374.泳ごう、海で!
思い返すと、この十五年間で泳いだことはない。
実家で水泳は特に習わなかった。
まぁ、近くに大きな河もなかったようだし……。
当然プールがあるわけでもない。
前世では……どうだろう。
義務教育レベルでは泳げた記憶がぼんやりある。
もちろんゲームの中と実際の泳ぎは全然違うしな。
マズイ。
これはマズイ気がする……!
現地に行って沈むだけで終わったら、とんだ足手まといである。
ジェシカと別れて、俺達は家に帰る道を歩いている。
こそっと俺は隣のステラにささやいた。
「……なぁ、ステラ。ちょっと聞いて欲しいんだが」
「なんでしょう……!?」
俺の声音で察したのか、ステラもこそこそ声だった。
「俺、泳げないかもしれない」
「……やはり、そのことでしたか……」
「同行すると言っておいて、なんなんだが……」
「いえいえ、特別な訓練が必要ですからね」
ステラの瞳の中が、なんだか燃えていた。
「着ぐるみのまま、泳ぐのは気合が必要です!」
◇
帰宅後、ステラとソファーに腰掛けながら。
「エルト様の身体能力で泳げないのは、考えられません。ある程度はすぐに泳げるようになるかと」
「その上で着ぐるみか」
俺の頭の中に、ぴよぴよ言いながら潜水するコカトリスが思い浮かぶ。
「まぁ、ナナも泳げないはずです。ヴァンパイアですからね……」
「そんなに泳げないのか?」
「わたしが見てきたヴァンパイアは沈むだけと言っていました。種族的に全員カナヅチなのです……」
ゲームの中では設定レベルの話だったのに。
実際の世界になると、そんな悲しいことになるんだな……。
寝転がるウッドの上、マルコシアスとふにふに遊んでいるディアが言う。
「おにいちゃんも、泳ぎは大丈夫ぴよ?」
「ウゴ……どうだろう?」
「海水でも大丈夫だと思うが……」
「さすが兄上なんだぞ。ぽむぽむしちゃうんだぞ……!」
ぽむぽむ。肉球マッサージである。
「ウゴウゴ……」
「いずれにしても、泳ぎの質を高めるのは無駄にはならないと思います。着ぐるみができ次第、湖で訓練するのはいかがでしょう? わたしも自己点検したいですしね」
「そうだな……。そのほうがよさそうだ」
「さて、そうしたらまずは――」
そう言うと、ステラは台所へ立ち上がった。
木桶に水をなみなみと注ぎ、テーブルに置く。
「しばらく振りのチャレンジですね……」
「なにぴよ?」
「この水に顔をつけて、呼吸がどれだけ保つか……自己点検です」
「いきなり過酷な修行なんだぞ」
「ウゴ……。どれくらいやるの?」
「最初は一時間を目安にします」
……お、おう。
さくっと人間の限界を超えているような……。
……それは俺には、必要じゃない……はずだ。
◇
その頃、畑のなか。
コカトリス二体がぴよぴよ農作業しながら、お腹のたぷを燃焼させていた。
「ぴよ」(冬のたぷがまだ残ってるぜ……)
「ぴよっぴ」(ご飯がおいしいからね。仕方ないね)
たぷは適度に。
それはコカトリスも変わらない。
「ぴよよー?」(それより聞いた?)
「ぴよ?」(なーにー?)
「ぴよ、ぴよよ」(今度、ディアちゃんが海に行くんだって)
「ぴよっぴ……ぴよ?」(海……海ってなんだっけ?)
「ぴよ……ぴよよ!」(海……なんだか大きくて水がいっぱいのところだったと思うよ!)
コカトリス達は薄ぼんやりとした記憶を引っ張り出していた。
青い空、しょっぱめの水、荒波に揺られる体……。
揺られて、それなりに減る脂肪。
「ぴよ……」(たぷ……)
コカトリスは見合って、自分のお腹をつまむ。
たぷ、たぷたぷ……。
「……ぴよ?」(……ねぇ?)
「ぴよよ……」(キノコ狩りに行った子は、かなりたぷみが減ってたよ……)
「ぴよぴ……」(なるほど……)
泳ぐだけなら湖でもいい気がする。
しかし、波に逆らうのはパワーがいる。たぷも使うに違いない。
きらーんとコカトリス達の目が光る。
「ぴよ!」(泳ごう、海で!)
食べる量を減らせばいい……だぞ?
それができたら苦労しないんだぞ(。ノω\。)
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