324.甘え
宴会がそろそろ終わろうとしていた頃。
ふらふらとナナが俺達の前に現れた。
……夜なので着ぐるみ姿じゃないな。復活したか。
とりあえず木製トレーに色々とトマト料理を乗せているから、食欲はあるようだな。
「やぁ……。顔を出しに来たよ」
「お疲れ様だ。今回は色々とありがとう、助かったよ。体調はどうだ……?」
「ぐっすり寝てトマト料理を食べたから、大丈夫。ほら、顔色も良くなったでしょう?」
ナナが自分の頬を指差す。
元々ヴァンパイアは青白い顔なので、顔色だけで体調が良いか悪いかは判断しづらい。
それに村に帰ってきた時は着ぐるみ姿だったよな?
顔色がわかるはずもない。
わからん。
体調が戻ったのか、どうか……!
魔力の波長は大丈夫そうだが。
「魔力の調子は戻っているようですね……!」
「うん。あと地下通路のコトだけど……冒険者達から聞いたよ」
「ああ、少し調査を進めたんだ」
「ウゴウゴ、地下広場をたくさん見つけた!」
ナナが頷いた。にやりと楽しみだ――という顔で。
「手が空いたら、僕も同行するよ。色々と興味深いからね」
◇
宴会が終わり、家へと帰ってきた。
「ふー……落ち着きます」
今、ディアとマルコシアスとウッドは一緒にお風呂に入っている。
帰ってから一度シャワーは浴びたが……うん、ウッドが気を利かせて二人きりにしてくれたのだ。
なので……リビングには俺とステラの二人だけである。俺はソファーに腰掛け、ステラを膝枕していた。
「んふふー……」
「……俺の手、何かあったか……?」
寝そべっているステラは、さっきから俺の右手をふにふにと弄くり回していた。
なんとなく、ディアがマルコシアスを撫でくり回すのに似ている気がする。
「いえ、エルト様の手だなぁ……と」
「そうか……」
答えながら俺はステラの髪を撫でる。
しっとり、つやつや。
はっ……!
俺はとんでもない事に気が付いた。
いまさらだが、マルコシアスを撫でた感触に似てる……気がする。
なでなで。
……うん。しっとりだ。
「ありがとうな、ステラ。ディアも連れて行ってくれて」
「いいえ、ディアにとっても良い機会だったと思います。こういう機会は活用していきたいですから」
気持ち良さそうに目を閉じるステラ。
「アイスクリスタルとか、虎とかは……まぁ、うん。それも良かった」
「……怒られるかと思ってました」
気持ちはわからなくもない。
魔物と無理に戦う必要はないのだから。
俺が禁じるのは簡単だ。
戦うな、と言えばステラはそうするだろう。
けれどそうすれば、恐らくステラと俺の心の距離は離れていく。
魔物や暴走する魔法具に困っている人を見過ごすのは、ステラの根幹に関わるはずだ。
それがステラという人であり、俺が飲み込まなければならないことである。彼女はやはり、今も正しく英雄なのだから。
「無事なら、それで良い。無茶だけしないでくれれば」
「はい、それは約束いたします……!」
「俺もウッドと村の人間で地下通路に挑んだしな……」
実は俺も怒られるかと思った。
ある程度の予想はあるとはいえ、戦力で言えばステラとナナがいたほうが良いに決まってる。
「第三層ならウッドでも安全かと思いますが……」
「まぁ、そうだとしてもだ。だからお互い様でもある」
そうして話しているうちに、ウッド達が戻ってきた。
「ぴよよー……」
「むにゃむにゃ……だぞ」
ディアとマルコシアスは半分というかほとんど寝てるな。
「ウゴ、先に寝てるね」
「ありがとう、おやすみなさい」
「おやすみなさいです……!」
リビングの明かりを消して、ウッド達は綿に潜り込む。こうなると三人はすぐに寝入るだろうな。
「さて、俺達も寝るか……」
ステラが俺の服の袖をきゅっと握る。
「――ですか?」
「えっ?」
ステラがゆっくりと目を開く。
その瞳は少し潤んでいた。
「今日はこのままじゃ、駄目ですか?」
俺はステラの髪を撫でる。胸に愛おしい気持ちが溢れるのを感じながら、静かに答えた。
「……わかった」
それにステラは満足したようだ。
微笑みながら、再びを目を閉じる。
「えへへ……」
うん、たまにはこういうのもいいだろう。
俺もそのままソファーに寄りかかりながら、すぐに眠りに落ちるのだった。
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