366.水運を巡って
数日後、冒険者ギルドの執務室。
ステラと仕事をしていると、レイアが駆け込んできた。
「エルト様、失礼いたします!」
「おぉ……なにかあったのか?」
「慌てておられますね」
レイアが慌てているのを見るのは、結構珍しい。
「申し訳ありません。ザンザスの議会から連絡がありまして……ライガー家から手紙が来ました」
「ライガー家……? 五大貴族のか?」
ライガー家はナーガシュ家と並び称される五大貴族のはずだ。
物流や水運に利権を持っている。
最近だが、人づてに聞いた名前でもあるな。
「確か水運で話をしていたんだよな」
「覚えておられましたか……。そうです、何度使者がいっても門前払いでしたが――進展がありました!」
「ほう、それは良いことじゃないか」
「おめでとうございます……!」
しかしレイアを見ると、頭の上のコカトリス帽子がわずかに傾いている。
どうやら朗報だけじゃないな。
「続きがありそうだな、話してくれ」
「……お察しの通り、条件があります。魔物の討伐と引き換えとのことです」
「ふむ……」
「どんな魔物でしょう?」
「リヴァイアサンの群れ、とのことです……」
レイアの声が暗くなる。
この世界の魔物図鑑では、リヴァイアサンはB級からA級の脅威度と評価されていたはずだ。
巨大な鯉のような外見で、とにかく大食。周囲の生態系を壊してしまう。
「水棲の魔物を討伐するのは、非常に難しい……。事実上のお断りということでしょう」
「水の中ではほぼ魔法が使えないからな」
魔法を使うには集中力がいる。そして水中ではその集中が難しい。
もちろん水中で自在に動ける人間もいないからな。
それゆえリヴァイアサンの脅威度も、高めに設定されている。
と、ステラがちょこんと手を上げている。
「そんな時は、わたしにお任せをっ……! リヴァイアサンの豊富な討伐経験、あります!」
「本当か……!」
「さすがステラ様……!」
いや、ちょっと待て。
「好奇心で聞くんだが、どうやってリヴァイアサンを討伐するんだ? おびき寄せたりするのか?」
「いえ、こう潜っていってぽこぽこっと」
「リヴァイアサンはかなり深く水に潜ると思うのですが……」
「気合を入れれば……わたし、丸一日くらいは潜っていられますよ!」
ぐっと強調するステラ。
「お、おう……」
「水中呼吸できる魔法がありまして、それとちょっと特殊な呼吸法と鍛錬を組み合わせると……!」
「す、すごいですね……!」
レイアの目が泳いでいる。
……やっぱり常人には到底無理なやり方だったか。
こほんと俺が咳払いをすると、レイアがはっとする。まだ続きがあるようだな。
「それともう一つ、ライガー家から使者が来るそうで」
「ライガー家から……? 今の段階でか」
「水運利権獲得のため、ポーションやら武具を取引材料にしていたのですが……どうやらそれだけでも欲しいようで」
「ここに来て討伐のお誘いですものね。相当、困っているのでは……」
「そうだろうな。利権の一部をよこすくらいだから、状況が変わったのだろう」
リヴァイアサンが大挙して港や水路に押し寄せれば、ライガー家も商売上がったりだ。
だが面子的に他の貴族家は嫌なのだろう。
五大貴族が困るくらいの案件だと、半端なところに話を振っても無駄になる。
しかしザンザスは自治都市であり、主導権や体面的にも面倒は少ない。
今回も利権をくれというから、難しい条件を出した――そういう流れだ。
「エルト様……どうされますか?」
ステラが俺を見つめる。
複雑な政治のアレコレも、ステラは承知の上だ。
「もちろん前向きに行く。こんな機会はそうそう――」
そこまで言って、ステラが窓の外に目をやっているのに気が付いた。
「何か、来ます!」
同時にドシン……! と低音が響き渡る。
何かが落ちたような音だ。
ばびゅーんでステラが着地したかのような。
「な、なんだ……!?」
俺が立ち上がり、窓を開ける。
そこには短く切り揃えた金髪に、金をあしらった燕尾服。背丈の低い少女がいた。
服装的に高価なのが遠くからでもわかる。
彼女が空から来たのか……?
だとすると――。
「……貴族関係か?」
俺の呟きに、隣にいるレイアが唖然として答える。
「ライガー家のルイーゼ様、です……!」
久し振りのルイーゼだぞ。
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