301.芸術祭、開始!
一方、大聖堂。
ステラ達、出展者はそれぞれのスペースでお客を待ち構えていた。
「ふぅ……緊張してきましたね」
黒の淑女服に身を包んだステラがぽつりと呟く。
「さっきは凄くしっかりしてたんだぞ?」
「ぴよ。かがやいてみえたぴよ……!」
マルコシアスとディアは専用のお立ち台の上にいる。籠の中にふかふかのマットが敷かれており、ゆったり接客できるのだ。
重めの車輪が付いており、押すと動く。
これはナナの制作で、彼女は心の中でマスコット台とひそかに名付けていた。
ディアとマルコシアスはそのふかふか台に腹ばいになっている。お疲れのときはいつでもお昼寝できる態勢である。
「それはそれとして、少し緊張するのです……」
ステラのそんな言葉にナナがふむふむと頷く。
「まぁ、わかる気がするよ。大勢に語りかけるのと顔を合わせて話すのは違うからね」
「そう、そんな感じです」
と、大聖堂の入口近くから人の気配がしてきた。
「そろそろお客を入れるみたいだね」
「抜かりはないんだぞ」
「ごあんないするぴよー!」
ぐっとマルコシアスとディアがサムズアップする。
ちょっと不安に思わなくもないナナだが、この二人の記憶力が抜群なのは知っていた。
「僕とステラがフロントに立つ。二人はフォローをお願いね」
「お任せなんだぞ……!」
「がんばるぴよよ!」
気合の入った二人。
そうしてがやがやと入口がうるさくなる。
窓の外の雪は降りやみ、純白の世界が太陽に照らされている。
ついに芸術祭の本番が始まったのだ。
◇
「いらっしゃい、いらっしゃいぴよー!」
ぽむぽむとディアが羽を鳴らす。
「ヒールベリーの村の新特産物を、一足先にお披露目なんだぞ〜」
「ぴよー!」
お客として訪れたドワーフのいかついおっさんが、白くて長い髭を触りながら問いかける。
「あちらから案内されたが……ここは?」
「たのしいぴよのおうちぴよー!」
ディアは物怖じしない。
いかついオーラはあるものの、魔力でいえば母親のステラや父親のエルトよりも弱いからだ。
このドワーフのおっさんが、実は山間の国の伯爵でも気にならないのだ。
「ほう、面白いな。向こうは花の飾り物だったが……こちらは売り物なのか?」
「いずれそうするつもりなんだぞ」
マルコシアスも物怖じはしない。
ときおり覗かせるテテトカの千年の闇の瞳に比べれば、なんてことはないのだ……。
とは言わないでおく。
ハラハラしてるのはむしろナナのほうだった。
彼女は彼女でぴよ着ぐるみのヴァンパイアの接客を主にしている。
「ううむ、なかなか高度な造りだな。遠目に見てもわかる……。かなりの値段がしそうだな」
「お安くはするつもりなんだぞ」
「まぁ、無理のない範囲でな……。こちらは服、か? 随分と不思議な生地と意匠に見えるな」
「ゆにふぉーむ、ぴよ。かるくて、うごきやすいぴよ!」
「ふむふむ、確かにゴテゴテとした装飾はないな。家でくつろぐには悪くなさそうだ」
「運動するにもいいんだぞ」
「運動? ああ、なるほど! これなら腕周りもよく動くし、引っ掛けたりする心配はないわけか」
ドワーフの伯爵が納得する横で、ステラは目をぐるぐる回しながら来客に応対していた。
「えーと、サインお待ち……です!」
金粉散りばめたサイン色紙にぷるぷるしながら、達筆のサインをしていく。
さらにステラへと、ドワーフの貴婦人から古ぼけた小冊子が手渡される。
「こちらは……なんだか高そうな本ですが……」
「英雄ステラの劇の台本ですの。ほんの五十年前のものなので、大したことはありませんのよ。どうかばばーっとサインを……」
「いいんですか……?」
「ほんの金貨五十枚程度ですのよ。むしろあなたが書いてくれたほうが……」
「……は、はい」
自分が書いたら価値が下がるような気がするけど。
しかし実際は逆である。ステラのサインはほとんど現存しておらず、付加価値はむしろ高まるのだ。
そんな感じでひっきりなしに、ステラは人に囲まれている。
しかしそのおかげでディアやマルコシアスはのんびりと接客ができていた。
ドワーフの伯爵が去ってからも、商品に興味を引かれる人はどんどんと訪れる。
二人は頑張ってそれを案内しているのだ。
「ぴよ。いらっしゃいぴよー! ゆにふぉーむはこっちぴよー!」
「あっちには花飾りもあるんだぞー!」
お読みいただき、ありがとうございます…