」
カーラは真っ青な顔を伏せ声を震わせた。
隣に座っている王子が、
カーラの肩を叩いたが、
彼女の気持ちはおさまらない。
なにかとても嫌な気がする。
とカーラは思った。
それは城を出た時からずっと続いている、
なんとも言えない嫌な感じだ。
ガイアは気分の悪そうなカーラの手を握ると、
ニッコリ微笑んだ。
「それはカーラの思い過しだろう。
女悪魔はまだ外には出てきていない。
出てきていたら、この剣が光を取り戻す。
悪魔を滅ぼすためにな。
見てみろ、剣は真っ黒なままだ。
悪魔はまだ鏡の中さ」
ガイアの言葉に、
カーラはいくらか救われた気がしたが、
間を置かずに王子が
不安をあおる様な言葉を口にした。
「この森に入るとき、
剣が光りましたけど、
それはここに入る為に
必要な事だったんですか?」
王子の質問にガイアの顔色が変わる。
「なんだと、剣が光ったのか?」
「そうです」
王子は速答した。
「それでは悪魔はもう、
外に出てきているということではないか!」
悲鳴のような声でガイアが叫んだとき、
豪快な音を立てて部屋の扉が開いた。
ガイアの仲間の一人が、
血相をかえて飛び込んでくる。
「大変だ。森の狩人から連絡があって、
これからここに、お姫さんが来るらしい。
ひょっとして、
カーラさんの知り合いじゃないかな?
アレフ城の人だって言ってたから」
入ってくるなり、
そのドワーフは一気にまくしたてた。
「白雪姫が!?」
カーラは椅子を倒して立ち上がった。
「そんな名前だと思うけど...
なんでも悪魔に追われているとか」
ガイアよりも、いくらか若そうなドワーフは
考える様に頬を撫でると大きく頷いた。
『余計な事をしてくれたな王妃よ。
しかし、私の手からは逃れられんよ。
白雪が何処に逃げようが、
私にはお見通しだ。
ごらん健気に森の中を逃げ回っているよ』
鏡の中には白雪姫とエレン、
そして兵士の姿がはっきりと映っていた。
『どうだい?
くやしいだろう?
頼みの綱らしく思っている、
あの女教師は
城に辿り着くことも出来ないだろうしね。
今頃は隣村辺りで立往生だろうよ』
王妃の頭の中で響く不気味な声は、
楽しそうに笑った。
『ほほほ。
今夜も王に取り入って、
明日は森の大捜索といこうかね。
楽しみだこと!』
ほーほほほ!と悪魔は高笑いをしたが、
王妃は何の反論もしなかった。
『どうしたんだい?
ずいぶんとおとなしいじゃないか。
私の目を欺いた女が』
悪魔は嫌味たらしく王妃に言った。
「お願いだから白雪には手を出さないで」
王妃は鏡に映る白雪の姿を見詰めながら、
涙を流した。
『ほほほ。
悲観と涙は悪魔を呼ぶものだよ。
気を付けることだね』
悪魔が楽しそうに言ったとき、
王妃が声を上げた。
「鏡が...」
今まで白雪たちの姿を
くっきりと映していた鏡が、
急にくすんだのだ。
王妃の言葉に悪魔が悲鳴のような声を上げた。
『馬鹿な。何処に隠れたというんだ?
森の中には、朝露に濡れた葉や草木が
たくさんあるのに!
しかも今日は霧がたちこめている...
まさか...』
悪魔は小さく呟くと、
王妃の意識中から気配を消した。
また城のどこかに行ったのだろう。
王妃は大きく息を付くと、
胸に下げた十字架をしっかりと握り締めた。
「白雪、無事に逃げて...」