302.博士の娘、ケイト
「いっぱいひとがくるぴよねー!」
「ひっきりなしなんだぞ。……大丈夫かなんだぞ?」
マルコシアスはぽむぽむとすぐそばのディアを撫でる。ふんすーとディアは気合が入っていた。
「へっちゃらぴよ! どんとこいぴよよー!」
うつ伏せの状態でディアが脚をバタバタさせる。
「……それより、かあさまのほうがアレかもぴよ」
「んむ。気付いちゃったんだぞ」
ステラの周囲にも人がひっきりなしに来ている。
ディアやマルコシアスが案内とすれば、ステラはそれ以上の応対をしていた。
「はい、こちらサイン……! はい、初めまして……!」
能力が優れているゆえ、ぐるぐる回せるのがステラらしいが。高級紙のサインやら、握手やら……。
まるでスターのような扱いだった。
「母上、ここでも人気なんだぞ?」
「みたいぴよねー。ナナはどうしてか、しってるぴよ?」
「彼女はかなり幅広く活躍したからね……。ザンザス以外でも有名なんだよ」
「そう言えば、スティーブンさんとして名前が残ってたんだぞ」
マルコシアスはこの前の村のことを思い出していた。
「ステラの主たる活動がザンザスなのは間違いない。彼女ほどザンザスを深く探検し、攻略法を確立した冒険者はいないし。でもザンザスに行き着くまでに、色々と魔物を倒してるみたいで……」
「かあさまはにげないぴよ!」
「そういうことだね。それこそ騎士団総出で戦わないといけない魔物も、彼女ならあっという間に倒してしまうし」
「確かにアイスクリスタルのときみたいに、ぱぱっとやっつけちゃうかもだぞ」
「そういうこと。僕も彼女には驚くばかりだけどね」
そんなこんなで、皆で大勢のお客をさばいていく。
さすがに長時間ステラに構う人はいない。皆、節度ある大人である。
しばらくそうしていると、やっと人波が途絶えてきた。時刻はお昼近くになっている。
「あっ」
ステラが思わず小さな声を上げる。
「盛況なようだな」
着ぐるみのコカ博士がぬっと現れる。
中身がエルトの兄、ヴィクターであることはまだ知られていない。
「おかげさまで……!」
「いらっしゃいなんだぞ」
「ぴよ。いらっしゃいぴよよー!」
ふむふむとヴィクターがブースを見て回る。
「俺としては、この花飾りが好きだな。シンプルに美しい……」
「良かったです……!」
「芸術は良い。俺は創るほうは向いていないが……」
そこでヴィクターはディアとマルコシアスが寝そべる籠をじっと見つめる。
「ぴよ?」
「そう言えば、この芸術祭は見て回ったのか?」
「まだぴよ」
「準備があったから、他は見てないんだぞ」
「ですね。私も見て回りたいですが……」
「そうだね、僕も見て回ってないや」
ふむふむとヴィクターが腕を組んで頷く。
「ここはザンザスとの共同出展の部分もあるんだろう? 店番をちょっと向こうに任せて、見て回るのも良いかと思うがな」
「なるほどなんだぞ」
「アイスクリスタル討伐のささやかな礼として、俺が解説役になろう」
「ほんとぴよ!?」
ディアが目を輝かせる。
目の前のぴよはなんだか、頭が良さそうなオーラがあるのだ。
「それはありがたいですが、良いのですか?」
「ふむ。気にしないでくれ」
そしてヴィクターが入口のほうに目をやると、すすっと小さなコカトリスの着ぐるみが現れる。ステラはひと目で、この着ぐるみも相当の品だと感じた。
背丈はオードリーより少し高いくらい。この着ぐるみの中身は子どもだろう。ステラはそう判断した。
「……父さん。ここが……?」
「ああ、そうだ。紹介しよう。俺の娘のケイトだ。ヴァンパイアの血が濃くてな、太陽が苦手なんだ」
「…………よろしくお願いします」
ケイトがぺこりと頭を下げる。声は小さいが、良く透き通っていた。
「ご丁寧にありがとうございます、ヒールベリーの村のステラです……!」
「ディアぴよ!」
「マルちゃんだぞ!」
「冒険者のナナだよ、よろしく」
「よろしくお願いします…………」
ケイトはそのまま、ゆっくりとディアとマルコシアスに近付いていく。
そのまま無言で着ぐるみヘッドで籠を見つめる。
「……本当に喋ってるね……」
「ぴよ! あたしはしゃべるぴよ!」
「ディアちゃんが喋るのもそうだけど……マルちゃんはなんで、喋れるの?」
じーっとケイトが着ぐるみの奥からマルコシアスを見ている。
「マルちゃんだから喋るんだぞ」
「……答えになっているような、なっていないような……」
なおもじーっと見つめるケイトを、ヴィクターが抱えて移動させる。
「あうっ、父さん?」
「あんまりがっつくんじゃあない。怖がらせるだろう?」
「…………そうだね。ごめんなさい」
頭を下げるケイトに、マルちゃんが手をぽふぽふと振る。
「気にしなくていいんだぞ。我に大いに興味を持って欲しいんだぞ」
「さすがマルちゃんぴよ!」
ステラも感心したように呟く。
「心が強い……」
「ありがとう……。あとで、じっくり見るね……」
ケイトが少し声のトーンを上げる。
「……とまぁ、俺も娘の勉強のために解説役として回るのだ」
「なるほど……」
要はついでではあるが。
しかし、コカ博士の知識は月刊ぴよで証明されている。娘たちの教育にはプラスだろう。
「僕はあとで見て回る――というより、地元だから大半のモノを知っているからね。行ってきちゃいなよ」
「……わかりました」
ナナの言葉に、ステラが応じる。
「それでは案内お願いします、コカ博士さん」
その言葉にコカ博士ことヴィクターが頷く。
「ああ、任せてくれ」
わふ。
ケイトは……コカ博士によく似てるんだぞ。
父上からすると姪になるんだぞ。
でも気が付かない……着ぐるみだから、なんだぞ。