681.鏡面の雪結晶
それから数日後、エルトたちがザンザスに行くという話が村を駆け巡った。
もちろん表立って話題にすると、エルぴよが台無しである。なのでひそひそ話であったが……。
しかし唯一、そんなことはお構いなしに話して回るグループが存在した。
「ぴよ」(聞きましたか、ステファンさん)
「ぴよぴ」(なんでしょう、エレノーラさん)
「ぴよっぴ……よ!」(どうやらディアちゃんたちがザンザスに行くみたい……です!)
コカトリスたちが溜池に浮かびながら、ぴよぴよと話をしていた。
ちゃぷちゃぷ……。
仰向けに浮かぶコカトリスのお腹の上には、リンゴやイチゴが置かれている。
こうすることで、常におやつへ羽を伸ばすことができるのだ。
もしゃもしゃ……。
「ぴよ……」(そういえば、ザンザスにも仲間がいるとか……)
「ぴよぴ」(ご近所さんだから、挨拶には行きたいかなって)
「ぴよー」(そだねー)
もしゃもしゃ。
答えながら、コカトリスはぼんやりと考えていた。
あまり大人数で押しかけると迷惑かもしれない。数人(数体)くらいがちょうどいい。
「ぴよよっぴ」(そーいえば、雪と氷のところにも行くんだって)
「ぴよ……!」(なぬ……!)
コカトリスは目をぱちぱちとして――やがてとろんと眠そうな目つきになった。
「……ぴよぅ」(……雪はおいしくないからなぁ)
「ぴよー」(そだねー)
◇
冒険者ギルドの執務室にて。
「ぜひとも! もちろん歓迎いたします!」
レイアにザンザス訪問の件を伝えると、彼女は喜びに顔を綻ばせた。
「まぁ、本命はそこではなく――第4層の探索なんだがな。そこにあるレアな素材が必要なんだ。名前は『鏡面の雪結晶』だったか」
「えっ……?」
レイアの動きがぴたりと止まる。
同席しているステラがレイアに首を傾げる。
「どうかしたんですか? 第4層で手に入るはずですよね?」
「え、ええ……そのように聞いていますが」
「……聞いている?」
「氷の魔力の結晶体ですよ、手のひらサイズの……。確かにレアな素材ですけれども。きらきらと光って、鏡のように光を反射する――」
そこまでステラが補足すると、レイアはもじもじと身体を動かした。
妙な反応だな。
「申し訳ありません。わたしも実物は見たことがないのです」
「「えっ」」
ハモった。
ステラが軽く身を乗り出す。
「取るのがちょっと疲れる素材ですが……わたしも何度か取りましたよ?」
「ステラにとって、ちょっと疲れる……?」
俺は少し訝しんだ。
「それはだいぶヤバめじゃないか?」
「ステラ様よりあと、ザンザスで『鏡面の雪結晶』を採取できた冒険者はいません……」
レイアが端的に事実を述べた。
「カタログには今も採取できるみたいに書いてあるが……」
ナールに見せてもらったが、ザンザスの冒険者ギルドはカタログを発行している。そこにはザンザスのダンジョンで手に入る素材が記載されており、しかるべき手順を踏んでお金を払うと購入ができるのだ。
要は依頼用のメニューのようなものだが……。
『鏡面の雪結晶』は納期、価格応相談になっていた。ナールはそれを読み、俺にまず相談してきたわけだが。
「それはまぁ、体裁ということで……」
レイアが軽く目をそらした。
「ふむ、そういうことか」
つまり実質的に手に入らないが、カタログに記載しているわけだ。
「一応、手には入ります。数十年前に交わしたドワーフの国との契約がありますから。納期が数か月かかるうえ、ちょっとした家が立つほどのお金が必要ですが」
「お断り価格ですね、それは」
ステラがふむふむと頷いた。
「しかし『鏡面の雪結晶』がそんなことになっていたとは……」
「今では書類上でしか採取場所もわかりません。わたしも近くまでは行きましたが……」
レイアがごくりと喉を鳴らした。
「今でもたまに夢に出てきます」
「なるほど……」
俺は答えながら、ステラがほんのわずかに首を傾げたのを見逃さなかった。
あれは……そこまで大変なことだとは思っていない顔だ。
お読みいただき、ありがとうございます。







