189.燕返し
燕の第三段階の攻撃が始まろうとしていた。
燕はステラを睨みながら、上空を旋回している。
「キエエエ……!!」
やがて羽を広げるのではなく折りたたみ、丸い大きなボールのようになる。
これぞ燕の突進形態。
ここからが東の国を滅ぼしかけた、燕の真の攻撃である。
クラリッサが震えながら燕を指差す。
「あ、あれが……伝説にある災厄の形態ですか!」
「そうです、クラリッサ。過去、私達の祖先達も座視していたわけではありませんでした。何度も討伐は試みられたのです……」
「……でも燕があの形態になってからは……」
「ええ、ここまで燕を攻めることはできても……あの形態は破れなかった。あれより燕を追い詰めたのは、過去英雄ステラ様の時のみ」
燕が一声、鋭く鳴く。
「キエエエッ!!」
そのまま魔力をゆらめかせながら、急降下攻撃を行う。
単純だが威力は絶大。
目にも止まらぬ速さと魔力の塊は、まさに破壊の権化である。まともに受ければ、城壁をも大破させる威力だ。
「こっちです!」
ステラが細かくステップを刻んで泉を回り込む。
実はこの突進自体は単調な軌道でしかない。
ステラの過去の経験でも、正面から受け止めるのは無謀なのだ。
燕はそのまま、泉へと衝突する。
「……!!」
水しぶきがあがり、地面が揺れる。
ここから取る燕の行動には二つのパターンがある。
一つはまた上空へ戻り、急降下攻撃を仕掛けてくる。これは避けるしかない。
前回も受け止めるだけで、体力を消耗させられた。
それに角度的に打ち返せないのだ。
もう一つは飛び上がらずに、狙いを定めて地上すれすれを飛びながら迫ってくる攻撃。
こちらが狙い目だ。これなら打ち返せる。
ステラはじりっと距離を目測する。
燕とステラの距離は現在、約二十メートル。
「さぁ、私はこっちですよ……!」
ステラは知っていた。
距離が離れすぎると燕は急降下攻撃を選択する。
なので逃げ回ってはいけないのだ。
だが近すぎると、このまま仕掛けてくる突撃に反応しきれない。
燕の突撃速度は速い。
うまく当てるためには、十分にタイミングを見極めなければならない。
奇しくもこの距離――二十メートルは野球のバッターとマウンドの距離に等しい。
ステラは本能で感じ取っていた。
この距離が――ベストなのだ。
「クエッ……!!」
丸くなった燕が少し動いて揺れる。
飛び上がる様子はない。
ステラは思った。
よし、このまま燕は突撃してくる……!
燕は魔法具。決まりきった反応と行動しかしない。
両足を適度に広げて、ステラはデュランダルを構える。
ゴッ……!!
圧倒時な魔力の圧がステラに襲いかかる。
女王達は身を乗り出しながら、ステラと燕を凝視する。
事前に聞かされていたとはいえ、女王達は叫ばずにはいられなかった。
「正気ではありません……!」
実際に相対すれば、離れていても身震いが止まらない。
あの突撃がこちらに向かってきたらと思うと……。
無論、正面から立ち向かうなど思いもよらない。
それほど燕の攻撃は致命的なのだ。
だが、ステラは臆さない。
しっかりとデュランダルを握って燕を見据える。
下手に動き回ると、燕は他を狙う。
燕はもっとも近い敵を攻撃するのだ。
泉の水をまき散らしながら、燕が突進してきた。
問題なし。
ここまでは、一度攻略している。
しかも前回とは自分もまた違う。
自分にはデュランダルとフラガラッハがある。
天下無敵のバットが二本。
負けるはずがない。
この一打に込める。
たとえ一瞬の出来事であっても、スイングの重みと大切さに差はなし。
数百年の因縁、王族としての覚悟。
瞬間、ステラは黄金の魔力をまとう。
身体能力が限界を超え、神の一打が生まれ出る。
「せえええーーーい!」
燕を引き寄せ、デュランダルを渾身の力で振り抜く。
黄金のスイングと青白い燕。
魔力と魔力。力と力が一瞬で交差する。
カッキーン……!!
甲高い音が鳴る。
そのまま、燕は空高く打ち上がる。
これ以上ない手応え……!
「キエエエッ!?」
燕から急激に魔力が霧散していく。
前回はここでステラの魔力が尽きてしまった。
あと一撃というところで燕が引っ込み、また木像だけが残されたのだ。
木像は鉄壁の本体である。引っ込まれるとどうにもできない。
防御形態、とでも言おうか。そうなると手出しができなくなってしまうのだ。
なので引っ込まれる前に、さらに一撃を与えなければならない。
ステラは振り返る。
しかも白き泉から出そうとすると燕はまた猛烈に暴れ出すのだ。
やむなく封印を残して去るしかなかった。
しかし前回と違い、ナナがいる。
マルコシアスもいる。
確実に仕留められるはずだ。
「今です……!!」
ステラの呼びかけに、ナナが応じる。
「よし、僕を燕に近付けて!」
「わかったぞ!」
人間形態のままのマルコシアスに、着ぐるみのナナが抱きついている。
マルコシアスが軽く息を吐いて、超加速を発動させる。
子犬のときは距離重視。だけど狙いは雑になる。
人間の姿での超加速は短距離しか動けないが、かなり正確だ。
家の中で使っても衝突しないくらいには。
赤い光が打ち上がり、すっ飛んだ燕に肉薄する。
超加速の間にどうこう何かをするのは難しい――だがマルコシアスは成功した。
空中で赤い光が収まったときには、ちょうど二人の目の前に燕の木像があった。
「ドンピシャ!」
「わふ!」
ナナが少し手を伸ばせば、燕の像が手に取れそうだった。
「よいしょっと……!」
ナナが右手を軽く振るうと、極彩色の鞭がさらに小さくなった燕に何重にも絡みつく。
「キエッ……!!」
極彩色の鞭はナナの思い通りに、ぐにゃぐにゃと動く。もっとも魔力はかなり消耗するが。
魔力を受けた鞭がしなり、打ち上がった燕に加速をつけようとする。
狙いは一つだ。
このまま、鞭ごと燕をステラに向けて投げつける。
木像に逃げられる前に、ステラにさらなる一撃を与えてもらうのだ。
無論、ステラはすでにデュランダルを構え終わっている。
まるですっぽ抜けた球を打とうとするかのごとく。
「いっくよー!」
自在にうなる鞭に絡め取られた燕には、もはやなすすべはない。
暴れようとするが、そこはナナ自慢の魔法具。
時間があれば抜け出せても、この一瞬では不可能だ。
「キエエエッ!!」
投げつけられた燕から、ステラは目を離さない。
万が一にも打ち漏らさないように。
ステラは片脚を上げて、一本足打法に移行する。
そして黄金の魔力をまとい、必勝を期す。
「……これで終わりです!」
全身全霊というのがふさわしい、ステラのスイング。その一撃が燕に命中する。
「キエエエッーー!!」
一際大きな叫び声を上げて、燕の姿が砕け散る。
会心のスイングだった。
パリン……!
過剰なダメージを受け止めきれなくなったのだ。
そして猛烈な魔力の風が巻き起こる。
残されたのは真っ二つになった木像だけ。
息がつまるような、魔力のプレッシャーはもうない。
遠くから虫の音が聞こえる。
森の雰囲気も明るく一変していた。
「やった……!」
ステラはがくっと膝をつく。
終わったのだ。
すちゃっとナナとマルコシアスが着地する。
直後、魔力を使いすぎたのかナナが崩れ落ちるが。
やはり燕を抑えて投げるのは大変だったらしい。
「これで……いいんだよね?」
「気配はもうないんだぞ」
二人の言葉に、ステラが微笑む。
長年の荷が肩から下りた気分だった。
「ええ、倒しましたよ。二人ともありがとうございます。エルト様、終わったんです……」
女王達もわかったのであろう。諸手をあげて、歓声を上げている。
勝ったのだ。
ステラは荒く息を吐きながら、壊れた木像を見つめるのであった。
燕、打ち取ったり!
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