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テンソウ、カンリョウ  作者: 庵野 弐升
3/3

後編

ついに、本格的に息苦しくなってきているような気がする。もう何分が過ぎただろうか?


絶望感が鎌首をもたげる中、今までの短くも長かった思い出を色々と振り返った。これが走馬灯と言う物なのだろうか?


親や友達、クラスメイトや先生。色んな人への感謝の気持ちと、同時に後悔が湧いてくる。




そんな感傷に浸っていたら、身体がガクンッと前に揺れた。空間固定状態が解除されたのだ!


突然の状況変化に意識がついてこれず、頭を壁に強く打つ。


痛みに目を開けると、視界が緩やかに落下している。もしかすると、下は真っ赤な血と臓器の海?そんな想像が飛来する。


「テンソウ、カンリョウ。」


しかし、窮屈な姿勢で倒れこんだのは、ただ冷たいだけの金属製の床だった。




冷や汗と涙と鼻水でぐちょぐちょになりながら、しばらく放心していると、転送装置の扉がスライドして上半身が外へ放り出された。


痣になっている左肩の痛みが戻ってきて、顔をしかめる。


恐る恐る辺りを見回す。大きな窓の外には真っ赤な夕焼けが見えた。街の転送施設は地下にあり、窓はない。


転送していなかったのだ。ここはまだあの丘の転送施設だ。


何故、転送しなかったのかは分からない。けれど、そんな事はどうでも良い。助かったのだ。転送装置の中で何も出来ないまま、少しずつ窒息させられる未来は回避できた。


右腕でだけで這い出て、背後を振り返る。そこには半円柱型の窪みが、ぽっかりと無機質な口を開けていた。そして扉がゆっくりとスライドして、壁に埋め込まれた柱の様な姿に収まった。


それを見届けると、双羽は弾かれた様に駆け出した。


出口を乱暴に開けると辺りを見渡す。フラフラと進む。


隣の建物のシャッターの前から伸びるアスファルトの先を見渡す。立ち止まる。


丘の上を見渡す。また駆け足になる。


「まざゆぎぃーーー!!!」


夕陽を背に、叫びながら坂道を駆け上がる。


丘の上まではあっという間だった。上り斜面であったにも関わらず、100m自己ベストを叩き出した筈だ。


さっきまで二人が居た反対斜面の野原は、色彩を失い始めていた。宵の口に浮かぶ二人の街には、ところどころ明かりが灯っている。


でも正行の姿は無かった。今度こそ一人だ。今はボーナスポイントなどもうどうでも良かった。また転送装置の中に入る気になど、とてもじゃないが今はなれない。


しかしどうしよう。これでは帰れない。


正行は、上りでも慣れれば自転車で一時間掛からないと言っていた。それは歩いたらどのくらい掛かる距離なのだろうか?体育の授業以外で長距離を自力で移動した経験がほとんどない双羽には、まったく想像がつかなかった。


双羽は弱々しくへたり込んだ。




その時、背後で声がした。


「……おい!いきなりどうしたんだよ?」


ゆっくりと振り返る。そこには自転車を押しながら、息を切らして上がって来る正行の姿があった。


「人の名前、絶叫しながら走り出すとか、こっちが恥ずかしくなるだろ。……うわっ!」


どれだけ酷い顔だったとしても、そのリアクションは酷い。夕焼けに照らされた双羽を見て、正行は恐怖すらこもっていそうな悲鳴を上げた。


それでも双羽はほっとした。よろよろと立ち上がる。


そのゾンビのような有様に更に引かれるかとも思ったが、正行は自転車のスタンドを立てると、駆け寄って来て双羽の両肩を支えてくれた。左が少し痛むが、それでも安堵する。緊張が緩む。


「転送施設で何かあったのか?」


問いを聞き終わる前に、双羽は正行の胸に顔を埋めた。泣き声と共に、また涙と鼻水が溢れた。


その合間に、一生懸命声を発しようと、何があったかを伝えようと、努力する。


「転送が、途中で止まって……、身体が動かなくて……、正行が言ったみたいになるかもって……、空気が失くなって……、誰も見つけてくれなかったらどうしようかって、思って……、怖くて、怖くて、怖かった……。」


支離滅裂な話を、正行は何も言わずにただ聞いていた。恐らく半分も伝わっていなかったのではないだろうか?それでもただただ、双羽の気が済むまで聞いていてくれた。


双羽の声が言葉を成さないただの泣き声へと変わるのに、そう時間は掛からなかった。




どのくらいそうしていただろうか。


一際強い突風が二人を襲った。双羽は強く正行にしがみ付き、正行は片腕で自分の顔を覆う。


「ハックシュンッ」


双羽は身震いをした。汗で冷えたようだ。本当にこの丘はクーラー要らずだ。


正行が長袖のボタンを外して寄越した。タンクトップ一枚になった上半身は、予想以上に筋肉質で逞しかった。さすが、軽々と木を登ったり、一時間も掛けてこの坂道を自転車で上って来れるわけだ。


そういえばさっきまで顔を埋めていた胸板も、中々に張りがあった。双羽少し顔を赤らめ、俯き加減で正行の上着を受け取る。


「……ありがとう。」


「勘違いするな。鼻水だらけの服を着ていたくないだけだ。」


さっきは顔を赤らめたの、あれを無かったことに欲しい。と思いながらも、更に顔を真っ赤にして睨んだ。


正行はガキ大将のようなイタズラっぽい笑みを返してきた。全然キャラじゃない。ああ、無粋なメガネなりの気遣いなのだと思ったら、不覚にも吹き出してしまった。


リュックを下ろしてから、貰った上着を羽織った。着心地は最悪だった。うっすらと汗の匂いと、何か焦げたような臭いもした。しかも胸元の部分は、涙と鼻水でぐしょぐしょだ。


それでも双羽は顔をくしゃくしゃに歪めて、今日二度目のお礼を口にした。




双羽の小さなリュックを正行が前に抱え、正行の大きなバックパックを荷台の双羽が背負って二人乗りする事になった。下りは確かに早かったが、硬い鉄枠の荷台でお尻が痛い。


しかも正行のバックパックは予想以上に重く、中からはガチャガチャと金属がぶつかり合う音も聞こえた。


こんな重いバックパックを背負ってあの木に登り、しかも枝にぶら下げていたのだろうか?一歩間違えれば、これが双羽の頭上に枝ごと落ちてきていたかもしれないと思うと、ゾッとする。


一応、重さについては控えめに抗議したが、却下された。自分のバックパックを前に背負うと、ハンドルが操作出来ないとの事だ。


決して快適とは言えない、そして双羽の感覚では短いとも言いにくい家路だったが、気持ち的にはとても落ち着いた。




風とタイヤの音が煩かったのもあるが、道中は特に会話も無かった。


不思議と、転送装置に一体何が起こったのかという当然の疑問にも、思考は至らなかった。もしかしたら、脳が無意識のうちに先刻の出来事の記憶を拒絶していたのかもしれない。


正行もあえて聞いてくるようなことはなかった。そんなこんなで、無言のまま街の入口に着いた。


そこで正行が双羽の家の場所を尋ねる。自転車に乗ってから初めての会話だ。慌てて答えようとしたが、街の中を歩き回ったことがないので道を説明できないことに気付く。


おろおろしていると、改めて住所を聞かれたので答えた。正行は何も言わずにまたペダルを漕ぎ始めた。


すぐに転送施設の前を通った。まだ多くの人が出入りする時間帯である為、入口は開けっ放しになっていた。


通い慣れたその場所が、今ではとても不気味な場所に思えて、身体が強張る。


「あ、わりぃ、他の道のが良かったな。」


正行がこちらへ首をねじる。


「ん?別に、何が?あ、そこの角曲がった所がうちね。」


双羽は話をはぐらかした。




半時ほどの道程だったが、玄関脇のリビングの明かりが既に煌々と漏れていた。


「今日はなんかごめんね。わざわざ送って貰っちゃって。」


「良いけど、その、大丈夫か?」


「平気、平気。ちょっとお尻が痛いけど。」


正行のバックパックを両手で大仰に持ち上げながら、ニカッとわざとらしい笑みを投げかける。それに片腕を通しながら、正行も苦笑いを返す。


交換に自分のリュックを受け取ると、服は洗ってから返すと伝える。そして、今度はきっちり両手両足を合わせてお辞儀をした。


「今日は本当にありがとうございました。一人じゃ、正直かなりキツかったと思います。」


「おう。もう良いから、ゆっくり休め。」


正行は照れくさそうにそう言うと、自転車の前輪を返した。


「ああ、そうだ。!」


そんな正行のバックパックを、双羽は背後から掴んだ。


「今日はお母さんとお父さん、来ない日なんでしょ?なんならうちで食べてきなよ!今日は確かカレーだって言ってたし。いっぱい作ってる筈だからさ。」


妙案とばかりにそう告げる。しかし、正行はあからさまに顔をしかめる。


「何の連絡もしないで、いきなり初対面の人の家に晩飯時に上がり込むって、どう考えても非常識だろ?いいよ、そういうの面倒くさいし。今度服返してくれる時に、菓子でも奢ってくれよ。」


「遠慮しなくて良いから!うちの親、アタシみたいな感じだから。全然、人見知りとかしないし。お客さんとか来るの大好きな人達だから。」


双羽は正行のバックパックをぐいぐい引っ張った。自転車のバランスを崩しそうになり、正行は双羽側の足を苦しげに踏ん張る。


二人が押し問答ならぬ引き問答をしている門戸の位置からも、リビングのカーテンがはためいているのが見えた。


双羽の家では節電の為だとかで、この時間帯はエアコンをつけずに窓を開けているのだ。そこから中の会話の内容が、夜風に乗って流れて来る。


「ほら、言ってるそばから誰か来てるみたい。お父さんの会社の人かな?ん?女の人だな。じゃあ、お母さんのパート先か、バレーチームの新入りさんかな?」


そう言いながら門戸に手を掛けた所で、双羽は固まった。




「――あら、そんな事があったの?」


「そうそう。まさかそんな人が居るなんて思わないから、ビックリしちゃったよ。」


「実は意外に、珍しい事じゃないらしいぞ。うちの会社にも何人か居るしな。」


「そこ、張り合うとこじゃないし!うちの学校とお父さんの会社がある所じゃ、街の大きさが違うじゃん。うちの学校じゃ、聞いたことないもんね。」


「でも、その歳で一人暮らしなんて大変ね。偉いわあ。そうだ、今度お夕飯にご招待したら?」


「それ良いかも!今度聞いてみるね。」


「ええ、好きな物とか嫌いな物とか、アレルギーとかも無いか聞いておいて。あんたの料理じゃ胃袋掴めないだろうから。まずは、お母さんが頑張るわ。」


「ちょっと、胃袋掴むって、何それ?意味分かんないし?」


「そうだぞ、母さん!そういうのは、なんだ、まだ早い。とりあえず、お父さんと酒を酌み交わしてだな、本音で腹を割って話し合って……。」


「未成年に、お酒なんか飲ませるんじゃありません!」


「だ、か、ら!正行・・はそう言うんじゃないから。第一、今日初めて会ったんだし。」


双羽・・、そんなこと言ってたら一生彼氏なんて出来ないわよ。」




聞き慣れた調子の遣り取り。聞き慣れた笑い声。すべてが自然だった。すべてがいつも通りだった。ただし、双羽は今ここに居る。


あそこに居るのは誰?


「ほら、早く行かなきゃ……。」


ふらりと両手で掴んだ門戸が、ガシャリと鳴る。


「あれ?おかしいな、最後に帰って来た人が鍵閉める決まりなのにな。またお父さんが間違えて閉めたんだよ、きっと。いつもそうなんだから。ごめんね、ちょっとまって……。」


ボソボソと呟きながら、ポケットの中をまさぐる双羽。その震える手を、正行がゆっくりと掴んだ。


上げた視線の先の正行は、今日一番の険しい表情でかぶりを振る。


「行っちゃ駄目だ。」


「……?」


「今、やっと分かった。小学校の時に、本当は俺に何が起こったのか。」


「……?」


「素粒子化転送装置は、転送装置なんかじゃなかったんだよ。あれは、言ってみれば物質再構築装置だったんだ。」


「……?」


「転送元にある物質と、まったく同じ物質を転送先に作り出す装置。そして転送が完了すると、恐らく転送元のオリジナルは素粒子化されて、次に作り出す物質の『材料』にされる。」


「……。」


「俺が小学生の時に転送装置の中で見たあの夢は、夢なんかじゃなくて遊園地の方に残っていた俺の――」


「もう止めて。」


双羽は押し殺した声でそう訴えた。


だが正行は止まらない。


双羽は正行の手を振り払って、両耳を覆う。


そんな双羽の両肩を、正行は強引に掴んで引き寄せた。左肩がジンッと痛む。耳元に正行の吐息が掛かる。


「お前は今、毎日世界中で何十億件と繰り広げられている大量殺人の、生き証人になったんだ。」


正行の腕の中で、双羽の肩が小刻みに震え続ける。その震えが段々と大きくなり、


「ヒィッ」


口から嗚咽が漏れたところで、双羽の口元が自分の胸に埋もれるように正行は双羽の頭を引き寄せた。


止まっていた涙腺が派手に決壊する。酷い震えで身体が言う事を聞いてくれない。


信じられない。今朝まで普通に過ごしていたのに。日暮れ前までは無粋なメガネとおしゃべりをしながら、夕飯の食卓での話題をあれこれ考えていたのに。


それが今は、その食卓に自分の居場所はもう無い。家にも、学校にも、行きつけのお弁当屋にも、双羽の日常のすべてが今はあそこに居る少女のモノなのだろうか。


「いいか、焦るのは当たり前だ。だが、見方を変えてみろ。」


ゆっくりと、諭すように、正行は双羽の耳元言葉を紡ぐ。


「俺が居なかったらお前はさっき死ぬ筈だったんだ。」


そうだ。確かに転送・・が正常に完了していたら、正行が言うように、今ここに居る双羽は知らぬ間に素粒子に分解されて死んでいたのだろう。


それにしても、「俺が居なかったら」とは大きく出たものである。確かに精神的にボロボロだったが、いざとなったら街まで歩くくらいは出来たであろうと、今なら思う。やはりこの無粋なメガネには自意識過剰なところがあるようだ。


そういえば、双羽が転送装置に閉じ込められていた時、正行はどこに居たのだろうか?


パニックになってはいたが、見渡せる限りの範囲は施設を飛び出した直後に確認した筈だ。しかし、正行はあれだけ双羽を急かしていたのにも関わらず、家路にもつかずに背後から現れた。


双羽から死角になっていた場所と言えば――転送施設の裏に居たのだろうか?しかし何故、そんな場所に?




誤作動した転送装置――転送施設の裏――金物の入った重いバックパック――焦げた臭いのシャツ――「俺が居なかったら」――――。




止まりかけていた震えが、身体の芯からまた沸き起こるのを感じた。出せる力をふり絞って、自分の身体を正行から引き剥がす。


恐る恐る、頭一個分ほど上にあるその顔を見上げる。街灯を背に、逆光に陰った表情。丸メガネの奥の細い瞳が、うっすらと微笑んだ気がした。


とりあえず初投稿、完結です。


自分でも色々と粗があるな、ってか全然感情移入できないし駄作だよな、などなど自覚しております。ですが、あえて色々とご指摘頂ければ嬉しいです。いつか面白いお話が書けるように、次に活かします!

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