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テンソウ、カンリョウ  作者: 庵野 弐升
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中編

青年は正行まさゆきと名乗った。双羽と同じ高校一年だが、街の中にある中高一貫の進学校に通っているらしい。


今時珍しい事に大の転送装置嫌いで、もう何年も利用していないと言う。街に唯一のその学校に猛勉強して進学したのも、その為だそうだ。


どおりで双羽には正行の顔に見覚えが無いわけだ。


二人の街には転送施設は一つしか無い。双羽の家はそのすぐ近くにあるので、同じ街に住んでいる人なら一度くらいはすれ違った事があると思っていた。


だが、転送装置を利用しない正行と、通学はもちろんコンビニへ行くにも転送装置を乱用している双羽とでは、同じ街に住んでいながら生活圏が被っていなかったのだ。


「そこまで頑なに転送装置使わないとか、珍しいよね。不便じゃない?」


隣り合った太い枝によじ登ると、絆創膏などのお礼にと、持って来たお菓子の箱を差し出す。動物型のビスケット。中にはラズベリーチョコが詰まった新商品だ。


暇を見付けてはボーナスポイントを稼ぎに行っている双羽からすれば、転送ポイントを一切消費しない生活をしている正行は宇宙人の様に思えた。お菓子で餌付けして、宇宙人に突撃レポートだ。


正直、夏休みの宿題を片付けるにも集中力が続きそうになかった。この無粋なメガネ宇宙人でも、暇潰しくらいにはなるだろう。


「平たく言うと、恐怖症だ。」


正行は箱に右手を伸ばすと、ガサガサと中を弄った。案外、宇宙人は簡単に釣れた。


「高所恐怖症じゃなくて、転送恐怖症?」


「そういうこと。」


動物型のそれを二つ摘み出すと、左の掌に置く。


「小学生の時に親が遊園地へ連れてってくれたんだ。楽しくて閉園時間ギリギリまで遊び倒した。そのせいで、いざ帰る段階になったら転送中に眠くなっちゃってさ。」


「昔から転送恐怖症だったわけじゃないんだね。」


「ああ。当時は、いつか世界中の遊園地へ行ってやるんだって息巻いてた。」


正行は掌の上でビスケットを転がしながら、口の端を微かに吊り上げて笑った。


健康的に日焼けした肌に、不釣り合いなオタク臭い丸メガネ。その奥の、少し神経質そうな細目。この暑さの中、長袖、長ズボンなのは木に登ったりするからだろうか?よく見ると、結構薄汚れている。そして、口調はぶっきらぼうだが、自分語りの入った饒舌。


本人には悪いが、コミュ術に自信のある自称リア充の双羽の判定だと、あまり友達の多そうなタイプではない。


「んでさ、転送中って身体が固定されてるだろ。そこで緊張の糸が切れて、そのまま居眠りしちゃったんだわ。」


「へー、転送中に居眠りなんて、なかなか図太いじゃん。で?」


双羽が乗り出すと、正行は右手でビスケットの一つを摘み、下半身だけを齧り取った。鮮やかな赤色のチョコレートが中からトロリと流れ出し、指に付く。


「で、酷い夢を見た。下半身が転送された後に、残ってる上半身から血やら臓器が吹き出して、そのまま真っ赤な地面に叩き付けられる夢。」


ビスケットの残った上半身を口に放り込んで、平然と指に付いた真っ赤な液体を舐める正行。


それを観ながら、双羽は聞いた事を後悔した。だが、彼はそんな事はお構いなしに続きを語り始める。


「その夢ってのが異様にリアルでさ。突然身体が自由になったと思ったら、言葉通り身体を裂かれたみたいな大激痛。夢か現実か確かめるには頬をつねれとか言うけど、ありゃ嘘だな。あんなに痛かったのに目なんか覚めなかった。」


わざとらしく肩をすくめる正行の素振りは、まったく様になっていないどころか、苛立たしくすら見えた。


「目が覚めないどころか、夢の中で目を開いたら身体が落下してんだわ。けど、壁に捕まろうにも受け身取ろうにも、肘から先が無くってさ。で、ベチャーッて凄い音して落下が止まったと思ったら、目の前には真っ赤なヘドロに浮かぶ自分の内蔵。知ってるか?臓器ってそれぞれ色が違うんだぜ、ピンクっぽかったり赤かったり。今でもたまに夢に見るよ。」


「ごめん、もう良いわ。聞いてるアタシまでトラウマになりそう……。」


「グロいのはここまでだよ。で、転送装置の扉が開いたのと同時に目が覚めて、大絶叫。医療施設へ再転送させようとした両親を振り払って、派手に錯乱。結局、医者のほうを呼び付けて、鎮静剤とか打ってもらってやっと収まったんだけど、それ以来転送装置が駄目になったってわけ。」


説明し終わると、正行はもう一つのビスケットを、今度は丸ごと口に放り込んだ。


そして、空になった左手を差し出しておかわりを催促する。ラズベリーチョコはお気に召したようだ。片や双羽のほうは食欲が失せてしまったので、箱ごと譲った。


「でも、転送装置が使えないのに、なんでわざわざこんなとこまで自転車で?しかもこの良過ぎるくらい天気の良い日にさ。」


「だからだよ。うちの親、その時丁度海外に夢のマイホーム建ててる最中でさ。本当は完成し次第引っ越しする予定だったんだけど、俺が転送装置使えなくなったせいで別居する事になったんだよ。週に何回か、夫婦でうちにご飯作ったりしに来てくれるけど。家のローンを払いながら、俺のアパートも維持しなきゃいけない。おかげでうちの家計は火の車。エアコン代くらい節約するのが、せめてもの親孝行だろ?」


「それで、何時間もかけてこんな山の上まで!?」


「山ってほどの高さじゃないだろ?慣れれば一時間もかからないさ。ここは風力発電の話があったくらいだから、良い風が通るんだ。」


そう言ったそばから、バサバサと枝が揺れた。双羽は咄嗟に幹に抱き着く。


丸メガネの奥の細目をいっそう細めて、心地良さげに風を浴びていた正行と目が合った。ゆっくりと正行の瞳孔が見開かれる。


「プッ。」


枝葉が静まるのと入れ違いに、正行が笑い出した。


「コアラの真似事?可愛くねーっ。」


「うっさい!!」


そんな調子で時間は過ぎていった。




夏休みの宿題こそあまり進まなかったが、暇を持て余す事無く済んだ。今晩のポイント集計が楽しみだ。


正行の視点から見る世界は、双羽の周りに居る同級生達のそれとはかなり違っていた。どこか遠くの地の流行ばかりを追いかけている双羽達は、ありきたりな周囲の出来事にはまったく注意を払わず暮らしている。注意をしていなかった事自体、今日まで気付かなかったくらいだ。


逆に正行は、身近な小さな事にとてもよく気が付くようだ。双羽の心当たりのある話だと、例えば転送施設の一階ホールのインテリアは、あそこを管理している町長の馴染みのキャバクラで変わるそうだ。


今は南の島国にご執心らしく、ホールの天井を飾っているエキゾチックな織布はかつてその地の名産だったそうだ。そう言えば、うちの街には珍しい褐色の肌の派手な女性を連れた、スーツ姿のおじさんと転送施設で何度かすれ違った気がする。


正行も双羽がする遠くの地の話に素直に興味を示した。両親やクラスメイトからも転送装置で行った土地の話は聞くそうだが、双羽の趣向は彼らとは大きく異なるのだとか。


海外の人気アイドルやお洒落スポットの話題など、この無粋なメガネには退屈だろうかと始めは思った。が、見慣れた舞台の上で代り映えの無い登場人物に囲まれて生活している彼にとって、久々に言葉を交わす初対面の人物である双羽の話は、すべてが新鮮なのだと語った。


このご時世、転送装置が普及したせいで逆にそれ以外の交通手段が非常に限定されてしまっていた。そして、エアコン代を節約しているような学生では容易に手を出せない程度には高額だった。


そんな双羽の話にも正行は色々な疑問を投げかけ、しばしば話題を振った双羽自身を唸らせた。双羽の実体験も正行の眼鏡を通して見ると、また違った見え方がして興味深い。


面白半分で周囲の人物の話を色々として、正行の考察を聞いてみた。まったく的外れな答えもあったが、双羽が思ってもみなかった人の側面を諭されたりもして、中々に楽しい推理ショーだった。


空気を読まない発言が、必ずしも空気が読めてないからだとは限らないと、双羽は学んだ。




左肩はまだ少し痛むが、湿布もくれたし水に流そう。夕焼けの下を自転車を押す正行と並んで歩きながら、双羽は勝手にそう決めた。


夕陽を受けた二人の街はオレンジ色に照らし出され、その背後の空は綺麗な赤紫に暮れていた。世界的な名所に行かなくても、案外近くにも綺麗な景色は転がっているようだ


陽が落ちる前に帰りたいと急かす正行を待たせて、携帯端末で何分も動画を撮った。ついでに正行の写真を撮ろうとしたが、全力で拒否された。




「今日は付き合ってくれてありがとね!またボーナスポイント貯める時は付き合ってよ。」


「なら、今度はお前も自転車で来い。」


「ないない、アタシは転送装置で来るからまた現地集合で。じゃね!」


そう言って双羽はさっさと転送施設に入って行った。早く転送のスリルを楽しみたい。転送ジャンキーの本質が顔を出した。正行の昔話を聞いた後でも、その気持ちは欠片も揺らがなかった。




円柱の中に入って正面に向き直ると、その動きをセンサーが感知して扉がスライドする。


「クウカン、コテイ。スキャン、カイシ。」


瞳を閉じたのと同時に、身体の自由が奪われる。明確な感覚はないが、色々なレーザー的なものが照射されているようだ。


………。


………………。


………………………。


「スキャン、カンリョウ。テンソウ、カイシ。」


来た!と、胸を躍らせる。


稲妻が皮膚を貫き、細胞の一つ一つから神経信号までインターセプトして素粒子化、転送させられていく感覚。




……が、しない。




空間固定装置は正常に作動しているようで、身体はまったく動かせない。しかし、体が少しずつ輪切りにされていく様な、あの独特の感覚が伝わってこない。


双羽の心に焦りが芽生える。正行の話が脳裏を過ぎる。


正行の夢は、途中で転送が失敗して残った上半身が血と臓器の海に叩き落され、即死。目が覚めるといったシナリオだった。


しかしこのまま転送が開始されなければどうだろうか?


即死は無い。無いどころか、この姿のまま何時間も身動きも取れず放置されたらどうしよう?空間固定装置が作動している間の生命維持はどうなっているのだろうか?


それ以前にこの状態で何時間も放置されるなど、想像しただけで気が狂う。しかもこの転送装置は連日転送者数0だったのだ。一体、誰がいつ、気付いてくれるであろうか?


生憎、行き先は誰にも告げてきていない。けれど、今晩中に帰らなければ両親がきっと捜索願を出すだろう。転送ログを辿ればすぐにこの場所は分かる筈だ。でも、来た時点で何かしらの障害が既に発生していて、その影響でログが正しく残っていなかったら?


色々な悪い想像が頭に浮かんでは、消えずに溜まっていく。負の蓄積に頭がパンクしそうになる。




「動け……。」


「動け!」


「動けっ!!」


「動けえーーー!!!」




声にならない絶叫を繰り返す。


心臓は動いている。それが脈打つ振動が、早く大きく、身体中に響き渡る。心なしか息が苦しくなる。


そうだ、空間固定装置が起動していても、血流や神経信号、呼吸は止まらない。転送装置内の空気は何分持つのだろうか?


心臓がひと際大きく脈打った直後に双羽の頭は真っ白になった。


両親が捜索願を出してくれるまでの何時間もの間に、この中の空気は確実に失くなってしまう筈だ。




少しでも空気を節約しようと意識するほど、心音は早くなり、呼吸も荒くなる。


頬を温かいものが伝った。後から後から流れてくるが、拭うこともできない。


そのうち鼻の下も口の周りも、顎から喉、胸元までもがぐちょぐちょになってきた。


口の中がしょっぱい。そう言えば、怒ったり悲しんだり、神経が昂っている時の涙の味は塩辛いと正行が言っていたのを、ふと思い出した。


「正行、戻ってきて。助けてよ……。」


届くはずのない助けを求める言葉を、頭の中で呟いた。


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