319.猛虎、打ち取ったり
読め、読め、先読みしろ。
ステラは自分に言い聞かせた。
虎はこれまで、同じ攻撃は二度してきていない。
考えられるのはまたワープしてくるか。それとも遠距離攻撃か。
あるいは他のパターンか。
「……グルルル」
虎が唸ると前脚に再び魔力が激烈に集中する。
刺すような冷気をまとい、虎がにじり寄ってきた。
「なるほど、読めました」
一巡。
ステラは精神を整える。
この虎の一撃は容易に防げるものではない。爪の一撃だけで、Aランク冒険者でも即アウトだろう。
それほどの速さと重さなのである。
だが、ドラゴンを素手でポコポコしてきたステラにはまだ遅く、軽い。
「……あなたが全力なら、違ったのでしょうね」
そしていくつもの戦いをくぐり抜けたデュランダルには、ステラの魔力が染み渡っている。
鋼鉄を超え、ミスリルを超え、ドラゴンすら夜空の彼方にかっ飛ばす力を備えつつある――気がする。
ぐぐっとステラは魔力を解き放つ準備をした。
「残念ですが、あなたのせいで義兄が破産しそうなのです。虎よ、屏風の中にお戻りなさい……!」
その台詞を聞いて、ホールドがびっくりした。
「ちょっと性格違ってきてないか……?」
「……ノッてきたんだよ」
「そうか……。エルトも大した弟だ。この英雄を使いこなすのは……」
虎が一気に距離を詰めてくる。
ステラは全身を黄金の魔力に包み、迎え撃つ。
狙うは着地点。
虎が跳躍すると同時に、ステラもバックステップする。
「グルルルル……!?」
むろん、普通ならこんなことはありえない。
後ろに飛べば体勢は崩れて、前に出てくる相手に不利になる。
だがそれは常人の話。
英雄ステラは後ろに飛びながらでも、渾身のフルスイングができるのだ。
「そこだー、ははうえー!」
「いまぴよよー!」
応援してくれる家族もいる。
ここで決めなければ、バットが泣く。
カッと目を見開いたステラが、フルスイングを決める。
カッキーーーン!!
――きらっ!
虎は天井を突き破り、朝焼けの空へと吹っ飛ばされていった。
「いったぴよー!」
「お空へかっ飛んでいったんだぞー!」
虎が吹っ飛んだことで術式も見極められるようになった。当然、それを見逃すナナではない。ナナも最後の詰めに入った。
「ここだー!」
「おおっ!」
ちょん。
ドライバーを屏風の裏にぴとっとすると、手元が激しくスパークする。
バチバチバチ!!
激しい発光がナナとホールドを襲う。
「まぶしっ!! ナナは大丈夫なのかっ!?」
「ふふふ、この着ぐるみは遮光ガラス付きだよ! 作業特化着ぐるみなのさ!」
ハイテンションで呟くナナ。
フルスイングし終えたステラはふぅ、と一息つく。
「やりましたか……」
「……グルルルル」
「まぁ、ワープできるならそうですよね?」
空の彼方に吹っ飛ばされた虎はすぐにステラ達の前に戻ってきた。
ワープの力である。空の彼方まで飛びながら、戻ってきたのだ。
「いいでしょう! 何度でも空の彼方にかっ飛ばして――」
「えーい!」
しかしステラが言い終わる直前に、ナナの術式の破壊が完了した。
「ガルルルッ!?」
虎の姿が徐々に薄くなり、消え去っていく。
ステラがひとつ息を吐いた頃には――跡形もなくなっていた。
「……ぴよ。おわったぴよよー?」
「そうだぞ。気配がなくなったんだぞ」
ステラもふっと肩の力を抜いて構えを解く。
「ですね。虎の殺気は消えました」
「ああ、回路の破壊もうまく行ったはずだよ!」
ナナも立ち上がり、ふもっとハンドを掲げる。
となりのホールドは疲れながらも安堵の顔をしていた。
ステラも実感する。
「ええ――猛虎、打ち取ったり! です!」
お読みいただき、ありがとうございます。