176.違い
ヒールベリーの村の冒険者ギルド。
ナールは仕事に戻り、俺も三階の執務室に行く。
と言ってもギルドマスターとしてやることはあまりないが。
決裁すべき書類はあまりない。
十分な職員がいるおかげで、俺の仕事は抑制されている。
親族だけで運営している冒険者ギルドだと、そこそこギルドマスターも忙しいみたいだがな。
俺には収入があるし、代わりに人を雇って経済を回す。
レイアが忙しいのは、ザンザスの重役も兼ねているからだ。
ギルドマスターとしては、お金があるからやはりそれほど忙しくはないらしい。
あとザンザスの冒険者ギルドはグッズの開発や販売にも手を出している。
さらにはダンジョンの体験ツアーもあったか……ほとんどザンザスのダンジョンを元にした総合商社みたいだな。
その分、忙しいわけだ。
このヒールベリーの村はまだそこまでは行っていない。
グッズの開発はないし、ツアーもやってない。
……やれば面白いかもしれないが。
昼休み、執務室で休んでいるとブラウンがやってきた。弁当箱を二つ持っている。
冒険者ギルド一階の食堂で売っている、エルフ料理のテイクアウトである。
早速買ったらしい。
「にゃーん。お邪魔しますにゃん!」
「おっ。どうぞ、入ってくれ」
手招きすると、ブラウンはとことこと歩いてくる。
特に呼んだわけではないが、来てくれるのは嬉しいことだ。
ブラウンは椅子に座ると、机の上に弁当箱を置く。
ふむ、食堂に人が来ているか確かめたい……。でも俺が行くと騒ぎになりそうだからな。
ブラウンに聞いてみよう。
「食堂はどうだった?」
「大盛況でしたにゃん! ギルドの職員以外も来てますにゃん!」
「ほうほう、それは良かった」
「試食もおいしかったですにゃん。たくさん売れると思いますにゃん」
今のところ、メニューは辛味炒めと蒸し餃子だけ。
しかしマイルドに整えたメニューには自信がある。
尖った辛味は抑えて、まろやかな辛味とトマトの旨味を引き出す。
餃子もにんにくと言った癖のあるものは減らして、この地方の野菜を多くしている。
俺はあまり本場にはこだわらない。
食べやすいよう、現地で変えればいいのだ。
「……ところで、どうして二つ買ってきたんだ?」
「ひとつはエルト様の分ですにゃん!」
「買ってきてくれたのか……?」
「にゃーん。一緒に食べようと思いましてにゃん」
……泣かせるじゃないか。
あれだな、人から食事に誘われるのは嬉しいものだ。
もちろん代金をブラウンに渡して、弁当箱を開ける。
ふんわりとスパイシーな香りが漂う。
この弁当箱も食堂で売っている。
洗えば再利用できるタイプだ。
もちろん席についてイートインすることもできる。
ちなみに換気も大丈夫。
魔法具で照明、水回りや換気、冷暖房は抜かりない。
わりと大金を使っちゃったんだぜ……!
でも貯めてても仕方ないしな。
末永く使うつもりだし、お金はかけるのだ。
「にゃーん……いい匂いですにゃん」
「ああ、そうだな……。ニャフ族も感覚は鋭いと聞いたが、これは大丈夫なのか?」
猫だしな。
ドワーフやオーガなんかは逆に鈍感と聞くが。
「レインボーフィッシュの鱗を使っているおかげで、柔らかくていい感じですにゃん」
「違いが匂いでもわかるのか?」
「もちろんですにゃん。前に本場の豆板醤を嗅いだときは……物によるですにゃん」
ブラウンが言葉を濁すということは、まぁまぁ苦手な感じだったようだな。
しかし盲点だ。
俺は少し目を丸くした。
俺はヒト族で、嗅覚は多分普通だ。
前世とも違いはないだろうな。
そしてレインボーフィッシュの鱗を使った物と、本場の豆板醤であまり匂いに違いを感じない。
多少、柔らかいかな程度だ。
でもニャフ族にはかなり印象が違うようだ。
そこまでの差が生まれるとは思ってなかった。
辛味炒めをフォークで食べながら、俺は考える。
ふむ……これはうまく使えば、また発展のきっかけになりそうだな。
◇
一方、ステラ達は空を飛んで東へと向かう。
着地してまた超加速で飛ぶ、その繰り返しなのだが……。
最初の出だしからざあざあと雨が降り、木と地面を叩いている。
予定のコースをそのまま行くと、雨に打たれ続けることになる。
超加速から最初の着地をして、ステラは背負っているナナへと聞く。
「むぅ、どうしますか? この先も雨のようですが」
「僕に任せて」
ナナはぐっと親指(らしき着ぐるみの羽の部分)を立てると、もぞもぞとお腹を探った。
何かアイテムを取り出すらしい。
「じゃーん。風の天使のマント〜」
「おー……」
ナナが取り出したのは、薄い緑色のマント。
それをナナはすちゃっと着ぐるみの上に羽織る。
そうすると不思議な、淡い緑色のオーラが三人を包み始めた。
マルコシアスがくんくんと顔を動かす。
「わふっ、雨が入ってこない……ぞ?」
「ですね。風もだいぶ弱く感じます」
「魔力は使うけど、雨と風をシャットアウトするんだ。僕が旅のときによく使ってる」
さらに緑色のオーラの中はそよそよと暖かくて気持ちが良い。雨に濡れた体が乾いていく。
「便利です……!」
「魔法具なら任せてよ」
ふっふっーんと言う感じのナナに、ステラとマルコシアスは感心する。
「頼もしい着ぐるみですね。できるぴよです!」
「できるぴよだな!」
「……僕はヴァンパイアだよ?」
「そうでした、忘れかけてました」
よし、と気合を入れたステラが再び足に力を込める。
そのまま大ジャンプをして、マルコシアスが赤い超加速を発動させる。
きらっ、ばびゅーん……。
きらっ、ばびゅーん……。
連続で繰り返し、どんどんと距離を稼いで行く。
少しすると雨雲を抜けて晴れ間が広がってきた。
時折ステラは立ち止まり、ナナがコンパスから位置を確認する。
ズレると、とんでもない所に行きかねない。
現在位置の確認だけはしっかりとやる。
「順調だね。というか、前提過ぎてツッコミはしなかったんだけど……ステラは大丈夫なの? ジャンプして着地して、かなりの無茶だと思うけど」
「大丈夫です……! むしろ段々と体が温まってきました。このまま行けば、いい感じの状態でエルフの国へ辿り着きます!」
「そ、そう……」
ナナが見る限り、ステラのジャンプは単に身体能力を魔法で強化した産物だろう。
恐ろしいことに、特に魔法具を使っているようには感じられない。
そしてこんな真似ができる魔法使いは、貴族学院でも旅の間でも聞いたことがなかった。
同じSランク冒険者とはいえ、モノが違いすぎる。
改めてそれを認識する。
かすかに、着ぐるみのなかでナナはつぶやいた。
ステラに聞こえないように。
「……とんだ化け物だ」
しかし、心底頼もしく思う。
自分が挑もうとして断念した、数百年越しの魔法具のクエスト。
あえてナナは言ってないが、かつての歴代アーティファクトマスター達も諦めていたのだ。
それが――クリアできるかもしれない。
謎に包まれた魔法具を解き放ち、終わらせることができるかもしれない。
そう、このメンバーなら、やれるかもしれないのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。