787.ステラとアルミラージ
領主として、あくまで村の中の魔物を観察したいだけだ……!
そう、じっくりと……。だが露骨なのも良くない。
俺は何気なく話題を変えた。
「ところで急な伝令はどういう王命によるものだ? 答えられる範囲でいいが」
「機密というわけではないのですが……宮廷占星団からの任務でして」
「書状にもサインと印があったな」
それから出発の日のことを、カイは遠い目をしながら話し始めた。
ぶら下がり閃きのポルカ、出張に次ぐ出張。
「――と、このような次第でして」
カイは濁したが、的中率二割の占いってどうなんだ? 微妙な気がするが。
そういえば実家でも宮廷占星団とやり取りしていたな。
いつも書状が来るたびにピリピリしていた気がするが、こういう理由だったのか。
「それは大変だったな……」
カイの後ろにいる騎士たちが小声で話している。
「そろそろ結婚しようとか思っているんだけど、俺……」
「マジで良く話し合っておいたほうがいいぞ、マジで」
どうやら相当ブラックらしい。まぁ、出張で振り回されるとそうなるよな。
村の住人達もカイ達に同情の眼差しを向けている。
だが先ほどの話でひとつ気になる言葉があった。
「水の凶兆、それについては――」
「エルト様ー!」
人だかりの向こうからステラの声が聞こえる。
「にゃーん、呼んでまいりましたのにゃー!」
ナールがステラを見つけて連れて来てくれたようだ。
「ア、アルミラージちゃん……!」
もしゃもしゃしているアルミラージを見て、ステラが瞳を輝かせる。
カイがじっとステラを見つめた。どうやらステラを知っているようだな。
「こちらの方が……」
「ああ、紹介しよう――ザンザスの英雄、ステラだ」
「はい、ステラ・セレスターと申します」
「お世話になります、黒書騎士団の副団長カイ・ストレイホーンです。カイとお呼び下さい」
「ご丁寧にありがとうございます」
「あなたが、あの――英雄ステラですか。お噂は聞いておりました」
その言葉にステラはちょっと引く。
「ええと、その……わたしは普通の冒険者です」
「王都で少し噂になっているようで……いえ、悪い噂ではありません」
「そ、そうなんですか……?」
「魔力の質からして……ふむふむ……」
カイが呟きながらメモを取る。
まぁ、ステラの存在は全然隠していないのだが。
しかし数百年前の人物と同じかどうか、証明のしようもない。
「一応聞いておくが、厄介ごとにはならないんだな?」
「冒険者ギルドが認めているなら法的な問題にはならないでしょう。ザンザスにも照会しますし。まぁ、ほとんどの人はどれほど強くとも子孫か代替わりかと思うだけかと」
「それはそうだな」
カイはステラにはそこまで興味がないようだ。
というより、管轄外だからか。彼女の仕事は伝令であって戸籍調査ではない。
草を食べていたアルミラージがメモを取るカイに向かって鳴く。
「きゅー」
「あっ、喉渇いた……? ちょっと失礼」
カイがアルミラージに走り寄る。ステラもカイの後にさりげなくついていく。
「きゅい?」
アルミラージが草を食べるのをやめてステラを見上げた。
ステラはうずうずしている。
カイは水筒を取り出しながら、そんなステラに問いかける。
「この子達に触りたいですか?」
「えっ? よくわかりましたね……!」
ナールが頷く。
「わかりますにゃ」
「うん、触りたい欲が出ていたぞ」
カイがアルミラージの頭をふにふにと撫でる。
「触りたいという人はそれなりにいますが……少し難しいですよ?」
かわいいものな……。
「止めはしませんが、体格が大きいか魔力を持っている方は警戒されます」
「警戒心が強いんだな」
「アルミラージは強い魔物ではありませんからね。ニャフ族の方は大丈夫ですけども」
「大丈夫です、わたしには色々とワザがありますので……!」
ステラがゆっくり屈み、アルミラージに手を伸ばした。
その間、ステラから感じられる魔力が異様に小さくなっていく。
同時にステラの気配が薄く、静かになった。
ごくり。ナールもカイもステラの技に目を見張る。
高度な魔力操作だ。
魔力のないナールだが、その変化は感じ取れたようだ。
今のステラの魔力量はナールよりも少ないように感じる。
「狩猟や釣りが趣味の貴族には、たまにこうしたことをする方がおられますが……」
「速度が桁違いに早いだろう」
「はい。ここまで瞬時に小さくできる方はひとりもいません……!」
そのままステラはアルミラージの頭にぽふっと手を置く。
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