829.エストーナ王国
ブルーヒドラの決戦から少し前のこと。
ヒールベリーの村から遥か東、大陸の東方にいくつもの小国がある。
かつてステラが向かった、燕の事件の国もそのひとつだ。
その国とはまた別の小国。
深い森、温暖な気候――エストーナ王国は東方の中でも孤立した王国である。
青白い月が揺らめき、木造の宮殿を優しく照らしていた。
宮殿はさほど広くはなく、ゆったりとした造りの二階建てである。
宮殿の中庭で、王女のモネットが緑茶を飲みながら書類に目を通していた。
「みゃ……」
モネットはゆらゆらと白い尻尾を揺らしながら、燭台の光を頼りに報告書を読んでいた。
エストーナはエルフが数多く住む国であるが、今の王家はニャフ族である。
王家の指輪をはめた、白猫の王女――それがモネットだ。
報告書の内容はあまり良いものではない。国内の魔物の駆除が進んでいない知らせだった。
「やはり、国外に助けを求めたほうがいいみゃ」
「……大臣たちは良い顔をしないでしょう。国民たちも、ですが」
答えたのは側近の女官だった。彼女はエルフ特有の耳をぴくつかせる。
「他の東方の国にも残念ながら、余力はありません」
「私は何度も提案してるみゃ。それならもっと遠いところに助けを求めるべきみゃ」
「我ら、東方の国は大陸中央とも長く交流がありませんでしたからね」
魔物の生息域と森林地帯によって、エルトたちの住む大陸中央と東方は切り離されていた。
戦乱が終わり、交流が復活したのはここ五十年ほどだ。
それまでは本当にわずかな連絡と品物が行き交うだけであった。
「とはいえ、限度があるみゃ。力のある国は、たくさんあるみゃ」
モネットは数年前にエルトたちの国、アルネスト王国に留学していた。
アルネスト王国は他国の貴族を積極的に受け入れている。
モネットにとってはアルネスト王国は驚きの連続であった。
比べて、このエストーナ王国は閉鎖的、保守的すぎる……。
モネットは報告書を脇に重ねると、次は手紙の数々を読み始めた。
多くは単に消息を確認する手紙や国際イベントの誘いの手紙である。
その中にモネットは気になる手紙を見つけた。
赤い雫の紋章が押された手紙である。
「にゃう、これはトマト果汁の紋章……ナナからみゃ!」
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