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呪願鏡  作者: ゆかりゆか。
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はじまり

白雪姫をモチーフにした、

ちょっぴりホラーな話です。


お話自体は怖い(と思う)のですが、

童話の白雪姫を題材に使っているため、

ジャンルは童話にしました。

登場人物が陽気なので、

あまり怖くはないと思いますが・・・




天気の良い、ある冬も終わりの頃、

アルフ国の城下町に、

城の王妃が王とやって来た。


本来ならば王が王妃とやって来た。

なのだが、今日のメインは王妃自身なのだ。


王妃は数週間後に出産を控えていた。


そのための安産祈願に

城から少し離れた統治町の寺院に来たのだった。


城はこの町の東にある

小高い丘の上に建っている。


たくさんの近衛兵や従者、

侍女達を引き連れた大名行列さながらの人波は、

何でもない町の一日を

途端にお祭騒ぎに変えた。


通りに面した店や家の軒先には、

まだ冬だというのに

一足早い春の花で彩られ、

子供たちは細かく刻んだ薄桃色の花紙を

行列に向かって振り撒いている。


行列者達の足元に落ちた花紙は

ひらひらと蝶々の様に舞った。


先頭を走る豪華な馬車の中で、

王は満足げに民を見回していたが、

隣に座る王妃は終始無言でうつむいたままだ。



初め王妃は人目を忍び、

少ない従者を連れて

寺院におもむくつもりでいたのだが、

反してお祭り好きな王は、

ここぞとばかりに美しい王妃を国中の者達に

見せ付ける計画に走ったのだった。



王妃は美しかった。


十八の歳の春の日、

アルフ城に嫁いできた。


美しく由緒正しき貴族出身。

と言うだけで、王妃の評判は上々だったが、

それよりなにより、とても優しい方なのだ。


王妃の優しさは、

しばしば国民の心を救ったものだ。


多少のミスを犯しても、

たいてい王妃の口添えで王は甘くなる。


みな王妃を慕っていた。


たとえ忍んで来ようとも、

国民は王妃を祝福しようと集まったに違いない。


国は豊かで平穏な日々を送っていた...。



「見た見た王妃様!

 やっぱり、おキレイよねー!」


娘達は王妃の姿を見るたび感嘆の声を上げ、

ほーっと息をつく。


「王妃様のお子様なら、

 きっと天使の様に愛らしいでしょうね」


そんな言葉が囁かれる中、

王妃は王に手を取られ、

静かな足取りで寺院の奥に姿を消した。




王子に恵まれますように。と願うために...。

「お疲れになったでしょう王妃様。

 少しお休みになられると良いですわ」


寺院から戻った王妃を迎えたのは

侍女のエレンだ。



彼女は王妃がここに嫁いで来た時、

お付きの侍女として

王妃の母国から一緒にやってきた。


王妃の家で下働きをしていた女の娘で、

王妃とは、ほとんど生まれた時からの

付き合いである。


そして何でも話せる良い友人でもあった。


いくら王の妻だと言っても、

しょせんは余所者。


些細な会話にも気を使う。


王妃が真の心の内を話せる人物は

城内にはエレンしかいなかった。



エレンは王妃の肩にショールを掛けると

暖炉に火を入れる。


王妃は無言で窓辺まで歩いて行くと、

お気に入りの白い椅子に腰掛け

「はぁー」

と大きな息をついた。


「どうかしましたか?」


エレンは心配そうに王妃の横顔を覗き込んだ。


白く澄んだ肌の色は、どことなく青白い。


王妃は自分を見詰めるエレンに顔を向けると、

サファイアの様に光る瞳で彼女を見詰めた。


「私は王を裏切るようなまねを、

 してしまったわ!」


王妃は蒼白な顔で呟くと、

金の巻き毛を振り乱して首を振った。


まさか、お腹の子は王様の子ではない!

なんて言うんじゃ!!

ゴシップな考えをエレンは思い浮べたが、

それはすぐに王妃自身の口によって打ち消された。


「寺院で女の子が産まれますように、

 と祈ってしまったの」


王妃は形の良い眉を寄せた。



顔色はますます悪くなり、

今ではすっかり血の気が失せて蝋人形の様だ。


そんな思い詰めた王妃の言葉に、

エレンは何だそんなこと。

とでも言いたげな表情で、


「男か女かなんて、

今祈ったから変わるなんて事はないんですよ。

女は女だし、男は男です。

寺院に行って王子がほしいと祈るなんて、

ただの気休めにすぎませんよ。しかも今更」


ニッコリ笑って王妃の肩を叩く。


「それはそうですが...」


分かっていても王妃は浮かない顔だ。


沈んだ表情の王妃の気を紛らわせる様に、

エレンは大きく手を叩くと、


「そういえば王妃様に

贈り物が届いていましたっけ」


部屋の隅の壁に立て掛けてあった

大きな包みを持ってくる。


正方形に近い形の、あまり厚みがない物で、

想像するところ絵画ではないだろうか?


この地では妊婦に美しい絵を贈ると

教養あふれる子供が産まれると言われている。


王妃もエレンも疑わなかった。


包みの中は絵画だろうと...。


「まあ!」


上品な薄紙を丁寧にはがし、

中を取り出した途端

エレンは声を上げた。


それは絵などではなく、

大きな絵画ほどもある大鏡だったのだ。


「すごい! 素敵な鏡ですね」


エレンは王妃の前に鏡を差し出した。


胸の前で抱える様にして持ったせいで、

小柄なエレンの半身は、

鏡の影にすっぽりとかくれてしまう。

それほど大きな鏡なのだ。


金縁飾りの大鏡は

窓から差し込む日の光を受けて

真夏の水面の様に輝いた。


腕の良い鍛冶屋が打った剣の刃にも似ている。


「キレイだけど、かなり古い物みたいね。

 アンティークかしら?」


王妃はエレンが持っている鏡を見詰め、

その表面を撫でた。


鏡はひんやりとした冷気を帯びており、

王妃が触れた所だけ体温で白く曇った。


寒い部屋の中に長いこと

置いてあったせいだろう。


先程くべた暖炉の火が今になって、

ようやく大きくなってきた。


「ホントですね。

 誰がくれたのか判らないから、

 いつごろの物か判りませんね」


エレンは鏡の脇から顔を出し王妃に話した。


「それにしても妊婦に贈り物をする時、

 名前を明かさずにっていうのは、どうも...」


王妃は鏡に映る自分の姿を見詰め眉を寄せた。


「国によって、

 いろんな習慣が残っているんですよ。

 妊婦に名入りで贈り物をすると、

 子供を狙って悪い霊が付いて来るって

 言われているんですって。

 私達の母国ではなかった話ですよね?」


エレンは首を傾げて呟いたが、

その呟きの為何かを思い出したのか

「あっ!」と声を上げる。


それが悲鳴に近い叫びだったので、

王妃は心配そうにエレンを見た。


エレンは慌てて口をつぐみ、


「何でもありません!」


ぶんぶん首を振って話をそらそうとした。


ところがカンの良い王妃は、

エレンの悲鳴の意味に気付いたらしい。


「私たちの国では妊婦に鏡を贈ると、

 毎日鏡を見詰めても飽きないほどに

 美しい女の子が産まれるって

 話があったわよね...」


「そーんなことは、

 ただの言い伝えですってば!」


エレンは王妃の言葉に割って入り、

大声で叫んだ。


まったく、とんでもない贈り物をしてくれたもんだ!


エレンは目を細めて鏡を睨み付けると

「あら?」と声を上げる。


ただ何となく自然に出た言葉だったが、

その声は沈んだ気持ちの王妃の興味を引いた。


「これ、なんでしょうね?」

 エレンは鏡を床に置き、

 王妃の方へ向けて立てた。


エレンの右手人差し指は、

鏡の下方に向けられている。


王妃はエレンの示す方へ目を向けると、

指をのばした。


そこには何か鋭いもので

傷つけられたような跡があったのだ。


粘土をナイフで削ったような、

そんな鋭さを持った文字であった。


そう、よく見るとそれは

どこかの国の文字のように思えた。


王妃も、もちろんエレンも

見たことのない文字である。


「模様には見えませんよね?」


エレンは王妃の同意を求めるように

彼女を見る。


王妃は鏡に映った

自分の姿を見詰めたまま黙り込んだ。


「外国の物かしらね?」


王妃は鏡の中からジッと自分を見詰める

もう一人の自分を、

しばらく凝視していた。


鏡は寸分違わず王妃の美しい姿を映し出している。


ただ一つ、左右逆と言う点を除いて...。


ほどなくして王妃は子を産んだ。


王妃の心配どおり女の子であった。


しかし王妃の思いに反して

城の者達の態度は寛大で、

誰一人として咎める者はいなかった。



可愛らしい女児は白雪と名付けられた。


白雪の美しさは、

見るものすべての心を奪った。


名前の通り雪のように白い肌。


髪は夜の闇よりも黒く、

小さく愛らしい唇は紅も引かぬのに

いつでも赤く艶やかだ。


白雪はやがて、

王妃の美しさをも凌ぐであろうと

人々は噂した。


城人、国民の愛を一身に受け、

白雪はすくすく成長していったが、

その後王妃は子に恵まれなかった。


「王子がいなくては、国の後継ぎが...」


白雪がまだ幼い頃、

王はそのことをよく口にし王妃を苦しめた。


しかし日がたつにつれ、

白雪の美しさに拍車がかかり、

やがて王の心を変えるまでにいたったのだ。



「白雪姫に、婿をとればよいのだ!」と。



その言葉からは

「こんなに可愛らしい娘を

 他国に嫁がせるなんてとんでもない!」

 という王の思いが容易に感じ取れた。






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