194.聖域と北の芸術祭
ステラの里帰りから――数日後。
俺は冒険者ギルドの執務室で仕事をしていた。
ちなみにステラも一緒である。
別にいちゃいちゃしているわけではない。
副ギルドマスターのステラと俺が、この冒険者ギルドの最高意思決定をするだけだ。
そして手際で言えば、ステラがいた方が断然早い。
書類やらを数十キロ分持ってスキップできるんだからな……。
俺がやろうとすると、効率が落ちてしまう。
ステラも適度に体を動かす(俺がやると死ぬ作業)方がいいらしいし……。
悲しいが、ときおりステラの肩をもみもみする方向に落ち着いた。
寒いは寒いが、暖房があるので快適である。
そんな中、ホールドからの手紙が送られてきた。
持って上がってきたのはナールだ。
「にゃ、お手紙でございますにゃ!」
「ありがとう、ナール」
「ありがとうございます……!」
書類仕事の手を止めて、手紙を受け取る。
ふむ、この前のに比べると簡素な手紙だな。
「速度重視の早馬で送られてきましたにゃ」
「ほうほう……早速、読むことにしよう」
内容は北の国の芸術祭についてだ。
時系列的に、東の国のことには触れられていない。
クラリッサはホールドの所に戻るようだが……。
「……ん? 春より前には、か。意外と早いんだな」
「日数にあまり余裕がないかもですね」
「ああ、そうだな」
手紙には春前――つまり数ヶ月以内には芸術祭をやる、と書いてあった。
どうやら正式に決まったらしい。
出展物はそれより前に出来上がってないといけないだろう。
手紙を行き来させる時間を考えると、あまりのんびりもしてられないな。
「北の国なら、あちしにお任せですにゃ」
「ナールもこの国の北部に拠点を構えていたんだものな。あちらはどういう所なんだ?」
「寒いですにゃ。あとは山が多くてドワーフやヴァンパイアの勢力圏が点在してますにゃ」
この世界では東の熱帯地帯にエルフの国々が、北の寒冷地帯にヴァンパイアとドワーフの国々がある。
ヴァンパイアは日光を避けるために、山間や洞窟に住んでいることが多い。エルフと同じように、若い時間が長い代わりに数が少ない。
「あちし達もヴァンパイアとはよく取引してましたにゃ……。トマトを持っていけば、だいたいうまくいきますにゃ」
「そうだろうな……」
「ですね……」
「ヴァンパイアは細かい仕事が上手ですにゃ。ポーション作りの道具ではお世話になりましたにゃ」
光と水という大きな弱点を持つヴァンパイア。
だが、種族全体では腕力も魔力も強い。数の不利益をカバーできる能力がある。
そのため、ヴァンパイアの諸国は工芸品や芸術品に力を入れている。
ふむ、地球の北欧地域が知識集約産業に強い、みたいな感じだな。
「過去の芸術祭の資料は揃いつつあるか?」
「はいですにゃ。予想される必要資金、宣伝効果、回収計画を策定中ですにゃ」
「北の国以外の資料も取り寄せています……!」
「完璧だな」
「お褒めに預かり、光栄ですにゃ!」
「ふふーです……! ありがとうございます!」
ナールが尻尾をふりふりする。ステラも耳をぴくぴく動かしているな。
「では計画の策定を進めてくれ。商売は……順調みたいだな」
「はいですにゃ! エルフ料理も村人に受け入れられていますにゃ」
「ええ、なによりですね」
収支報告でもそうなっているな。
順調で何よりだ。
エルフ料理は思ったより、ニャフ族に好まれている。お昼時に食堂を覗くと、けっこうニャフ族が並んでいるし。
やはりブラウンが話していた、匂いがキーポイントだったようだ。
豆板醤そのままだとキツすぎるらしい。
「ありがとう、この調子でよろしくな」
「おねがいいたします……!」
「にゃ、はいですにゃ!」
ナールが一礼して去っていく。
それから少しして、今度はレイアとナナがやってきた。
コカトリス帽子のレイアと着ぐるみ姿のナナ。
室内のコカトリス割合が増してきたな。
ちなみに俺の執務室にはコカトリスぬいぐるみがいくつか並んでいる。
輸出品だからな。レイアが置いて行っただけとも言うが……。
「燕の件です、エルト様」
「進展があったのか?」
レイアとナナが頷く。
ナナがお腹をごそごそして燕の像を収納から取り出した。
「今のところ、僕が見つけた報告をいたします」
◇
ナナからの説明が始まる。
「まず燕の像――これはライオンの騎士像と同じく、悪魔の技術と思われます」
真っ二つに割れた燕の像がテーブルに置かれる。
どことなく不敵な表情の燕だな。
割れてるけど。
「作者も年代も不明。現代でも再現不可能なほどの高度な魔法具ですね」
「ふむ……この燕の像がどこから来たのか、ステラもわからないんだよな?」
「はい。私が東の国にいた頃から、これはありましたので」
由来を辿れない、ということだな。
「僕はこれまでに色々と見てきたけれど、この燕は間違いなく悪魔の技術です。単なる模倣品や工芸品ではなく……おそらく古代魔法文明に繋がるひとつですね」
「私の眠る前から、そのようなものがあると言われていましたけど……」
もう何百年も前から言われているらしい。
アトランティスやムー大陸みたいなもんだな……。
「冒険者ギルドも多大な関心を寄せています。これまでにいくつもの遺物が見つかっていますが、どれもよくわかっていません」
「この国にある巨人像もそうだな」
巨人像――それは数十メートルもある、この国を象徴した魔法具だ。
純白の石造りの巨人像は王宮の隣に安置され、威容を誇ったという。
そう、これは過去形である。
魔物の大群により王都そのものが奪われ、巨人像も失ったのだ。
今の王都はその後に作られた、第二の都である。
たまに本で聖域と出たときは――このときに失った旧王都を指す。
聖域の奪還はこの国の悲願だが、いまだに達成できていない。
そしてこの国で戦闘魔法が重んじられる原因でもある。
いつか、失った王都を取り戻す。
それはこの国の王家と貴族の絶対の国是であり、否定することは許されない。
まぁ……具体的に奪還作戦があるわけじゃないんだが。
俺が家を追い出されたのも、この国是に従ってということだ。
「はい……。とりあえず今はこんなところです」
「僕の方でもまだ弄くり回してみるけど、これ以上はわからないかも……」
オーパーツみたいなものだからな。
数百年謎だったんだし、わからなくても無理はない。
「ありがとう。継続して地下通路も調べてみてくれ」
「承知いたしました……!」
そこでレイアがこほんと咳払いをする。
「あとは――これは多分に私的なコトなのですが」
「うん?」
「私のマイクラフト、コカトリスぬいぐるみを北の芸術祭に出したく……お力添え願えませんか?」
お読みいただき、ありがとうございます。