116.再会
立ち上がったドリアード達は体を伸ばしたり、あくびしながら思い思いのことを口にする。
「んあー、やっとお迎えがきたのー?」
「……おなかすいたー」
「この人達、だれー?」
とはいえ、全体的にのんびりゆったりした感じだな。
俺達を見ても小首を傾げる程度で、特に警戒したりはない。
実にドリアードっぽい反応である。
ララトマはドリアードの皆の前に立ち、息を吸い込んで一言。
「みんなー、こちらはサプライズな人達です! なんと遊びに来てくれました!」
「んっ?」
「「おー……」」
ぱちぱち。
ドリアード達がまばらに拍手をする。
……まぁ、遊びじゃないんだけど、他に説明の仕様もないか。
「それでですね、この方達はお迎えとも関係ないのです。でも久し振りの外の人達ですから、歓迎しましょう!」
「「おおー……!」」
ぱちぱち。
ドリアード達のわかったような、わかってないような拍手。さっきよりは多いが……。
でもちょっとララトマさん?
俺、ドリアードの事をよく知っている訳じゃないんだけど……この空気、大丈夫なの?
ステラをちらっと見ると、やや立ち位置が下がってる。顔は澄ましているが、やっぱりこの反応は計算外らしい。
「それでですね、この人達が言うにはテテトカねーちゃんが生きているみたいですよ!」
「「おおおーー!!」」
ぱちぱちぱち!
びくっ。
一斉にドリアードが拍手する。
えっ……テテトカの話はそんなに盛り上がるのか?
「女王の前でも草だんごを食べるのをやめなかった、四天王なおねーちゃんです。やっぱりしぶとく生きてたみたいです!」
「じゃあ地上は住めるのー?」
「森になってるー?」
なんか変なフレーズが出た気がするが、そこはまぁいい。
というか、テテトカはやはりそれなりの人物だったんだな……四天王か。
多分、女王の側近という認識でいいんだよな?
それなら話の仕方もあるか。
どうやらテテトカはそれなりにリスペクトされてるみたいだし……。
「そうだ、森になってるぞ。立派な森だな」
「ということみたいです!」
そこで俺はこほんと咳払いした。
話を進めるならここだな。
切り出すならテテトカのことだろう。
「皆、テテトカに会いたいか?」
「「会いたーい!」」
「会いたいですよー!」
「よし、それじゃ会いに行こう。地上へは地下通路を行けば……」
俺の言葉にドリアード達は顔を見合わせる。
ララトマが広場の奥を指差しながら、言った。
「……あっちに地上への階段があるです!」
「ふむ……」
ならそちらを使うか。
というか、そんなものがあったんだな……。
◇
ぞろぞろと広場の奥へと歩いていく。
広場の端を流れる川がさらさらと音を立て、光る苔が幻想的に彩っている。
土の匂いもそんなにしない。ドリアードの力なのか、むしろ夜の原っぱを歩いているかのようだ。
「きれいぴよねー……」
「我もそう思う。地獄の池もここまで綺麗じゃない」
「マルちゃんのたとえは、ときにわからないぴよ」
ディアもマルコシアスのいきなり地獄トークを流す術を身に付けてきた。
まぁ、本当に意味がよくわからないので(言っているマルコシアス自身も含めて)流すしかないんだが。
「ここが階段です! でもしばらく前から使ってないんですけど!」
「……なるほど……」
階段というか、単なる坂道だな。
ドリアードに合わせたせいか、段差がほとんどない。俺からするとなだらかな坂を登る感じになる。
しかし、出入口か……。
この周辺の地上で、出入口はもう見当たらなかったはず。隠しているか、あるいは地上から使えない状態になっているか……だな。
曲がりくねった坂道の先、目をこらすと天井近くで道が途切れている。
「あそこから、先へ進めるのか?」
「そうですっ!」
「とりあえず行ってみるか……」
坂道を登り歩き、徐々に天井へと近付いていく。立ち位置が高くなるにつれて広場の全容が掴めてきた。
「……意外と色々あるんですね」
「ウゴウゴ、あっちにはちいさなきがはえてる?」
「ええ、そのようですね……。暗くていまいち種類はわかりませんが」
広場の隅から反対側へと川が流れ、俺達が歩いてきたのと違う方に小さな林がある。
こうしてみると、生きるのに必要な環境は最低限整っているようだ。
とはいえ、それほど快適にも思えないが……。
だけども風景は非常にいい。
光る苔でライトアップされた地下世界は、地上にはない美しさがある。
そして段々と天井が近付いていくな。
ウッドは屈まないと進めなくなってきている。
そうして歩いていくと、目の前に梯子がある。その前でララトマが止まって、
「天井に扉があって、ここですー! ……あれれ?」
「ふむ、なにかで塞がっているな。これは――木の根っこか?」
ララトマの案内で来たのは、地下の天井近く。梯子の上には四角い枠があり、そこが茶色の木の根で埋まっていた。
梯子の先に扉があったのかな……?
梯子の下にはバラバラになった木片が散らばっている。木の根に負けてしまった扉のかけらか。
しばらく使ってなかったから、ララトマも知らなかったのだろう。
「うわ、本当ですー!?」
まぁ、出口が普通にあれば周辺を探索した時にわかるからな。
使えなくなっているのではと思ったのは、残念だが正解だった。
まぁ、木の根なら動かしても大丈夫だろう。
どうやらもう外に繋がるみたいだしな。
「安心してくれ。植物なら大丈夫だ」
俺は魔力を集中させ、手をかざす。
【森を歩む者】
草木をどかす魔法で、根っこでも大丈夫なはずだ。
ぐぐぐっと木の根がゆっくりと動いて空間ができていく。
「やりましたね……! でもここってどこに繋がっているんでしょう?」
「マルちゃん、においでわからないぴよ?」
「……ディア、マルちゃんは犬では……」
「くんくん……」
犬みたいだな……。
マルコシアスは少し鼻をきかせると首を傾げた。
「うーん? 薔薇の匂いがするぞ?」
「……ララトマじゃなくてか?」
「似ているけど違う。ほら、あの白いバラの――」
ばたばた。
せわしない足音がしたかと思うと、木の根の向こうから気配が近寄ってくる。
地上側に人がいたのか?
待てよ、この周辺に俺の村以外に人なんていないはずだが。
あれ、この木の根ってもしかして……。
「家の床から、なんですー?」
「……あっ……!?」
「うわ、テテトカねーちゃん!」
ひょっこりと梯子の先から顔を覗かせたのは、テテトカ。
ステラが驚きの声を漏らす。
「これは……私達は村の下に移動してたのですか?」
「方向的には徐々にザンザスへ近付いていくはずだから、合ってるな」
ザンザスは東南の方にある。
ここから東に村があり、そこから南下するとザンザスだ。
マッピングなしに、道なりに歩いたからな。
とりあえず行けるところまで行ければいいや精神だった。
一回りして村の地下に戻ってきたわけだ。
大樹の塔の地下に繋がっているとは思わなかったが。
でも歩いた時間で言うと、確かに村から行って戻ってきた感じか。
だけども細かいことは、次のテテトカの行動で吹っ飛んでしまった。
「ララトマ……生きてたー!」
テテトカはにこっと笑うと、梯子の上からしゅばっと飛び降りた。
……だ、だいじょうぶなのか?
「ララトマー」
「テテトカねーちゃーん!」
ひしっと抱き合うと、テテトカは感慨深そうに言った。
俺も初めてテテトカのそんな声を聞く。
やはり特別なんだな……。
ドリアードはそういうスキンシップをしないから、とても新鮮だった。
「ララトマはここにいたんだー。意外と近くにいたんだね」
「ねーちゃんこそです! あっ……ちょっと大きくなってる!」
「わかったー? 大きくなったんだよー」
ララトマがテテトカの頭の白いバラをぺたぺたと触っている。
おお、それに触るのか……。
買って読んだ本には、家族でも恋人でもあの頭の花は簡単に触らせないと書いてあったが。
いわく、ドリアードの頭の花は鎖骨みたいなもの。
見えるには見えるけど、そう日常的に触ったりはしない。普通は家族でもそんなに触らせないらしい。
「ララトマ、草だんご……食べるー?」
テテトカはいつもの調子で、懐から草だんごを取り出した。
「ていうか、食べて」
「むぐっ……もぐもぐ……」
ぐいっと強引にテテトカはララトマの口に草だんごを押し込む。
「……まだまだあるから」
「むぐぅ! そんなに食べられないです!」
そう言いながらも、ララトマはもぐもぐと食べている。
「……皆を呼んでくるか」
「そうですね……とりあえず、ここを見せましょう」
俺も意外とドリアードの事は知らないもんだな。でも家族か……。
どれくらい長く離れていたのかはわからないが、こうして再会できたのだ。
悪くない。
ああ行って、こう行って……。
一本道だから意外とどこにいるか気にしなかった説。
お読みいただき、ありがとうございます。