155.目覚める力
着ぐるみ先進国……。改めて聞くと凄い言葉だな。
ヴァンパイアがコカトリスの着ぐるみを着るようになったのには、諸説ある。
北の国に移り住んで間もなく、コカトリスに助けられたヴァンパイアの一団がいたとか。
あるいは、タフなコカトリスにあやかっているとか……。
熊の被り物をしたら強くなると思ってた、北欧の戦士みたいだな。
しかしアポなしか……。
距離があると正確な時間合わせは無理とはいえ、一言入れておいても良かった気はするが。
「それならアポを取っても良かったんじゃないか?」
俺の言葉にホールドが軽く首を振る。
「そこまで大袈裟にしたくないんだ。まだ決定じゃないから」
「ヴァンパイアとザンザスを絡めるということは、コカトリスを使うのかい?」
ナナの疑問にホールドが頷く。
……なんだろうか、迷いがあるようだが。
「ザンザスの繁盛ぶりから考えたアイデアだ。劇場の収益が安定しなくてな……。なんとか柱になる事を考えなくてはいけない」
「大変だな」
だがその考え、ホールド自身が半信半疑みたいだな。
とりあえず他に良いアイデアがないので、やってみるという感じか。
「明日の朝一ならレイアも空いているだろう。何かあったときのために、そうしていると決めたからな」
「……ふむ……。エルト、悪いが付いてきてくれないか?」
「それは別に構わないが」
ホールドには金貨の事もある。そのくらいは骨を折っても良いだろう。
そうするとホールドはナナにも向き直る。
「あとは……ナナにも協力して欲しい。話が進めば、だが」
「えー……興味ない」
おや、意外とそっけないな。
「そう言わずに……暇してるんじゃないか?」
「暇じゃない。忙しい」
つーんとナナが応える。
俺には絶対にしない態度だな。
これがナナの本性か。
あるいは学生時代を共にした気楽さか。
ホールドがなんとか言ってくれ、みたいな視線で俺を見る。
ふぅ、まぁ……ホールドも二十代の半ば。
記憶を取り戻した俺よりも人生経験は少ないからな……。
「ナナ、ホールドが払えそうな代償を提示してあげてくれ」
「ちょっ」
「ええ、いいですよ。エルト様はわかってらっしゃる」
「ホールド兄さん、ナナはただでは動かないよ。事前にメリットを提示しないと」
ナナの行動原理は難しくない。
トマトと自分の知的好奇心。
おおむね、それで動いている。
俺の言葉にナナがふふりと微笑む。
「ほらほら、何かないの?」
「ぐっ……お前が欲しがっていたレインボードラゴンの牙、何とか手に入れよう」
「へー、どうやって? お金を積んで買えるものじゃないけれど」
「ヴィクター兄さんが今年から魔物学の教授になったからな。多分、借りは作るが可能だろう」
「なるほど、現実味はありそうだね。わかった、まぁ……協力しよう。牙は本格的に話が進んでからでいいよ」
ナナがご機嫌に言う。
少しして、ステラ達がぱたぱたと戻ってきた。
お風呂に入ってきたので、ほかほかだな……。
「ぴよっ、いいおゆかげんだったぴよ!」
「すっごく広かったよ、父上!」
オードリー達もご満悦だったみたいだな。
なにげに家族以外が俺の家のお風呂に入るのは、初めてか……。
兄の家族なら、おかしくもないか。
なんだか奇妙なものだ。くすぐったいような、嬉しいような。
「良かったな。さて……ずいぶん長くお邪魔してしまった。俺達はそろそろ宿に向かうとする」
「……うちに泊まっていけばいいのに。部屋は足りると思うが」
とっさに俺はそう言った。
彼の従者を含めても、なんとか大丈夫だろう。
だがホールドは目を少し見開いてから、
「申し出はありがたく頂こう。でも、色々と家族だけで打合せしないといけないこともある。今度来るときは、ぜひ」
「……わかった」
俺は頬をかく。
……自分でも、思っていなかった一言が口から出た。
ホールドも観光でここに来たわけじゃない。
家の繁栄のため、ザンザスの途中に寄っただけだ。
それでも彼は……俺の秘密を、推測と前置きした上で明らかにしてくれた。
その後のやり取りにも、探りながらだが兄弟の絆があったと思う。
ディアとオードリー、クラリッサはすぐに仲良くなった。
俺は自分でも驚くほど、ホールド一家に親近感を抱いていた。
「じゃあ、また明日な」
ホールドが席を立つ。
オードリーとクラリッサが名残惜しそうに……でもしっかりとした足取りでホールドの隣に来る。
もうわかっているのだろう。
普通の人と違って、ホールドくらいになると出会いと別れの繰り返しだ。
オードリーとクラリッサもその運命の真っ只中にいる。
「……じゃあね、ディアちゃん。また明日。今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうございました……!」
二人の丁寧な挨拶に、ディアがびしっと羽を立てて返す。
「またあしたぴよ!」
そう、一日がやっと終わった。
考えるべきことは色々とあるが……とりあえず無事に終わったのだ。
◇
ナナも帰宅してから、マルコシアスがむくりと起き上がった。
俺も軽く風呂を浴びてきて、いい気分になっていた。
だいぶさっぱりはできた。
「ふぁ……! 満腹がおさまったぞ」
「ぴよ。マルちゃんもそろそろ、おふろはいってねるぴよ」
「……それなんだが、我が主よ。不思議なんだ。力が溢れてくる」
ん?
突然、何を言い出すんだ……?
「どういうことです……?」
「体の中で、何かがはまった気がする……。たとえば――」
マルコシアスが立ち上がり、息を整える。
瞬間、赤く光ったマルコシアスの姿が消えて――リビングの反対側に現れた。
「ぴよっ!? すごぴよ!」
「ウゴ……見えなかった……」
「……我にもわからない。なんだろう、これは……」
やったマルコシアス自身も首を傾げている。
だが俺にはわかった。
前世のゲームの中で見た、マルコシアスの特殊能力のひとつ。
超加速だな。
赤い光を放ち、物凄い速度で動き回る。マルコシアスを代表する力のひとつだ。
「今のは……力が戻ったのですか? 記憶も?」
「すまん、母上。元がわからないから、戻ったかどうか……。これ以外には、特に何も変わってないぞ」
「……一部の力が戻った、ということか?」
「ええ、間違いなく。この赤い移動は、私の前で見せてくれたのと同じです」
ステラの記憶とも合致する。
間違いない、マルコシアスの力が戻りつつあるということだ。
「劇が刺激になったのか……?」
「おそらく。いい傾向だと思いますが……」
しかし戻ったのは力だけで、記憶はまだか。
うーむ……まぁ、劇の隠された目的は達したわけだ。
「……マルちゃん、その力は人前では使わないでくださいね」
「うむ……? なんだか今の一瞬で疲れたから、やらないぞ」
「そ、そうか……」
マイペースなマルコシアスだな。
本当になぜだか使えるようになっている力、程度の認識か。
それはそれで構わないが……。
マルコシアスの力はレアだからな。見せびらかすものではない。
その意味では、マルコシアスのこの反応はありがたい。
そしてぐぐっーとマルコシアスが伸びをする。
「よし! 今日は早く寝て、明日の劇も頑張らないとな! あれは楽しかったぞ!」
「ウゴ……俺ももっと、うまくやる!」
「ぴよ、あたしもがんばるぴよ!」
こうして一日が終わっていく。
祭りはまだまだ続くんだ、気合いを入れないとな。
……明日のレイアとホールドの組み合わせは……まぁ、貴族相手ならレイアもエキセントリックさを抑えるだろう。
コカトリス帽子はそのままだろうが。
領地情報
地名:ヒールベリーの村
特別施設:冒険者ギルド(仮)、大樹の塔(土風呂付き)、地下広場の宿
累計お祭り来訪者+583人(ホールド一家、その他たくさんの観光客)
総人口:208
観光レベル:C(土風呂、幻想的な地下空間、エルフ料理)
漁業レベル:C(レインボーフィッシュ飼育、鱗の出し汁)
牧場レベル:C(コカトリス姉妹、目の光るコカトリス)
魔王レベル:D(悪魔マルわんちゃん、赤い超高速)
ついに累計300位に入りました!
皆様の応援のおかげです、ありがとうございます!!
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