311.性別:ぴよ
……なるほど。
いい感じか……。
「それはいいことだな。コカトリスは餌が多くないところでは、卵を産まないと言うし……」
「ウゴ、余裕がないと……だっけ」
「どうやらそうみたいだな。それでも寿命も長くて、そうそう増えないみたいだが」
コカトリスの生態については『漂流貴族』という数百年前の本に詳しい。というより、レイアがぎゅむーと押し付けてきた本の一冊だが。
物語当初、主人公の男は四十代で航海に命をかける貴族だった。
だが巨大クラーケンとの戦いで海に投げ出された。そして気が付くと、とある島へと漂着していたのだ。
その島こそ、海コカトリスしかいない絶海の孤島であった。彼はそこで……本いわく「恐らく毛のないコカトリスと思われて」一緒にしばらくその島で暮らすことになった。
しばらく――そう、彼は実に二十年も、その島でただ一人の人間として暮らすことになったのだ。
そこで彼はコカトリスの生態をつぶさに知った。
それから彼は新航路の開拓によって、人間社会へと帰還することができた。そして経験のすべてを一冊の本にまとめたのである。
これは今でもコカトリス研究の基礎となる本なのだそうだ。
彼はこの本で名声を得た。最後にその島に住むコカトリスの生活を荒らさないことと、遺骨の半分をその島に葬ることを遺言したという。
「……コカトリスは性転換すると聞いていたが、自認としては男女の区別があるのか?」
これはコカトリスの研究書には必ず記載されていた。コカトリスはほぼ捕獲できないため、研究は観察によっている。
しかし、有史以来の様々なフィールドワークによって、研究は進んでいるのだ。
……そしてどうやら、コカトリスは男女を何回も行ったり来たりするらしい。
俺も前世の記憶だと……クマノミとかは一生の内で性転換する生き物のはずだ。どうやらコカトリスもそうみたいなのだ。
「えーと……名前でですかー?」
「エレオノーレとアルブレヒト、女性名と男性名じゃないのか?」
「一ヶ月前は逆でしたよー」
ん?
「ウゴ……逆?」
「今の名前は、元々は逆だったんですー。取り替えっこしたんですよー」
「…………」
「コカトリスちゃんは名前をよく取り替えたり、なんだか気に入った名前に変えたりしますからねー」
「そ、そうなのか……!?」
なんというフリーダム。
名前も気分次第で変えるのか……。
「ウゴウゴ、凄いね……」
「コカトリスは自由ですからー……お、おっ、おっー! きましたー!」
釣り糸がピンとしなった。
どうやらマルデ生き物の何かがヒットしたらしい。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ですー! おっ、おっー!!」
ぐいっとテテトカが釣り竿を引っ張る。
釣り糸の先には鈍い銀色の貝が食い付いていた。
「おー、貝です!」
「ウゴウゴ、貝だ!」
「ああ……この色合いはマルデホタテ貝だ。食べると美味しい貝だな」
周囲を見渡すと、他のボートでも続々と釣りの成果が出ているようだった。
ドリアード達がわいわいと楽しみながらマルデ生物を釣り上げている。
「ふぃー。皆も釣れてるようでよかったですー」
そう言うと落ち着いたのか、テテトカは懐から草だんごを取り出した。
もぐもぐ……。
うん、いつも通りの光景だな。
「ウゴ、そうしたら次は俺がやってもいい?」
「ごっくん……どぞどぞー」
「もちろんだ」
こうして俺達はしばらく釣りを楽しんだ。
冒険者達もかなり釣り上げたようだな。
俺は……自分で作った草だんごを餌にしてみたんだが、あまりヒットしなかったな……。
やはりドリアードお手製の草だんごにはまだまだ及ばないか……。
それから湖の岸辺でバーベキューをした。
もちろん俺も植物魔法で色々と提供させてもらった。
テテトカを始めとしたドリアード達は、自分達で加熱料理をしない。
やはりバーベキューは新鮮なようだ。
ちなみにふーふーと冷ましてから食べているが。
でもニャフ族もそういう食べ方してるからな。かなりのニャフ族が猫舌らしいし。
「おいしーですねー。もぐもぐ」
「これはこれでいいねー」
「ねー」
アラサー冒険者がタオルを首に巻きながら、具材を切り揃えている。
なんだか妙に様になっていた。
「まだまだ具材はありやすぜ。エルト様からの美味しい野菜もありますからね!」
ウッドはトングを持って、真面目に具材を焼いている。
「ウゴウゴ、たくさん焼くよー!」
「わーい!」
そんな感じで釣りは大成功に終わった。
ドリアード達もこれから、釣りを趣味にする人が増えるだろう。
やはり嬉しく思う。
この村で、新しい楽しみを見つけてもらえるのは。
生まれた時の性別はありますが、不変ではないのです。
驚くほどの多様性があるのです。
そう、ぴよ達の性別は心の眼で……!
お読みいただき、ありがとうございます。