536.座席作りの前提
その日の夕方。
ステラはウッドの生み出したマルデコットンを前に、ものすごく真剣な目付きをしている。
「じぃー……」
右手には黄色いマルデコットン、左手にはディア。
ステラは2つの感触と見た目を比べていた。
「ぴよ。かあさま、真剣ぴよ」
マルコシアスは子犬姿で俺の膝の上にいる。
「母上の目が、我が主の細部を見極めているんだぞ」
作るのはぬいぐるみではなくて、座席シートなのだが……。
「長く使うものですからね。中途半端なもの、残念なものは許されません……!」
ステラの瞳が野ボールのときのように燃えている。
どうやら皆が使うということで、ギアが1段階上がったようだな。
「明日、ナールのお店に行って色々と見てきましょう。型紙や裁縫道具も……! もちろんイスカミナの工房にも行かないとですね!」
◇
翌日。
ステラはディアと子犬姿のマルコシアスを連れて、イスカミナの工房を訪れていた。
ラビット族とさっそくトンテンカンとお仕事をしている。
「この辺りが座席部分ですか……」
「もぐ! 寸法は図面にあるとおりもっぐ!」
ステラの手には魔導トロッコの図面がある。
魔法具関係はさっぱりわからないが、座席やテーブルの部分は把握できた。
これがあれば座席は作れそうだ。
「けっこー乗れるぴよね?」
「とりあえず10人乗りを2台は作りますもぐ」
「荷物を行き来するから、それなりにパワフルなんだぞ」
ステラは図面を見ていて気が付いた。
いろいろな席の大きさがあるのだ。
その理由は明白だった。
「やはり種族ごとの体格差は考慮しないといけませんね……」
ニャフ族やラビット族、ドリアードは子どもサイズだ。一方、ウッドやシエイの背は高い。
「ぴよ! あたしと仲間も大きさかなり違うぴよよ」
「そうですね、ぴよちゃんやウッドも快適に――そう思うと中々のハードルです」
「もっぐ、鉱山では悲惨な乗り心地の魔導トロッコもありますもぐねぇ……」
イスカミナが遠い目をした。
固くてガタゴト揺れるトロッコに乗るのは、歴戦のイスカミナでも憂鬱である。
「なるほど、そうですね……。座り心地は実際、観光客にとっては大切です」
「かあさまの腕の見せ所ぴよね」
「ふっかふかの座席を用意するんだぞ」
ステラは図面を丸めて、ディアとマルコシアスを見つめる。
「ぜひ、素晴らしい座席を作りましょうね!」
ふっかふか、あとはしっとり目のも。
ステラはやる気に燃えていた。
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