238.お眼鏡
「花瓶や庭園で花を飾り、植物を鑑賞する習慣はあるが、これは別物だな」
うんうん、とホールド兄さんが頷く。
ほっ……。
どうやらお眼鏡にかなったようだな。
「これはドラム……か? 奇妙なモチーフが使われているが、これはこれで一味違うものになっているしな」
ホールド兄さんがまさにスネアドラムを指差す。
そう、このドラムは木製だからか邪魔になっていないのだ。
意外にも、である。
「そーなんですよー。わかりますー?」
テテトカがぬっとホールド兄さんに近付く。
……ちょっとビクっとしたな、今。
「あ、ああ……。それとそれぞれテーマというか、精神性を感じられるな。土を主体に……とか。行き当たりばったりではなく、調和と奥行きを感じる」
「ありがとーございますー」
「……? ど、どういたしまして」
ホールド兄さんが首を傾げる。
ああ、そうか。
この花飾りの指導をしたのが、テテトカだと知らないんだな。
「ホールド兄さん、その並べてある花飾りはドリアードの文化なんだよ。作ったのは別人だけど、ずっと横の彼女が指導してたんだ」
「えへー」
「なっ……!? これをか……!」
思いっきり驚いてるな。
向こうでは植木鉢に入ったドリアード達に、ララトマがじょうろで水をかけている。
「るんるんー」
バシャバシャ。
容赦のない水掛けがドリアードに行われる。
いや……ドリアードにとってはご褒美か。
そして、この光景を目撃したホールド兄さんが無言になる。
「…………」
そう言えば、この前来たときはお祭りで特別な日だったからな。
このありのままのドリアードの生態を見るのは初めてか。
「草だんご、食べますー?」
「あ、ああ……」
ホールド兄さんへ草だんごを手渡すテテトカ。
そしてホールド兄さんが受け取るや、テテトカは草だんごをまた取り出して先に食べ始める。
「もぐもぐ……」
「…………」
そこでホールド兄さんがやや疲れたかのように、俺を見る。
「彼女達の日常はこうなのか?」
「そうだ」
イエス、以外に言いようがあるだろうか。
会ったときから何一つ変わらない。
「エルトもそれなりに苦労しているんだな……」
感慨深げに言ったホールド兄さんは、草だんごを口に押し込みもぐもぐと食べて飲み込む。
確か前に来たときに、ホールド兄さんも草だんごを食べたかな。
なので草だんご自体に拒否感はないようだ。まぁ、草だんごは美味しいしな……。
「……美味しいな」
「ごっくん……。ありがとですー」
そうして、テテトカが懐からもうひとつ草だんごを取り出した。
そして朗らかに、マイペースに言う。
「もうひとつ、どーです?」
「……もらおう」
ホールド兄さんがもうひとつ、草だんごをもらって食べる。
……気に入ったのかな?
それからホールド兄さんの目はドールハウスへと移った。
「ふむふむ。ちゃんとコカトリスだな。間違いなくコカトリスだ。あとは――この村の建物、というか大樹か」
「この村をモチーフにしたんだ」
「ぼくもここにいますー」
テテトカが指差す先には、地面に埋まったドリアードの人形……模型があった。
ホールド兄さんがまた無言になる。
「…………」
「けっこう、ちゃんと似てるんですよー。そう、こんな顔して土に埋まるんですー」
「……そ、そうだな。忠実なのはいいことだ。こうしたのは子ども向けに人気が出るだろう、うん」
なんだか話し方が怪しくなってる。
まぁ、でも要点は抑えているな。
コカトリスはすでに子ども向けアイテムとして人気がある。大人にも人気があるが。
それをさらに拡張するのが、このドールハウスなわけだ。
前世の地球でも玩具の定番だし、この世界でも売り方をちゃんとすればイケるはずである。
「しかし精巧だな。芸術祭に出すものとしても申し分ない」
「それはレイアが作ったんだ」
「むっ……あのギルドマスターか。やはり良い仕事をするな。各パーツに丸みがあって、尖ったところがない。このまま子どもに渡して遊んでもらえるレベルだ」
各人形や家がやや丸みを帯びている気がしたのは、気のせいじゃなかったのか。
その辺りの配慮はさすがだな。
「あとはこの服……か」
ホールド兄さんがついに木製マネキンに着せたユニフォームに目を向ける。
ごくり。
「触っても大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
そう答えると、ホールド兄さんが生地をふにふにと触っていく。
布地部分と刺繍部分だな。
綺麗に発色した、ぴよっと飛び出そうとしているコカトリス。その右羽に持ったヒールベリー。
そして『ヴィレッジ・コカトニア』の文字。
最初の物に比べると断然、布と刺繍の色合いが馴染んでいる。ウッドの綿から作った糸のおかげだ。
「布地はマルデコットンのようだが、糸がわからん……。ここまで綺麗に融合する糸があったか……?」
「そこは企業秘密ということで」
「まぁ、作り方を聞いて、素直に答える芸術家はいない。植物由来の気はするが……見事だ」
感心したホールド兄さんが、ユニフォームから手を離す。
「何の服かは、あとで聞こう。だが……芸術祭の出展物としてはこれで十分だろう!」
よし!
これでひとつ、大きな山は越えたわけだ。
あとは細かなところを詰めて、実際に出展する流れだな。
「わーい」
テテトカも喜んでいるな。
弟子の作品だし、喜びもするか。
「草だんご、食べますー?」
「…………もらおう」
ふむ。ホールド兄さんもドリアードの感性に慣れてきたな。
いいことだ、うん。
◇
あまり時間がないということで、ほどほどで切り上げて俺の家に招いた。
書斎で向き合いながら、今後の話も詰めていく。
「そうか、ナナが協力してくれるか……」
「ああ、だから輸送に問題はないと思う」
「そうだな。速く移動する手段もあるとか……その辺りは任せよう。この村の出展物だしな」
紅茶を置いて、ホールドが紙を取り出す。
「芸術祭のスケジュールや招待客もおおよそ、まとまっている。詳細資料は従者から渡すようにするが。夜には豪勢な舞踏会もやるつもりだ」
「ほうほう……いいじゃないか」
そこでホールド兄さんは俺をじっと見つめる。
その瞳には、少しの悲しさがあるようだった。
……なんとなく考えていることがわかる。
きっと俺とホールド兄さんは、思ったよりも近い……心や魂が近いのだ。
そうとしか言えないのだが。
「……エルトは来ないつもりなのか?」
「そのつもりだ」
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