770.水のヒドラ
襲い掛かるヒドラの首。だが、まだ反応できる速さだ。
すでに魔法を発動させる準備もできている。
俺は腕を宙にかざし、魔法を発動させた。
「【巨木の腕】ッ!」
魔法を唱えると、俺の目の前に巨大な木の腕が現れる。
よし、これで――。
「押さえつけろ!」
俺のイメージ通りに【巨木の腕】が動き、ヒドラの首を掴む。
ヒドラが暴れようとするが……振り払われはしない。
さらに魔法を操り、ヒドラの首をそのまま地面に叩きつける。
激しくヒドラの首も暴れ、拘束から逃れようとしている。
かなり強めの力のはずだが、ダメージはそんなにないのか。
「それなら――もうひとつ【巨木の腕】!!」
【巨木の腕】は複数発動させることもできる。
即座に二本目の【巨木の腕】が生まれ、ヒドラへとさらに覆いかぶさる。
よし……動かない。完全にヒドラの根元を押さえつけた。
そこで気付く。
なにやら水の粘度が高いな。スライムみたいな質感になっている。
「これでいいのかっ!?」
「はい! エルト様、少しそのままで!」
他の皆も素早く反応する。
ジェシカは獅子の頭の杖を高々と振り上げた。
「水なら……私の魔法でも対処できますわ!」
ジェシカから特大の魔力を感じる。
「【荒れ狂う激流】ですわ!」
「がおがおー!」
獅子の頭の杖から猛烈な水流が放たれる。
これは――水の上級魔法か。単体の敵に効果的な攻撃魔法だ。
高圧の水流がヒドラの首を捉え、そのまま吹き飛ばした。
まるで水のカッターだな。
さすがに上級魔法だけあって凄まじい攻撃力だ。
「僕は……これっ!」
ナナがお腹のポケットから、純白の鞭を取り出す。
「ぺちぺちムチ~。この鞭に触れるものは全て、無へ還る」
名前の割りに格好いい。
ナナが鞭をヒュッと動かすと、白の鞭から魔力が爆ぜた。
気が付くと、ナナの近くのヒドラの首が弾け飛んでいる。
おおー……言うだけはあるな……。
「わたしも遅れは取りませんッ!」
ステラは叫ぶと、駆け出して巨木の腕に飛び乗る。
「すみません、踏み台にします!」
「わ、わかった!」
もはや止めようもない。さらにステラは跳んでいた。
全身から魔力をみなぎらせ、黄金色に輝いている。
すでにバットを掴んだ腕もしならせている。ステラの必勝形だ。
「あえて、飛び込みます!」
ステラを迎え撃とうと、二本のヒドラの首がもがく。
「もっぐー! あぶないもぐー!」
「いえ、狙い通りの位置――です!」
恐らく、ステラの戦闘経験のなせる業なのだろう。
ヒドラの首は動きを読み切っている。
むしろ倒されるべくステラに誘導されているのだ。
ステラが空中で体をひねり、迫る一本目の首へバットを振るう。
バシャアアア!!
それだけで一本目のヒドラの首が宙を舞う。
おおう、スイングで水が斬れた……!
だが、もう一本ヒドラの首は残っている。
「最後のひとつッ!」
ステラの勢いは止まらない。打ち落とした首に足をかけ――さらに跳ぶ。
水の粘度が高いから、踏み台にできたわけか。
完全にステラはヒドラの動きを逆手に取っていた。
「そぉいっ!!」
ステラが最後のヒドラの首にフルスイングする。
「グギャァアーーッ!!」
ヒドラの首は叫び、弾け飛んだ。
さらにステラはヒドラを蹴って跳躍する。
……ステラはそのままくるくると回って着地した。
同時に、俺が押さえつけているヒドラの首から魔力が消える。
粘度の高さがなくなり、ただの水に戻っていた。
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