699.マルちゃんの部屋・おめめぱっちり
マルコシアスはじゃじゃーんと虚空から赤い液体が入った瓶を取り出した。
「究極のトマトジュース、だぞっ!」
「なんだって……!?」
ナナが軽く身を乗り出す。
瓶詰めのため、匂いはない。コカトリス姉妹もジュースの匂いで目を覚ますことはなかった。
「ぴよー……」(景品ー……)
「……すやー……ぴよよ……」(……飲んでみたーい……)
すでにコカトリスは半分、夢の中にいる。
「わふー。夢と希望と……アスタロトがのたうちまわって作り上げた究極のトマトジュースなんだぞ」
「……なんか変な単語が入ってない?」
「そんなことないんだぞ。というか、そんな嬉しそうじゃないんだぞ」
「まぁね……。せっかくだけど景品は遠慮させてもらおうかな」
ナナはふっと薄く微笑んだ。
「僕にとって究極のトマトジュースは自分で見つけるものだからね……。なんだか危なそうなジュースで僕の探究心は満足しないのさ」
「ちょっと本音が漏れてるんだぞ」
マルコシアスは瓶をちゃぷちゃぷと揺らす。そしておもむろに瓶の蓋を少しだけ開けた。
そのままマルコシアスは究極かもしれないトマトジュースの匂いを嗅ぐ。
「くむくむ……」
「んー、んー……?」
鋭敏な五感をもつナナが香ってきた匂いをそのままつらつらと口にする。
「コーヒー豆、レモン果汁、ブラックペッパー……それとトマト」
「スパイシーな感じなんだぞ」
「スパイスの割合が結構多いと思うんだけど」
「「……」」
「トマト果汁が8割未満なのは、トマトジュースとして認めてないから」
「なら仕方ないんだぞ」
「それは明らかにトマトコーヒーだよ」
「コーヒーもコーヒー豆の煮汁なんだぞ。ジュースの親戚なんだぞ」
「つまりジュースそのものじゃないよね」
「そうとも言うんだぞ、わふぅ」
マルコシアスがぴょんとソファーから飛び出し、コカトリス姉妹のところに行く。
「代わりに飲んでみるかだぞ?」
「ぴよー……ぴよっ」(んぅー……飲むっ)
「どうぞなんだぞ」
「こくこく、んむんむ……」
そのままコカトリス姉妹は器用に半分寝ながら、トマトジュースをごくごくと飲む。
「ぴよー……」(トマト、コーヒー豆、レモン果汁、ブラックペッパー……)
「こっちにもどうぞだぞ」
もうひとりのコカトリス姉妹にもマルコシアスがトマトジュースを振る舞う。
こくこく……。
「ぴよぅ……」(なぜ混ぜたぁ……)
コカトリス姉妹はもにゅもにゅとくちばしを動かしながら、半分夢の世界のままである。
「どうやら目を覚ますには足りなかったみたいだぞ」
「そうみたいだね……」
そこでナナは強烈な眠気を感じた。なんだか強制的に睡眠を取らされるかのような――。
「これは……」
「わふ、そろそろ時間なんだぞ」
マルコシアスがふにふにと前脚を上げる。その間にもナナの眠気は高まるばかりだった。
「また次の機会に会おうなんだぞー」
◇
翌日。
「うーん……」
ナナはこれまでになく快適に目を覚ました。
「……なんだか夢を見た気がするけど……」
草原の夢。それだけしか覚えていない。
ナナの家の外ではコカトリス姉妹が元気いっぱいに走り回っている。
「ぴよー!」(おめめぱっちりー!)
「ぴよよー!」(目覚めすっきりー!)
「元気だねぇ」
ナナは身体を伸ばして台所に向かう。冷蔵庫にはレイアがちょっと改良したトマトコーヒーがあるはずだ。まだ改良途中らしいが。
なぜか今は無性にトマトコーヒーが飲みたい、ナナであった。
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