113.決戦の直前
それから一週間。
様々な準備を整えつつ、ステラは調整に励んだ。
最終的に左手の『フラガラッハ』を投げるところに落ち着いた。
ネーミングの元ネタは念じればひとりでに飛んでいく剣だった気がするので、ちょうどいいのかもしれない。
いずれにしても、ステラは完全に二刀流をモノにした。百発百中で弾き返せるようになったのだ。
レイア達とも打ち合わせして、すべては整った。あとは明日の決戦にのぞむだけ。
なので今日は早めに就寝である。
今はもう、皆で綿にくるまって横になっていた。
暖かいし、最近はずっとこの寝方だな。
マルコシアスが子犬になって、間に挟まれるようになったのも大きいが。
「ぴよー……マルちゃんのおなか、あたたかいぴよー……」
「主こそもふもふだぞー」
「マルちゃんこそ、しっとりもちもちぴよよー」
ディアとマルコシアスはむにゃむにゃしながら、抱きあっている。
俺はステラの方に寝転がりながら、ささやいた。
「でもまさか、本当にものにするとは……」
「んふー。エルト様のアドバイスのおかげです……!」
最初はバットを投げることに後ろめたさがあったステラだが、今ではもう躊躇しない。
俺が提案した手前、気にするなと言い聞かせたからな。
……実は野球の練習でも、バット投げというものはちゃんとある。
ボールなしで単にスイングをして、バットを手放すのだ。
こうすると打者のスイングの癖が出て、バットはすっ飛んでいく。
自分のイメージと実際のスイングのずれを確かめたりするのに使うのだ。
ステラもやってみると、多少のずれがあったらしい。
まぁ、すぐにひとりで修正したみたいだが。
「明日はいよいよ本番だけど、気を付けてな。ライオンの騎士もAランクの魔物に認定されたことだし」
「ええ……フラワージェネラルは増えたりするのも込みでAランクでしたが、ライオンの騎士は純粋な戦闘力だけでAランク認定ですからね」
「それだけ強敵ということだ」
「……エルト様はいつも心配してくださいますよね。不安ですか?」
「後ろで見てるだけだからな。ものすごく不安というわけじゃないが、不安はある」
「なるほど……」
俺の答えに満足したのか、ステラは頷くと目を閉じた。
「油断がないよう、気を付けます」
「うん、そうしてくれ」
ステラは目を閉じると寝るのも早い。
そのまま静かになる。
正直、この綿は相当気持ちいい。
俺もすぐに眠くなる……。
「すやー……ぴよー……マルちゃん、およぐのじょうずぴよー……」
「すー……わふー……そうだろー……」
ディアとマルコシアスももう、寝ているみたいだな。
なんだか寝言がリンクしている気がするが。
俺もゆっくりと目を閉じる。
そっと俺の腕に――ステラの手が重なった気がした。
……無意識に手が動いたのかな。
あれだけバットを振ってたし、勝手に動くのも無理はない。
俺でもあれだけ振ってれば、夢の中でもスイングするかもな。
うん、そのままにしておこう……。
そうして俺もすぐ、眠りに落ちたのだった。
◇
翌朝。天気は良好。
空にはまばらに雲があるだけだ。
このところ風が強く、冷たくなってきたが――今日はそうでもないな。
朝から力強い日光を感じる。暖かくなりそうだ。
いつも通り朝ご飯を食べ、森へと出発する。
ステラは気合い十分。
側で見てても闘志を燃やしていた。
今日は当然、俺達家族も総出で討伐を見守ることになる。
ディアはマルコシアスに抱えられ、ぴよぴよしていた。
……なんか体育祭を見に行く家族みたいだな。口には出さないけど。
地下通路の入口前に着くと、すでにレイア達が待っていた。
いつも通り、レイアはコカトリス帽子を被っているな……。
その隣には練習に付き合ってくれたナナがいる。もちろん着ぐるみだ……。
深く考えたら負けである。
イスカミナやアラサー冒険者もいる。
ほぼオールスターだな。
ステラの姿を認めると、レイアが声を掛けてきた。
「おお、今日はよろしくお願いします……! えー、戦いの前にどうか意気込みを」
「ええ、安全第一ですが……必ずやりとげます」
「心強い! 名言集に入れておきましょう。新しい名言入りマントも作らないと」
「……いつもそんなノリなんです?」
ナナは連日のハードな練習のせいで、やや疲れてるようだった。
心なしか膝と腰が曲がっている。
そこまで協力してくれるナナには本当に感謝だな……。Sランク冒険者同士、通じるものがあったんだろうか。
この辺り、ステラも言葉を濁していた。きっと生粋の冒険者にしかわからない事があるんだろうな。
ナナの言葉に、レイアはぐっとサムズアップする。
「慣れた方が幸せですよ!」
うーん、強い。
こういう時のレイアは無敵感がある。
「なんとなくわかった……。やり手と言われるわけだね」
そんなやり取りの横で、ディアが首を傾げている。
ディアの瞳はレイアのコカトリス帽子を見ているようだ。
「ぴよ……なにか、きになるぴよ……。なにか、ちがうぴよ」
「うん? どうしたんだ?」
「なかまのあたまが、ちょっとちがうぴよ……?」
仲間の頭?
目線の先のレイアのコカトリス帽子か?
いや、顎紐くらいしか見た目で変わってないはずだが。
そのレイアはステラとちょっと打ち合わせをすると、手を振りながら皆に号令した。
きりっと様になっている。
「では、これから地下通路に行きます! ライオンの騎士はこの辺りの地下を巡回しているはずですから、すぐに戦いが始まりますよ。気を抜かないように!」
「「おおー!」」
そう言うと、レイアは帽子の紐に手をかけてきゅっと捻った。
ライトを付けるんだな。
俺も【月見の苔】で道を照らさないと――あっ。
レイアの帽子の目が光る。
ぺかー。
「ひかったぴよ……!? めが、めがひかってるぴよ!」
「あっ……あれはな……」
「とうさま、なにかおかしいとおもったのはあれぴよね……! めがひかってるぴよよ!」
「……そう、あの仲間はちょっと変わってるんだ。特別で、目が光るんだ」
「そうなのぴよ……!? そういえば、しんでもよみがえるぴよ。めもとくべつなのぴよね……!」
「そう……目も特別だ」
俺は遠い目をしながら答えた。
レイアはこっちを向くと、もう一度サムズアップしてくる。
いい笑顔だ――って、おおい!
君の設定がどんどん増えてるんだが!?
「我も目くらい光るぞ」
「ええっ!?」
「ぴよ!? マルちゃんもぴよ!?」
「……まさか」
あり得なくはない。
地獄の悪魔だし。目くらい光るかもしれない。
でも今、光らせる必要はないよな……。
いや、目が光ったりビーム飛ばしたりする魔法はあるんだが。
なんなら俺も使える初級魔法だけど、【月見の苔】があるから使っていない。
消費魔力が大きいし、本当に光るだけだしな。
「やってみてほしいぴよ! ひからせるぴよ!」
「えっ」
「わかったぞ……!」
「い、いまはダメだ……!」
俺はなんとかストップをかける。
こんな所で目が光ったら目立つだけだ。
「だめぴよ?」
「あ、ああ……ステラの応援をして、家に帰ったらにしよう。そのために来たんだし」
「なるぴよ……! ひかるのは、またこんどぴよ!」
「わかったぞ!」
ふぅ、助かった。
まあ……目が光ったからと言って、どうなるわけでもないが。
しかしマルコシアスの魔力はほとんどない。もし魔法で光るつもりなら、魔力使い過ぎで体調が悪くなるかもだしな。
不用意に力を使ったら、あとで辻褄合わせもしなきゃだし。
そんなことを考えていると、ディアが俺を見つめてきていた。
「……あたしもめ、ひかるぴよ?」
「まぁ、いずれは……」
その時の俺は全く予想していなかった。
まさか家族全員の目が光ることになるとは……。
目が光れば面白いし、楽しいは楽しいんだけど……。
うん、まぁこれも情操教育ということで!
お読みいただき、ありがとうございます。