104.次なる挑戦へ
昼ごはんを食べ終わった後――レイアやナナ、イスカミナはライオン像を再び調べ始めていた。
めげないな。チャレンジ精神はさすがだ。
強い魔力が必要かもしれないので、俺はすぐそばで待機する。
イスカミナが語る内容をレイアがふんふんと頷きながら書き留めていた。
ナナはぺたぺたとライオン像を撫で回している。
ちなみにイスカミナの油はちゃんと拭き取っていた。まぁ、毛並みがちょっとテカテカしてるのは仕方ない……。
「第二層の雷球と類似してますね――やはり無関係ではなさそうです」
「雷鉱石と鉄、銅の混合物もぐ……」
「僕が思うに術式の年代から、作られたのは五百年以上前だね。でも千年も前ではないかな。解体しないとわからないけど」
「ふむ……テテトカの話と符合するか」
俺の言葉に一同が頷いた。
テテトカの話は正直、これから検証していくしかない。
「雷鉱石と鉄、銅か……。それもこの辺にはない。ステラが遭遇したライオン像は三つ。ここに一つ。もし同じような密度でザンザスまで配置されていたら――ざっと計算しても数百体はあるんじゃないか?」
「……とても信じられませんもぐ。一つの国でさえもこれほどの物量は、そう簡単に用意できませんもぐ」
「僕の故郷の小国だと目眩がしますね。十個並べれば、それなりに魔物を追い返すだろうに」
「やはりこれを用意したのは、普通の魔法使いとは思えませんね……」
「材料や術式がもっと判明すれば、そこから辿ることも出来るだろう。少なくても町工房で用意できる規模ではない」
俺はちらっとドリアード達を見る。
ドリアードは寝転がるコカトリス姉妹に寄りかかりながら、お昼寝していた。
「ぴよ……ぴよ……」
「ぴー……よー……」
「すー……」
テテトカもコカトリス姉妹に挟まれながら眠っている。
数百年以上生きてきたとは思えないが……だが、これが長生きの秘訣なのかもしれない。
「それにしても僕も驚きましたが、エルト様は学識も豊かですね。魔法や魔力はよく神からの授かり物と言われますけど……知識や知恵はそうではありません。実によくご存知だ」
「……貴族の方だと、こうした調べ物を面倒に思う方もおられますもぐ。エルト様は特別な関心がおありもぐ?」
「まぁな。この周囲に鉱山はないが、鉱物も立派な交易品だ。最低限の知識は備えているつもりだ」
いずれ村を大きくするなら、金属や鉱物のやり取りは必須だろう。今はよそから買うだけだが、加工が出来るようになれば商売は広がる。
もちろん、森や湖から価値ある何かが出てくるならそれに越したことはないが。
だが何かが地面から出てきたとしても、相場も物的性質も知らないのではどうにもならない。
その辺りは時間を見つけてコツコツ学んでいくしかないからな。
おかげで誉められる程度には話に付いていけるわけだ……。
「ん? 向こうから……ステラ達か?」
「……時間より早いですね」
「何かあったのか?」
予定では日が暮れるまで地下通路を進むはずだ。
それが――戻ってくるのが早すぎないか。
何かあったのか?
◇
「……というわけなのです。ライオンの騎士に出くわして、一時撤退いたしました」
ステラの説明は簡潔にして要点を踏まえていた。
動くゴーレム、ライオンの騎士。
強力な、分裂する雷球。
特に怪我人はいないみたいだ。
俺はまず、後退を指示したステラを褒めることにした。これは今後も大事なことだ。
「なるほどな……。よく退いてくれた。誰も怪我をしてないのが幸いだ」
「しかしウッドを危険に晒しました。何事もなかったようには思いますが、一発は被弾しました」
「ウゴウゴ、おれはだいじょうぶ!」
「……大丈夫そうだが、どれどれ」
見た限り、ウッドは問題なさそうだな。
俺の魔力を元にしたウッドは、俺が触れればある程度状態がわかる。
今は水が少し足りない……ぽい。
「すまん、誰かウッドに水を上げてくれ」
「僕がやるよ」
ナナがきぐるみのお腹から、小さな水筒を取り出す。
……本当に便利だな。
「ウゴウゴ、ありがとう!」
「いえいえ。中身はトマトジュースだけどね」
「……ウゴウゴ、すいぶんならだいじょうぶ……」
ちょっと戸惑うウッド。
ま、まぁ……これも成長だ。
冒険者は変わり者もいるからな。その対応も学んでいくことは必要だ。
そしてステラの反省ももっともだ。耐性があるからと言って、過信は賢明ではない。
しかし、ちゃんと無事なのだ。戦闘経験はステラの方が豊富。
その辺りは俺が言葉を重ねなくてもわかっている。だからあまり心配はしていない。
「……でも無事で嬉しいよ」
「エルト様……」
「話を聞く限り、そう簡単に倒せそうな相手ではないと思う。レイアの意見は?」
「同意いたします。よく検討して、対策を講じてから挑むのが良いかと」
そういえばレイアのコカトリス帽子はまだごわごわなんだよな……。
まぁ、でも言っていることは真面目だ。
「……しかし分裂する雷球か」
俺はステラの話を思い出しながら呟く。
「ええ、そうです……。これまでの雷球よりも断然速く、危険だと思います」
言いながらも、ステラの瞳の奥は燃え上がっている。最近、俺もわかってきた。
ステラは強い敵と戦うことに価値を見いだすタイプだ。
「……ぜひとも、打ち破りたく」
ステラがバットの柄の部分に触れる。
そして多分、縛りプレイが大好き――というか、自分の美学に沿って戦わないと納得しないタイプだ……。
うん、でもそれは別にいい。
俺もゲームで色んな制約を設けたり、縛ったりしたものだ……。実績解除というやつだけど。
空にはまだ太陽が昇っている。
ステラの気合いがちりちりと大地を焦がす気さえするのは、思い違いか。
俺はひとつ頷いた。
「よし、特訓するか」
「はい……!」
そこにナナも手を上げる。
もちろん着ぐるみハンドだ。
「僕も出来ることは手伝うよ。面白そうだ」
「頑張りましょう……!」
その様子をレイアが書き留めている。
ごにょごにょと呟きながら。
「Sランク冒険者二人が、太古のゴーレムに挑む……。身を焼き焦がす雷球、それをどう打ち破るのだろうか――と」
「それはなんだ……?」
「ギルド本部へ送る報告書です」
「なんか凄く盛り上がりそうな書き出しだな」
バットを持ったステラと着ぐるみのナナの組み合わせ。
……なんというか、絵面はパンチあるな。
一見してどういうタッグかわからんぞ。
「それも重要なことですから。文字だけで凄いことが起こっているのを伝えるのです」
「……後で少し教えてくれ」
というわけで、次の強敵はライオンの騎士。
レイアから教えてもらいながら、俺も思うように書いてみる。
「果たしてライオンの騎士の背後に待つものとは……。地獄の雷球を破る秘策はあるのだろうか――と」
「そうですそうです、とても良い感じです!」
……なんかスポーツ記事の煽りみたいだな。
俺は思ったけど、言わないでおくのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。