351.小さな積み重ね
……起きた。
お腹の空き具合からして、寝ていたのはそれほど長くなかったと思う。
コカトリスの寝息が聞こえる。
もぞもぞするたびに、俺の頭頂部にふわもっこがこすれるな……。
「すやー、ぴよよー……」
「ふにゃー、ぴよー……」
気持ちいいけど、そろそろ起きないとな。
視線を上に向けると、ステラもすぅすぅと軽く寝息を立てていた。
「……はふ、エルト様……」
「起こしてしまったか、ごめんな」
起き上がり、ステラの頬にすっと手を当てる。
「んぅ……いえ、ほんの短い時間です」
何気なくした仕草だったが、ステラは俺の手に頬すりする。滑らかな感触と温かさ。
「ぴよよー……すやー……」
「すややー……ぴよー」
コカトリスは俺達に比べると、だいぶ本格的に寝ている……。ここで話すと彼らの眠りの邪魔になりそうだな。
「行こうか」
「はい、そうですね」
地下広場をそろりと出ると、お昼時になっていた。
あと一回り散歩したら家に戻るか。
広場を歩いている俺の目に、珍しい光景が飛び込んでくる。
ナールとシュガーが馬車へと乗り込もうとしていた。ザンザス行きの馬車のようだな。
色々と荷物を積み込んでいる。
「にゃー。準備はオッケーにゃ?」
「そりゃもう。甥っ子や姪っ子へのお土産も持ったし……」
「妹夫婦へはないのにゃ?」
「……あいつらに持ってくと恐縮しちまうんでね。子どもにたんまり渡すんでさ」
「賢いのにゃ。商人の言葉にもあるにゃ……朝に店先を片付けるのにゃ」
急がば回れ、みたいな慣用句だな。
そこでシュガーが俺達に気が付いたようだ。
ほがらかに手を振ってくる。
「おっ、エルト様! ちょいとザンザスへ行ってきますぜ!」
「にゃ! あちしもザンザスで色々と見てきますにゃ!」
「ああ、行ってらっしゃい。向こうにもよろしくな」
「いってらっしゃいです……!」
そのまま二人を乗せて、馬車は出発して行った。
「……あまり見かけない組み合わせでしたね」
「ふむ、そうだな……」
シュガーは生粋の冒険者で、レイアのように商品開発をしてるわけでもない。
それゆえニャフ族とは仕事上の付き合いが意外と少なかったりする。
「釣りで気が合ったのかもな。ナールもボートはお気に入りのようだし」
「なるほど……。彼は水場での活動も手慣れてそうでしたしね」
話しながらゆったり広場を歩いていく。
木陰とそよ風が気持ちよく、そこかしこでお昼寝をしてる人がいる。
冒険者や薬師は成果主義だからな。
効率が落ちるくらいなら、短時間でもお昼寝して頭をすっきりさせる人も多い。
「おっ、あれは……」
コカトリスが列をなしている。
と思ったが、違うな。
あれは着ぐるみだ。
少し離れたところにレイアが立っている。
ぴよ、ぴよ。
レイアがコカトリス帽子の紐を引っ張る。ぴよ音が鳴る。
それに合わせて着ぐるみ達はぴっぴよと動いていた。
「もしかしてお見合い会の練習ですか……?」
「もしかするとそんな感じだな」
真のアルバイトぴよである。
……ま、まぁ……お見合い会は俺の手を半分離れていると言っていいからな。
場所と美味しい食べ物は提供するが、俺が鎮座してお見合い会に出るわけにもいかんし。
◇
ガタゴト、ガタゴト。
一方、村を出発したナールとシュガー。
ザンザスへは馬車で二日ほどだ。
とはいえ、途中に大樹の家の休憩地点がある。
揺れる馬車のなかで、ナールは帳簿関係を整理していた。
「揺れてても帳簿をアレコレできるんですねぃ。その辺はさすがですぜ」
「もう慣れたのにゃ。子どもの頃はちょっと酔ったけど、今はバリバリにゃ」
今回積み込んだ荷物や、引き取ってくる荷物の目録や記録を読んだり書き足す。
別にシュガーに見られても問題ない書類だ。
「んにゃ……。数字がちょっと違うにゃ」
眉を寄せるナールに、シュガーが何気なく言う。
「手伝いやしょうか?」
「……帳簿を読めるのにゃ?」
「親戚が小さな店をやっててね。大概のやつならわかりやすぜ」
「本当かにゃ、それなら――ちょっと見て欲しいのにゃ」
レイアの信頼厚いシュガーなら、いいだろう。
ナールはそう判断して書類の束を渡す。
シュガーはそれを受け取り、にっと笑う。即座に書類を渡されたのが嬉しかった。
「お安い御用ですぜ!」
着ぐるみの行進は一日でならず、だぞ(人*´∀`)。*゜+
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