134.謎のぬいぐるみ職人
「というわけで、杏仁をお願いいたします……!」
すすっと手を差し出したステラ。
えー……杏仁?
杏仁豆腐はよく知っている。
でも杏仁そのものは……あー……。
何かの果物の種の部分だったけな。
「父上、確かあんずだぞ」
「それだ!」
思い出した。
あんずの種の仁という部分。
だから「あんにんどうふ」という。
もちろん何の果物か分かれば、後は簡単だ。
俺は魔力を集中させ、ぱっとあんずを生み出す。
「そうです……! ありがとうございます!」
るんるんとステラがキッチンに向かう。
ディアはまだ、はふはふと蒸し餃子を食べているな。
「ぴよ、あんにんどうふ……ぴよ?」
「デザートだな。ほんのり甘くて、ゼリーみたいな……」
「ごくり、ぴよ。おいしーぴよ!」
日本で食べる杏仁豆腐はかなりゼリーだな。
どのスーパーでも多少は置いてあるし、日本人にとっては馴染み深いデザートだ。
実に懐かしい。
「マルちゃんは食べたことあるぴよ?」
「うーん……? そもそもあんずってなんだ……?」
「わからないぴよ?」
「とっさに答えたのだが、我もよくわからん……」
首を傾げながら答えるマルコシアス。
ときおり断片的な知識が戻るみたいだな。
しかし、それから芋づる式に思い出せるわけではないのか。
「だいじょうぶぴよ……?」
たぷたぷ。
ディアがマルコシアスのあごを下から撫で撫でしてる。
「大丈夫だぞ、我が主。たまにふっと世界の真理に触れた気がするんだ」
「……ウゴ」
「……ほんとーにだいじょうぶぴよ?」
たぷたぷ……。
ふむ、会話が無限ループしそうな感じだな。
本当にゆっくりとではあるが、記憶を取り戻しつつある。
まぁ、見守るしかないか。
「ささ、できましたよー!」
「早いな……!」
「もうできたぴよ!?」
というか本当に早い。
こんなに早くできたっけ?
「ゼラチンがありますからね! これがあれば早いのです……!」
ああ、なるほど。
この辺りの料理にも使われるから、ゼラチンはすぐ手に入る。
後は杏仁さえあれば、か。
「こんな感じです……! どうぞ、めしあがれ!」
見るからにステラは上機嫌だな。
「ウゴウゴ、まっしろ……!」
小皿に盛り付けてあったのは、まぎれもなく杏仁豆腐。
素晴らしい。どこからどう見ても杏仁豆腐だ。
一口、スプーンですくって食べてみる。
弾力がそこそこあって、甘さひかえめ。
……おいしい。
というか、ステラの料理って基本おいしいんだよな……。
どんな料理でも水準以上が出てくる気がする。
「なんだがやさしいあじで、おいしーぴよ!」
「うん、やわらかくておいしいぞ!」
「ウゴウゴ、あんまりあまくない!」
そう、杏仁豆腐は甘さひかえめ。
いわゆるすっぱさや刺激は少ない。
子どもより、もしかしたら大人に人気があるかもなデザートだ。
「ありがとうございます……! 少しならお代わりもありますからね!」
「ぴよ! たべるぴよ!」
ディアは最近、食べる量がさらに増えてきたな。もちろん日々、成長している証だ。
大きくなればなるほど、食べる量も増えるわけだし。
用意された料理は、あっという間に食べ尽くされた。綺麗に何もかも食べ切ったな。
「ごちそーさまぴよ!」
「ごちそうさまだぞ!」
「ウゴウゴ、ごちそうさま!」
「ごちそうさま、ステラ」
「ありがとうございます……。食べ切りましたね! 作った甲斐がありました!」
ディアとマルコシアスはご飯を食べると、なんだかうとうとし始めたな。
よく食べて、よく寝る。全然悪いことじゃない。
「無理せず、お昼寝していいぞ」
「ぴよ、ねるぴよー……」
「お昼寝だぞー」
「歯だけは磨きましょうね……!」
「はいぴよー……」
「らじゃーだぞぅ……」
ふむ、ホールドを迎える料理はこれでいいかな。
Sランク冒険者の作る、本場エルフ料理……なんだかよく分からない気はするが、いまさらだ。
ステラの料理はおいしいし、問題はないだろう。
◇
その頃、ホールドの屋敷。
主であるホールド家族総出の旅行に、屋敷は慌ただしくなっていた。
そんな中。
ホールドの一人娘、九歳になるオードリーは自室で友人と一緒に勉強をしていた。
ホールドとヤヤは恋愛結婚。
オードリーが生まれるまでは大騒動があったのだが、それはまた別の話。
両親は惜しみない愛情をオードリーに注いでいた。
「ふんふん~。今度行く、ザンザスって言うところはコカトリスがいっぱいいるんだってー」
オードリーの自室にはコカトリスグッズがいくつも置かれている。
お気に入りはもちろん、コカトリスのぬいぐるみ。所々、本物のコカトリスの毛を使った高級品である。
「……でも、本当にいいの?」
「なにが~?」
父親譲りの達筆さ。
流麗な書き物を一旦止めて、オードリーは友人に向き直った。
友人の名前はクラリッサ。
長い金髪と透き通る白い肌。オードリーから見ても、すごく綺麗……きらきら光る宝石のような顔立ちだ。
「私も連れていってもらって……。おじさまとおばさまも、一緒に来てと言ってくださったけど」
「父上と母上が大丈夫なら、大丈夫なんだよー」
「そ、そうなのかな?」
「そうだよ! 私もクラリッサと一緒の方がいいし」
「……ありがとう」
クラリッサはこの国の生まれではない。
もう少し東の国の出身だ。
いわゆるホームステイ……そんな感じだとオードリーは聞いていた。
同じ屋敷で暮らす上、オードリーは細かい事はあんまりこだわらない。
この辺りは母親のヤヤに似た。
両親ともに社交的で、娘のオードリーも天性の器がある。クラリッサとは親友というか、家族とも言える仲だった。
「だって、クラリッサ言ってたよね。ザンザスの辺りにご先祖様がいるって!」
「覚えてたの? う、うん……もう何百年前の人なんだけど」
「でも、違うって話だよ? 生きてたんだって」
「そう……私もびっくりしてる」
クラリッサが軽く髪をかきあげる。
その金髪から覗くのは、エルフの証である尖った耳。
「ステラ様のお姉さんが、私のご先祖様なんだって」
「すごーい!」
「オードリーは、ぬいぐるみ職人を探すんだっけ?」
「そうそう……!」
オードリーは立ち上がり、一番お気に入りのぬいぐるみを抱えた。
コカトリスの毛を使った、本場ザンザスのコカトリスぬいぐるみである。
「ザンザスにいるみたいなんだよね。謎のぬいぐるみ職人が!」
「足の裏に印があるんだっけ……?」
「父上もわからないらしいんだ。ザンザスの近くから、たまに売りに出されるんだって」
オードリーが足の裏をクラリッサに見せる。
そこには赤い糸で小さく「R」とあった。
「父上は闇の組織に繋がっているかもだから、調べるのはやめなさいって言ってたけど……」
「そ、そうなの?」
「うん。でもきっとすごい職人さんが一生懸命作ってるんだよ」
オードリーの頭の中は、まだ見ぬぬいぐるみ職人のことで一杯だった。
ザンザスに行けるとわかってから、なおさらひどくなっている。
「多分、すごいかっこいい騎士様が頑張っているんだ……!」
「そ、そうかな?」
「絶対にそうだよ……! 引退した騎士様が、名前を隠して作ってるんだ!」
クラリッサは思った。
オードリーはちょっと所でなく、夢見がちな女の子。
……いざというときは、自分がオードリーの夢を守らねば、と。
◇
一方、ヒールベリーの村。
レイアはコカトリスの宿舎で、コカトリスのお腹をもふもふしながらぬいぐるみを作っていた。
ハットリはコカトリスの仕草を真似るため、着ぐるみを着てコカトリスと遊んでいる。
やるとなったら徹底的にやりきるのが忍びである。
「なんだか気合いを入れているでござるな……」
「……これは世界ぬいぐるみ市に出展するやつだからな。特注品だ」
左手でコカトリスのふかもふを確かめながら、右手で丁寧に毛を一本ずつ。
いわゆる一品ものである。
「そんなのがあるのでござるか……」
「あります! 私、三年連続で入賞してるんですから!」
「そ、そうでござったか」
「ぴよ?」
小首を傾げるハットリ。
隣にいるコカトリスも首を傾げる。
シンクロするその仕草を見て、レイアが声を上げる。
「いい! 今の首の傾げる角度もタイミングも素晴らしい……!」
「どうもでござる」
「やはりあなたは出来る人だ。うんうん」
満足そうなレイア。
こうして村のあちこちで準備は進んでいく。
お祭りまで、あと三週間――。
コカトリス祭り準備度
55%
草だんご祭り完了
地下広場に宿設置
エルフ料理の歓迎(トマトの辛味炒め、蒸し餃子、杏仁豆腐)
ディアの劇(着ぐるみコカトリスedition)
冒険者ギルドのデザイン完了
お読みいただき、ありがとうございます。