124.剣の腕前
「エルト様が勝利します。何度やっても」
マッチョな騎士――ラダンは絶句した。
そんなわけがない。
荒く声を上げるのを、なんとか自制する。
ラダンは知っている。
今度団長に就任するベルゼル・ナーガシュは、貴族学院の騎士コースを首席で卒業した猛者。
それがどれほどの才能と研鑽を必要とするか。
子爵の四男坊に生まれ、死に物狂いで騎士の位階を駆け上がってきたラダンにはわかる。
騎士の道は大貴族と言っても、甘いものでは決してない。
それは騎士に与えられた責務による。
騎士は国境を守り、冒険者が恐怖する魔物をも打ち倒す。それらも誤りではない。
一般に騎士として知られている仕事は、おおよそそんなものだ。
だが、真の役割は全く違う。
悪の貴族が現れた時、国家の命を受けてその貴族を逮捕する。
それこそ騎士の隠された本分なのだ。
魔力が互角なら、胆力と武芸こそが死線を分ける。騎士はそのように考え、訓練されている。
だからこそ、あり得ない。
単純な剣術勝負でベルゼル団長が遅れを取るなど……。
だが、次にラダンが目にした光景は想像を超えた。
◇
ラダンの理解では、ベルゼル団長の剣は合理にして豪快。
例えるなら地を這う大蛇が忍び寄り、一気に獲物を丸呑みするごとく。
平時は静かだが、いざという時は恐るべき激しさを持つ。
そんなベルゼルに対してエルトは頭ひとつは背が低く、体格も一回り以上小さい。
剣術は嗜みとしているだろうが――とても敵うはずがない。
だが、違った。
エルトの剣はゆっくりとしているようで、絶妙にベルゼルの攻撃を受け流す。
ベルゼルが何度やっても、攻撃は逸らされ――気が付けばベルゼルの喉元に剣が突きつけられている。
蛇のうねりが、野鳥の爪を避けるがごとく。
まともにベルゼルの攻撃が入っていかないのだ。
……どこかでエルトは修行を重ねたのか?
わからない。
仮にそうだとしても、エルトは今年十五歳と聞いていた。
同じ年齢の時――自分はこの領域にはとても達していない。現役の騎士団長に、真っ向勝負で勝てるなぞ……。
どれほどの天賦の才か。
「……団長」
呼び掛けた声に力が入らない。
信じられない。
だが、目の前の光景は事実。
そしてなお驚くべきは――ベルゼルは笑っていた。実に楽しそうに、負けていた。
弟に負けて悔しそうでもなく、あるいは才能に嫉妬するでもなく。
五回剣を突きつけられ仕切り直し――ベルゼルはどかっと座り込んだ。
ラダンはようやく、なるべく平静を保って言葉を出せた。
「わかっておられたのですか、こうなると」
「がはは、聡いな。その通りだ……。いや、少しは勝てる気でいた。実戦経験があれば、あるいはと思ったが……」
「……兄さん、これは……?」
エルトは戸惑っていた。
目の前の結果が、自身でも信じられないという顔だ。
「もうかなり昔になるが、お前に稽古をした時があっただろう。そら、俺が負けた……」
「あれは――あの時は兄さんが手加減したんだろう?」
「いや、割りと本気だった」
ピシャリとベルゼルが言った。
「あの時はプライドが邪魔して、よく言葉にできなかったが……今、振り返ってもあれは完敗だった。つまりあの頃から、俺達の差は変わっていない。単にそれだけの話なのだ」
「……家では、誰もそんなことは言ってなかったけれど」
「お前の先生は少し変わり者の騎士でな。腕は立つが……その辺り、言わなかったのだろう」
ラダンは少し納得できた。
武芸の才能があっても、騎士の道に進まない者もいる。
騎士の多くは、貴族社会で他に出世の見込みがない者だからだ。
ベルゼルのような、大貴族で騎士団長と言うのは例外である。
恐らくナーガシュ家は、エルトを騎士にはさせないつもりだったのだろう。
無理もない。
これほどの魔力、そして村作り……自分のように給金を得るため、騎士になるだろうか。
「……すまなかったな」
座り込んだままのベルゼルが深く頭を下げる。
◇
俺は戸惑っていた。
勝負にならないはずの勝負に勝ち、ベルゼルが頭を下げて……。
「どういうことなんだ?」
俺もどかっとベルゼルの前に座った。
「俺の母のことだ。お前に辛く当たっていたのは知っていた」
俺は顔をしかめそうになるのを、なんとか自制した。俺達兄弟はそれぞれ母上が違う。
その中で俺の母親だけがワケありというか――生きてはいない。
そして多分、出自に難があった。
だからこそ、俺は家の中で冷遇されていた。
「頭を上げて、立ってくれ」
ベルゼルが俺に悪感情を持っていないのは、わかっていた。
家族の中で剣術の稽古なんてしてくれたのは、彼だけだから。
……俺に前世の記憶が甦らなかったら、素直に受け取れはしなかったろう。
でも今の俺は、精神的にはかなり大人である。
しかしベルゼルは頭を上げない。
……ベルゼルも十歳も年下の俺に頭を下げるのは、相当な覚悟があったろう。
そう思いたい。
「頭を上げてくれ、兄さん」
近寄って、肩にぽんと手を置く。
そうしてやっと、ベルゼル兄さんは顔を上げたのだった。
◇
それからベルゼル兄さんと、第二広場に行きながら少し話をした。
主にディアのことだったが。
まぁ、割りとそのまま言うしかないけれど。
首を傾げていたが、とりあえずは納得してくれた。
「なるほど、卵から……じゃあ身内と言えるんだな。がはは、俺も妻と気が合うとは思ってなかったが、意外と悪くはないしな。そうだな、仕事が落ち着いたら妻と娘も連れてこようか」
「……貴族の女性が楽しめるものはあまりないと思うけど」
「コカトリスが大好きだから、大丈夫だろう。いくつもぬいぐるみがあるし……」
「ああ、なるほど……」
第二広場はどんちゃん騒ぎだ。
広場の真ん中では、敷物をして酒や食べ物を盛大に食べている。
ディアとマルコシアス、ウッドは……隅の方に固まっているな。
マルコシアスが綿の上に仰向けに寝ていた。……お腹が大分膨らんでいるが。
どう見ても食べ過ぎじゃないか……?
「マルちゃん、だいじょうぶぴよ?」
「うう、食べ過ぎた……」
「ハムいっぽんはたべすぎぴよ……」
「食べ放題と聞いて……やるっきゃない! と思ったんだぞ」
「おもっちゃだめぴよよ……」
「ウゴウゴ、ちゃれんじゃー!」
マルコシアスはウッドとディアになでなでされている。
ディアはアーモンドをぽりぽり食べていた。
「すまん、今戻った」
「ただいまです……!」
俺とステラの言葉に、ディアがぱっと駆け寄ってくる。
「とおさま、かあさまー! おかえりぴよ!」
「ウゴウゴ、おかえり!」
「ごはんたべたぴよ? たべてないなら、いっしょにたべるぴよ!」
「ディアはもう食べたんじゃないのか?」
「ちょっとたべてたぴよ、でもまだたべられるぴよ!」
ステラがひょいとディアを抱える。
「確かに、あまり食べていないようです……。待っていてくれたんですね」
「ぴよ、マルちゃんをとめてたぴよ」
「……マルちゃんは食べ過ぎですか……。マルちゃんらしいというか」
「大丈夫か? 水持ってこようか」
「うう、大丈夫……きっと」
そんな話をしていると、ベルゼル兄さんがきょろきょろと辺りを見回す。
「俺の部下はどこだ……?」
「あのコカトリスに埋もれている足、違わないか?」
俺が指差したのは、コカトリスが寝転んでいるコーナーだ。
そこではより集まったコカトリスのもふもふ毛に、体を突っ込んでいる人がたくさんいた。
暖かくて気持ちいいんだよな、あれ……。
「がはは、なんだ。楽しんでいるみたいじゃないか」
「団長、気を抜き過ぎかと思いますが」
「まぁまぁ、美食や酒よりも珍しい物だからな……。ふむ、俺も触りたくなってきた」
「……優しくすれば大丈夫だよ、ベルゼル兄さん」
「ほう、そうか。少し触ってくる」
「ああっ、団長……!」
そう言ってベルゼル兄さんとマッチョな騎士はコカトリスの居るところに歩いていった。
「ぴよ。あのひとはとおさまににてるぴよけど……とおさまの、なんなのぴよ?」
髪も同じ黒色だしな。
体つきは大きいが、顔立ちは似ていると思う。
「兄だよ」
素直に俺はそう言えた。
ディアがぴよぴよしながら、俺とベルゼル兄さんを見比べる。
「ぴよ……! じゃあ、おっさんぴよ!」
惜しい。
「……おじさんな」
「それぴよ!」
「ところで……ステラは知ってたのか? 俺の剣の腕のこと?」
「ええ……そこそこ強いと、申し上げましたが」
「……トリスタン卿と比べると?」
「今のエルト様の方が強いですよね、剣だけなら」
なんてこった。
そういう評価になるのか。
全然わからん……。
昔から、そうだったのか?
でも貴族は第一に魔法が重視される。
剣の腕があっても、貴族として優れていることにはならないしな……。
「それ、誰にも言うなよ」
「……わかりました。エルト様も私と同じですね」
まぁな。
余計な戦いなんてまっぴらだ。
俺も抱えられたディアをなでなでする。
ふわふわ。
とても気持ちがいい。
「……家族がいれば、それでいいんだから」
第六章『兄を超えて』終了です!
第七章『冬至祭あらためコカトリス祭り』は明日からになります!
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