25.土風呂よいとこ、一度はおいで
村の名前を決めた翌日。
昨夜は月と星がよく見えた。
なんだろう。一区切りがついたせいか、気分が清々しい。
ヒールベリーの村……か。
うん、素朴だけれど悪くない。
この名前をもっと知られたものにして行こう。
とはいえ、近道はない。地道にひとつずつ歩んでいくだけだ。
ウッドも日々成長している。朝食はさらにグレードアップしていた。
「ウゴウゴ、きょうはサラダとコーンスープ!」
「ああ、ありがとう」
ウッドはサラダだけでなくスープを作れるようになっている。
実をすりつぶして、お湯を注ぐくらいではあるけれど。
しかし徐々に複雑なことができるようになっている。
なんにせよ大きくなること、成長することは嬉しいものだ。
さて、朝食はとり終わった。今日はけっこう大事な日だ。
村の看板と案内図を作るのである。
いわば村の顔――第一印象を決めるモノを作るのだ。
身支度を整えた俺は、ウッドとともに作業場の広場へと移動する。
広場に着くと、集合時間より前なのにすでに人が集まっていた。
「おはよう、みんな。気合いが入っているな」
「おはようございますにゃ! それは気合いも入りますにゃ。今日は色々な看板を作って、ザンザスにも飾るのですからにゃ」
「ああ、村の宣伝協力をしてくれるのはありがたい。人通りが多くなれば、さらに活気が出るだろうし」
何枚かの看板は、ザンザスとヒールベリーの村を結ぶ道の標識になる。
さらに何枚かの看板はザンザスに恒久的に置かれる。いわば宣伝看板だ。
ナールと話していると、アナリアとニャフ族が作業着でペタペタと歩いてきた。
「おはようございます、エルト様」
「ああ、おはよう。……悪いな、看板のロゴや装飾をやってもらうことになって」
村の住民のなかで、もっとも絵心のあるのがアナリアなのだ。
知らなかったが、薬師に絵心は必須らしい。
薬草や治療効果のある魔物素材のスケッチができないと駄目なんだとか。
確かに写真がないと、絵を描くしか伝える手段がない。
「いえいえ! こういうのは好きですからね、やりますよ!」
「頼もしい、よろしく頼む」
よし……アナリアも来たところだし、さっそく看板を作るか。
そう、今回の看板作りであるが――塗料も含めて俺の魔法で作るのだ。
◇
トンテンカン、トンテンカン。
俺の生み出した木材をステラを中心とした冒険者達が加工する。
削ったり繋ぎ合わせたり……。
ダイレクトに看板を作りたかったが、植物魔法だとちょっと難しいのだ。
どうも前世で触ったことのないような物はあまり生み出すのに向かないな。
家具や釣竿は作れるんだが、看板は前世で作ったことがないしな……。
この辺りはもっと練習が必要だ。
ステラは木材を軽々と持ち上げて、どんどん釘を打っている。
ほれぼれするような手際だ。
やっているステラ自身は目を細めながら、うっとりとしていた。
「ふぇぇ……すりすり。とってもいい手触りの木材です……」
「……そんなにいいのか?」
「本場のエルフも認めます、この素晴らしさ……」
ステラの手は止まらない。非常に軽快だ。
まるで熟練の大工さんだ。
もしやエルフは日曜仕事が大好きだった……?
森に住むエルフだと、たいがいは自分でこなさないといけないか。
トンテンカン。
続々と看板ができていくな……。
この分だとすぐに必要分は出来そうだ。
そんなことを考えていると、ナールが壺を持ってきた。
「申し訳ありませんにゃ。赤色がもう少し欲しいのですにゃ」
「わかった、今作る」
植物魔法なら染色に使う植物も生み出せる。
ベニバナという花は赤色の原料になるのだ。
俺は魔力を込めて唱えて――ベニバナを生み出した。
「ありがとうございますにゃ! これで多分、足りますにゃ」
「もう色塗りもかなり進んでいるのか?」
「はいですにゃ。エルト様の生み出した植物の色はよく塗れますにゃ」
ふむ……看板そのものの製作はもう任せても良さそうだな。
よし、アナリアの絵を描いているところに行ってみるか。
◇
広場の反対側ではアナリア達が看板に文字や絵を描いている。
たとえばこんな感じだ。
『ようこそ、ヒールベリーの村へ!』
『この道まっすぐ湖へ』
『ザンザスとヒールベリーの村、ここから馬で三日』
村の中の看板だけでなく、道案内の看板も作らなくてはな。
もちろん何枚かはザンザスに設置してもらう予定だ。
ふむふむ、出来上がった看板を見るとどれも綺麗に色分けされている。
素晴らしい出来映えだ。
ちなみにアナリアは一枚の看板に、熱心に絵を描いている。
人が埋まっている絵だ。もちろん拷問の絵ではない。
「土風呂の絵もよくできてるぞ」
「あっ……エルト様、ありがとうございます!」
ドリアードの埋まっている場面はショッキングらしかった。
なので、今後来る人を驚かせないように看板を置くことにしたのだ。
アナリアの絵の下には、文字でも説明がある。
『健康の土風呂中。命に危険はありません』
……うーん……。
まぁ……たぶん、意味はわかるよな。
わかってくれるよな。
うん、とりあえず説明ができればいいんだ。
あれは健康法としか言いようがないしな。
どことは言わないが、人間にも効果があるかもしれないと言う話だし。
しかし、人が並んで埋まっている絵はシュールだな。
うまく描けているがゆえに、なんとも言えない……。
「うーん、何かが足りないような……?」
アナリアが首を傾げている。俺もつられて首を傾げてしまう。
そう、何が足りないのだ。
何が足りないか。
うーん……あ、そうだ。
人間だけじゃなくドリアードも描くべきだ。
元々はドリアードの風習なんだし。
「アナリア、ドリアードも描き足したらどうだ? わかりやすくならないか?」
「ああっ! そうですね、それが足りませんでした。ありがとうございます!」
その辺りの説明具合は、前世からの知識がある俺の方が有利みたいだな。
まぁ、人に見せることを考えると意識の差はどうしても出てしまう。
正直、宣伝そのものがこの世界ではまだまだ希薄だ。
逆に言えば、うまく宣伝すれば効果は大きい。
なにせ他の人はほとんど宣伝らしきものはしないんだからな。
こうして看板は完成した。
さっそく出来上がった看板は設置されていく。
こういうのが何もなかったが、やっと格好がついたな。
旅人にも優しくなったと言うわけだ。
ところで、それから少しして……。
テテトカからこんな風に言われた。
「人間さん、いっぱい土風呂来ますー」
「ほう、そうなのか……」
「みなさん、健康になりたいみたいですねー」
うっ……肩こり腰痛に悩まされた前世の記憶が……。
頭だけじゃない。生きてる限り、色々な悩みはついてくるのだ。
先々を考えると村を健康ランドや保養所として売り込むのもアリだな。
決して俺が使いたいからではなく。
みんな、健康が一番なのだ。
「……土風呂を広くしようか……」
そうして、ヒールベリーの村の口コミはささやかに増えていった。
もちろん旅人もちょっとは増加したのだ。
いわく。
ヒールベリーの村で土に埋まると健康的になれますよ、と。
領地情報
地名:ヒールベリーの村
特別施設:大樹の塔(土風呂付き)
総人口:143
観光レベル:D(名物、土風呂)
お読みいただき、ありがとうございます。