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110.理由はどうあれ

 ステラはそのまま、二本のバットを抱えて広場に繰り出した。


 まずは試し振り、である。

 空にはまばらに雲があり、やや日差しは弱かった。


 それでもステラのやる気は十分である。

 かつて聖剣を貰ったときも、ここまでテンションは上がらなかったのに。


「ふんふーん……」


 広場にはもう何人かの冒険者がいる。

 ステラは広場に着くと、両手にバットを持った。


 右手にこれまでのバット――デュランダル。左手に新しいバット――フラガラッハ。


「……いいですね……!」


 馴染む。

 新しいバットのフラガラッハはデュランダルに比べて軽く、左手に合っている。


 しゅしゅっと左手一本で振ると、デュランダルとの違いは明白だった。

 しなりがあり、小手先の操作が効く。


 しばらく両手で振っていると、それなりに感覚は掴めてくる。

 問題はボールを実際に打てるかどうか。


「一旦戻ってウッドを連れてくるか、誰かに頼まないと……おや?」


 ステラがきょろきょろと広場を見渡すと、木陰の芝生にコカトリスの着ぐるみ―ナナがいた。

 寝転がっていて、動かない。


 さっきエルトの家からそのまま帰ったと思ったら、木陰で休んでいたらしい。

 あるいは昼寝中だろうか。


 でもちょうどいいかもしれない。

 それなりの投球でないと練習にならない。

 Sランク冒険者のナナなら、きっと身体能力的には十分だろう。


 近寄っていくと、着ぐるみから声がした。

 どうやら起きていたらしい。


「ステラ……何か用かな?」

「えーと。今、暇ですか? ちょっとやって欲しいことがあって」

「そのバットで殴られる役かな? 僕が死んじゃうから、だめだよ……」

「違いますよ! もっと平和的です!」


 ステラの抗議に、ナナがむくりと起き上がる。


「冗談だよ。ボールを投げて欲しいんだろう? お安い御用だ。来たときから見ていたからね」

「……むぅ、まったく……」


 しかし投げてくれるならありがたい。


「それではボールを持ってきますね。ちょっとお待ちを」

「ふふん。そんなこともあろうかと……」


 ナナがお腹をごそごそすると、ボールが出てきた。本当になんでも出てくるお腹である。


「……便利ですね。早速、始めましょうか」

「うん、いいよ」


 だけどステラは重大な事に気が付いた。

 二刀流の練習には、ボールも二球飛んでこないといけない。

 一球では両手に構える意味がないのだ。


 しかし、ステラはすぐに思い直した。

 Sランク冒険者なら、できる。


「では片手でそれぞれボールを持って、私に投げてください。打ちますから……!」

「……うん?」

「いえ、ですから――ボールをそれぞれ片手に持って、同時に投げるんです。そうしたら分裂する雷球への練習になるじゃないですか」


 ステラがそういうと、ナナの動きが止まる。


「無理だよ……? そんな超人みたいなこと……」


 ◇


 それから俺の家にナールがやってきた。

 冒険者ギルドの建築についてだな。


 テーブルの上に本格的な図面が置かれる。

 まぁ、俺がイメージして建てるんだが……。


 図面だと建物は二階建て。

 しかし内部はかなりゆったりとした造りだ。


「二階建てだが、立派な建物だな」


 ニャフ族なんかは歩幅が小さい。

 階段を増やすよりも、建物を横に広げた方がいいしな。


「にゃ。レイアからの資料や他の商会の建築も参考にしましたにゃ」

「ふむふむ……いいじゃないか」

「あと決まってないのは、食堂やお土産コーナーですにゃ」


 いわゆる本当の旅人向けの部分だな。

 しかし重要度ではかなり大きい。話題になるよう、稼ぎになるようにしたい。


「食堂のメインについては、少し待ってくれ。まだ形がぼんやりとしているんだ」

「それは全然構いませんですにゃ。こちらも整理や余裕を持って開始するには、まだ時間が必要ですにゃ」

「悪いな、頼りにしている」

「んにゃ、おそれ多いですにゃ!」

「時期的には……冬至祭を過ぎた方がいいか」


 暦の上だと、今は十一月の中頃。

 この世界でもおおよそ十二ヶ月、月三十日で一年が巡ってくる。


 冬至祭は十二月の下旬、太陽がもっとも弱い冬至が過ぎ去った事を祝して行われる。

 現代の地球ではクリスマスの原型になった行事だな。


 もちろん、この世界でも冬至祭は盛大に営まれる。地域ごとに特色ある祭りが行われ、名物にもなっているのだ。


 この辺りだとザンザスのコカトリス祭りが華やからしいが……。


「ですにゃ。新年に合わせて御披露目、良いと思いますにゃ」

「他に何か懸念点はありそうか……?」

「特に変わりはありませんのにゃ。売れ行きも順調、販路も広がっていますにゃ……生産が追い付かないくらいですにゃ」

「それは結構なことだな」

「にゃ。経営はとても順調ですにゃ……。でもひとつ、気になる噂がありますにゃ」


 そう言うと、ナールが周囲をうかがう。

 とはいえウッドとディア、マルコシアスが綿にくるまって昼寝しているだけだが……。

 機密情報が漏れる心配はない。


「聞かせてくれ」

「王都に出入りしている商人から聞きましたのにゃ。エルト様の兄君のひとり、ベルゼル様が黒竜騎士団の団長に就任されるとの噂ですにゃ」

「……ベルゼル兄さんか」


 俺はもう何年もまともに会っていない兄を思い出す。剣術に秀で、よく笑い親分肌の兄だった。


 三人の兄の中では唯一、数回だが剣での稽古に付き合ってもらった記憶がある。

 わざと手加減して負けてくれた、付き合いのいい兄だ。


 だがベルゼルが本格的に騎士の道に入ってからは、実家で会う機会もない。顔もぼんやりとしか覚えていなかった。


「まずはご出世ですにゃ」

「そうだな……。宵闇騎士団団長から、黒竜騎士団団長に就任。絵に描いたようなエリートコースだ」


 この国には数十の騎士団がある。

 役割は国境と魔物の大量発生区域の監視。

 その中でも『色の名前』が付いた七つの騎士団と近衛騎士団は別格だ。


 ベルゼルが今回就任する黒竜騎士団は由緒正しい、武勇の誉れ高い名門騎士団である。


「でもですにゃ……」

「……言いたいことはわかる」


 ナールの声が曇ったのも無理はない。

 黒竜騎士団は数百年前、黒竜を単騎で打ち倒した『黒竜殺しの騎士』トリスタンが設立した騎士団である。


 ……問題はその後。

 この地方の住人なら、全員が知っている。


 トリスタンはそれから、当時同じく最強の名前を二分していた、とあるSランク冒険者に戦いを挑む。


 そのSランク冒険者は逃げ回ったものの、ついに逃げられなくなり、一騎討ちは行われてしまう。


 だが結果は――トリスタンはボコボコに負けて、王都に逃げ帰る羽目になった。

 これが『黒竜殺しの騎士』トリスタン、生涯ただ一度の敗北。


 なんと『トリスタンの完敗』という名前で劇にもなっている。

 しかも今も人気の演目なんだな、これが……。


 そしてこのトリスタンに完勝したSランク冒険者こそ、誰であろう――英雄ステラである。


 ◇


 その頃、ステラとナナは一緒にボールを投げていた。


「もっと、両腕に力を入れるんです……! そして腰を回転させて」

「ぜぇぜぇ……こ、こう?」

「もうちょっと、力を貯めて……」


 結局、ナナは片手でボールは投げられず、両手で投げることになった。

 だが筋は良い。多分、ウッドの次くらいには身体能力がある。


 しかしまだまだ、雷球の早さには及ばない。

 というわけで特訓である――ナナの投球。


「考えてみれば、当然のことでした。雷球を打つなら、雷球のように投げられる人を見付けないといけない。いないなら、育てるしかないんです……!」


 めらめら……!

 瞳が燃えているステラである。


「……こんなはずじゃ……」


 なんか夕陽に向けて走り出しそうなステラに、ナナは少しだけぼやく。


「いーえ、私の目はごまかせません。体重が少し、増えたのでは……!? 運動は望むところでしょう」

「ぎくぅ」


 そう、それは紛れもない事実。

 ヴァンパイアはトマトが好き。しかも味の濃いトマト料理が大好き。


 ……短い期間の大食いで、確かにナナの体重は増えていた。

 このままでは駄目だ。とは思っていたが、まさかステラが気付いているとは……。


「着ぐるみの足跡と体重移動のわずかな変化。私の目には見えます。このままの生活を続けたナナの体重曲線が……!」

「ああぁぁー……」


 無情。

 ナナは天を仰ぐと、腕に力を込める。


 ナナの明晰な理性が肯定していた。

 ステラの言葉は正しい。このままの生活は、とても危ない。スタイル的に。


 やるしかない。

 増えた体重は汗とともに洗い流すのだ。


「やればいいんだろう、やれば……!」

「そうです。理由はどうあれ、一緒に目指すのです……」


 そこでステラはぐっと拳を握る。


「甲子園を……!」


 その日。Sランク冒険者の二人は夜までボールを投げたり、打ち合ったりしたという……。

鼓舞:A


お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] トマト料理で太るって…油か?油なのか?! パスタ?いや、脇役のパンか?何が原因か個人的に気になるww 香辛料使ってると血行良くなってエネルギー燃やして太りにくいイメージあるけどなんだろw …
[一言] 黒龍騎士団から道場破りが来そうよねえ(目反らし スリングがパチンコで2玉放ってろよ(明後日の方を見ながら
[良い点] カツオとナカジマかな?
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