315.虎の仕組み
翌朝の大聖堂。
ナナからの呼び出しを受けて、ステラ達は『半身の虎』調査へと向かった。
向かう先は大聖堂である。
倉庫への通路は芸術祭で使われている通路とは変わって、かなり古めかしくおどろおどろしい。
先頭をぽよぽよと着ぐるみナナが歩き、ステラがついていく。ディアとマルコシアスを抱えながら。
「ぴよ。くらーいぴよね」
「あっちは相当頑張って明るくしてたんだぞ」
「かべのゴツさは、こっちがこのみぴよよ!」
通路にはコウモリや牙や爪といった、ヴァンパイアが魔除けとして使うシンボルがあちらこちらに彫刻してある。
古い時代、魔物の襲来を恐れていたことの証である。
「……何かわかったんですか?」
「魔力をビビっと流して、ある程度はね。どうやら術式が組み込まれているみたいだ」
ナナがときおりふらっとしているのは、徹夜したせいだ。さすがに徹夜は堪える年齢になってきた。
「では、やはり……!」
ステラの目付きが鋭くなる。
神の四番打者が狙いを定めつつあった。
「いくぴよ? いっちゃうぴよ?」
「わくわくしてるんだぞ」
「ぴよ! かあさまのスイング、すきぴよ!」
「そうですか……! ええ、見せましょう。人生最高の一振りを……!」
やる気がめらめらと燃えてくるステラ。
「……ま、まぁ……とりあえず見てね」
そう言ったナナの前に――虎が現れた。
絵の通り、巨大でたくましい虎だ。
「え?」
「ぴよっ!?」
「だぞ!?」
しかしステラだけはすっと床にディアとマルコシアスを置く。
そして、腰に差したバットを素早く構えて前に飛び出した。
「早速、来ましたね!」
「ちょっ……」
ナナが慌てて何か言うのを、ステラが手で制する。
「いえ、これはあり得たことです。大聖堂の中なら、虎と遭遇する可能性はあったんですから!」
「さすがぴよ!」
「常在戦陣だぞ!」
両腕でディアとマルコシアスをもふりつつも、ステラは心を整えていたのだ。
「さぁ、どこからでも――」
「グルルルル……」
虎が唸る。
だが次の瞬間、虎はふあっと煙のように消えてしまった。
「…………あれ?」
「とらさん、いなくなったぴよ」
「くんくん……」
マルコシアスが空を見上げながら匂いを嗅ぐ。
「うーん、気配はもうないんだぞ」
「どういうことでしょう? ひと唸りしたらいなくなっちゃいました」
「ふむ……やはりか」
「ナナぴよ! こたえをしってるぴよか!?」
なんかノリノリなディア。
それに対して徹夜明けテンションのナナもノリノリで答える。
「ふふん、知っているとも。これはアレだね」
「アレ?」
もふっとハンドをちょっと上げたナナが答える。
「バッテリー切れ」
◇
倉庫に到着したステラ達。
天井は高く、空の棚が置かれている倉庫内をステラ達は歩いていく。
「……つまり、燕と基本構造は同じ。周囲の魔力を集めて魔力体を構成している」
「ふむふむ……。それがもう、限界に近いと?」
「むしろ限界だったんだと思うよ。ルイーゼから買ったときは魔力はほぼ空っぽだったんだろう」
「ここでチャージされたんだぞ?」
マルコシアスの言葉にナナが頷く。
「ここは知っての通り、魔力濃度が高い。アイスクリスタルの大群が現れたように」
「なるぴよ!」
ほむほむと頷くディア。
「僕が調べて見つけたのも、それさ。燕との構造の共通性。そこに注目したんだ」
「……なら、あとは絵を破壊すれば終わりでは?」
ステラが当然の疑問を呈する。
仕組みがわかり、絵が原因なら仕方ないように思える。
「すまない……。可能な限り、それは避けたいのだ」
「……!」
埃っぽい倉庫の奥にいたのは、正装したホールドだった。ホールドはステラ達を見るなり、深々と頭を下げる。
そのホールドの後ろには『半身の虎』が置かれていた。
「この絵には大金を使った。すでに売買の話もまとまりかけている。身勝手なのはわかっているが、なんとか絵を破壊しない方向でお願いしたいのだ」
「……なるほど」
あのときの燕は古い魔法具、悪魔の技術の産物という以外に価値がなかった。
だけどこの絵は違う。確かお屋敷か小城か、それくらいの金銭的価値があると聞いていた。
ステラは少しの間、頭を下げたままのホールドをじっと見ていた。
燕との戦い。ホールドの願い。自分の立場。
頭によぎるけれど、ステラはひとつのことを考えた。
(……エルト様なら、どうするのでしょう)
お読みいただき、ありがとうございます。