763.魔王城にて・前編
数百年前――魔王領。
それは広大な敷地を誇る、魔の要塞。
月明かりに照らされる中、暗く湿った森の中でステラとマルコシアスは焚き火をしていた。
銀の髪と真紅の鎧、鮮烈な印象の少女――それがマルコシアスだ。
そのマルコシアスは縮こまって座り、焚き火を枝でツンツンしている。
対面に座るのはステラ――星の光よりまばゆい金髪、真珠の様に真っ白な肌のエルフだ。
ステラもマルコシアスと同じく、焚き火をツンツンしていた。
「……思い切り煙が出てるけど、大丈夫なんだぞ?」
「もう魔王領に入って三日ですが、特になにも起きてませんね。気付いていないとは思えませんから、無視されているんでしょう」
ステラが軽く言い放った。魔王はこちらを舐め切っている。しかし、好都合でもあった。
「それより――あなたは本当に変わった魔力をお持ちですね。魔王が呼び出した悪魔とか、ハッタリだと思っていましたが……」
「あの魔王のせいで、我も不本意の連続なんだぞ。人間と争うとか嫌なんだぞ」
「ふむ……悪い方ではなさそうですね」
マルコシアスと出会ったのは、ついさきほどのことだった。彼女は魔王打倒を目指すステラにほいほいついてきたのだ。
マルコシアスは魔王に召喚されたはずだが、どうやら完全に支配下にはないらしい。
悪意も邪気も感じない――それならばとステラは彼女を連れて歩いた。
「悪魔は平和主義なんだぞ。お昼寝が好きなんだぞ」
「ほんわかしていますね……」
お昼寝が好き。ステラの頭の中には即座にコカトリスが思い浮かんだ。
「契約があるから詳しくは言えないけれど、ここから先は魔王の造ったゴーレム、動く魔法具がたくさんいるんだぞ。魔王はまともじゃないけど――その力は本物なんだぞ」
「わかっています……。これだけ離れていても、莫大な魔力を感じますからね」
ステラは森の、さらに遥か遠くの魔力を意識した。
馬で一日以上駆けた先、そこに桁外れの荒れ狂う魔力がある。
「……そこに魔王が――」
「ひゃう!?」
突然、マルコシアスが焚き火の側から飛びのいた。ステラが戦闘体勢をとる。
「どうかしましたか!?」
「……なんでもないんだぞ」
ものすごい大声だったような気がしたが。
ステラが立ち上がり、すすっとマルコシアスの側へ行く。
「蜘蛛……ですか」
マルコシアスの座っていた所に、大きな蜘蛛がいた。
マルコシアスの膝がぷるぷるしている。
周りを見てもいるのはこの蜘蛛だけだ。
「……森に帰しましょう」
ステラは蜘蛛を手に取ると、茂みの中へとそっと移動させた。
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