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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある王女の恋物語・番外編

王子達の密談

作者: 藍田 恵

無事に婚約式を終えた直後のクレイとステファン王子の会話です。

 愛するサラとの婚約式を終えたばかりのクレイは、ハーヴィス王城の貴賓室で、式典に出席出来なかったステファン王子から最高級の葡萄酒を振舞われていた。

 三国間同盟の為の調印式の際に使用される予定のこの部屋は、軍事国らしく重厚な雰囲気に溢れており、流麗なリブシャ王国のそれとはまた趣きが随分異なる。

 会場の提供を申し出たステファン王子は第一王子ということもあり、クレイほどには頻繁に国を空けることは出来ない。クレイの婚約式に出席したのは現国王で、それは同盟を結ぶ前にワイルダー公国王とハーヴィス王が直々に対面する必要があったからだったが、そうでなくともステファン王子は国政の激務に追われて眠る間も惜しむほどだった。

 自らが伝達役よろしく国家間を駆け巡る役目を引き受けることはクレイにとってはむしろ好都合で、デラが王城からいなくなってしまった後の喪失感を補って有り余るものがあった。精力的に政務をこなす一方で気儘に物見遊山を楽しむことができるのも、第三王子としてのクレイの立場の気楽さからだ。

 婚約式も無事に終えて人心地がついたクレイは心の何処かで第一(ステファン)王子を気の毒に思いつつ、芳醇な香りが鼻腔に広がるその瞬間を楽しんでいた、まさにその時だった。

「…私はエルマ王女を愛しているのだろうか?」

 一口飲んだ葡萄酒の感想でも述べるかのようなステファン王子の問いかけに、クレイは危うく葡萄酒を噴き出しそうになった。

 極力平静を装いつつそっと葡萄酒を吞み下すと、クレイは整い過ぎて冷たさすら感じるステファン王子の(かお)を見つめる。

 美しさで表現するとしたら、エリーとは正反対の雰囲気の美しさを持つ王子だ。並べば確かに美男美女で、絵になることは間違いないだろうが。

「唐突に、どうなさったのですか?」

「妹姫が妙なことを言うのだ」

「アリシア姫が?」

 この王子の隣に並ぶのはどちらかと言えば同じ色合いの金髪と緑の瞳を持つアリシア姫が一番しっくりくるのだが、そのアリシア王女はステファン王子とエリーの結婚を切望している。

 しかし、妹姫が最大の弱点であるこの王子はエリーにそれほどの関心を持っているようには見受けられない。それどころかエリーに限らず、妹姫以外の全ての女性に関心を持っているようには見えないと言ってもいい。

 その王子が、自分はエリーに惚れているのかと問いかけるほどになるとは…。アリシア王女の執念も相当なものらしい。

()()はしきりに貴殿の婚約者殿の話を聞きたがるのだが、私は特にこれといった面識がない。ただ、エルマ王女の戴冠式の時に見かけたことがあるから姿形だけならば伝えることは出来る。貴殿の婚約者殿は姿形だけならエルマ王女とあまり変わらなかったような気がするのだが…」

 確かに、サラとエリーの容貌の特徴は一致する。

 見た目には似たような背格好に長い金髪。サラ自身がエリーの身代わりになれると自負していたくらいだ。

「妹姫が、それはおかしいと言うのだ。エルマ王女のような美姫(びき)は二人といないと。貴殿の婚約者殿もエルマ王女に劣らず美しいと伝えたのだが、妹姫はその…私がエルマ王女しか意識したことがないから、他に例える言葉を持たないのだと言って聞かないのだ。誰も彼もがエルマ王女のように見えると言うことは、彼女に心奪われている証左だと。そう言われたので反論しようとしたのだが…実際のところ妹姫の言う通り、浮かんでくるのはエルマ王女の顔ばかりで」

 エリーに(なび)かなかった点ではお互い見解が一致していると思っていたが、どうやらそれはクレイの勝手な思い込みだったらしい。

 さて、どうしたものだろう。

 サラに恋していた時のクレイですら、エリーの美しさには目を(みは)らざるを得なかった。

 戴冠式の為に美しく装ったエリーの姿は威厳に溢れて感動的ですらあり、招待客の中で魅了されなかった者はいなかっただろう。

 この王子も例外なくエリーに魅了され、しかし己の犯した罪のあまりの重さに、その気持ちに蓋をするしかなかったというところだろうか。

 この王子が、エリーに魅かれながらも愛する資格が自分にはないと自身に思い込ませるには充分すぎるほどの理由がある。そしてその奥に潜む、もしも拒絶されたら、という怖れもクレイには痛いほど分かった。

 (かつ)て結婚を強要する為に(かどわ)かした相手に、実は心から愛していますと改めて伝えるのも相当の勇気が要ることだろう。

 全てを妖魔のせいにして、都合の悪い部分だけ無かったことにするには、この皇子は誠実すぎる。

「これは僕個人の意見ですが…。貴方がエリーに無体を働かなかったことを、リブシャ王は高く評価していると思います。むしろ、理性までは失わなかった貴方の精神力の強さに感謝されているのではないでしょうか。いくらエリーの傍にアリシア姫がいらしたとは言え、掠奪された姫の辿る運命というものは通常とても残酷なものなのですから」

「私がエルマ王女に無体を働く?」

 心底驚いた様子で鸚鵡返しに尋ねるステファン王子に、クレイのほうこそ驚きを禁じ得ない。

「貴方がされたことは、端的に言えば()()()()()()です。輝くほどの美貌を持つ、成人したばかりの乙女を自分のものにしたいと思わない男の方が少ないと世間は思うでしょう。エリーほどの大国の王女でなくとも、美しいという理由だけで戯れに花を手折(たお)(やから)は後を絶ち…」

「私はそのような下種(げす)な人間ではない!」

 クレイの言葉を遮るステファン王子は真っ青だった。

「しかし貴方はそのような汚名を被っても不思議ではないことをなさった。国民のため、という大義名分のもとに。エリーが王女として、王妃からどのような教育を受けていたかは分かりませんが、凌辱された上に慰みものへと堕とされるくらいならば死を選ぶという姫君は多いと聞きます。状況によっては、エリーも自害する可能性が高かったのです」

 ただでさえ白い肌が血の気を失って蒼白になっていく様を見ながら、クレイは言い過ぎたか、と後悔する。

 しかしエリーを愛しているという自覚があるのならば、二国の運命を背負う覚悟があるのならば、ハーヴィス王国の謝罪を受け入れたリブシャ王国の和平に対する徹底した態度と覚悟を、この王子は理解しなければならない。

 (いささ)か懲罰的ではあるが、クレイにはそれをステファン王子に理解させる義務があるという自負がある。エリーの元婚約者として。同盟国の王子として。そして森の女王の娘の未来の夫として。

 あの穏やかなリブシャ国王の心中がどのようであったのか、クレイには知る手段がない。だがクレイは確信している。

 もし攫われたのがエリーではなくサラだったら、例えステファン王子がサラに指一本触れずにいたとしても、クレイは躊躇(ためら)うことなく確実にステファン王子の息の根を止めていただろう、と。

「ステファン王子。我々王族はこの同盟によって、自由に伴侶を選べるという幸運を得ました。僕達は政略結婚の為にエリーを巡って争う必要は無くなった。エリーもまた、自国の発展の為だけに僕達のどちらかを選ぶ必要が無くなった。エリーは自国民でも、どこか別の国の王子でも、相手の身分に関係なく伴侶を選ぶことが出来ます。…勿論、そのことを踏まえた上で改めて貴方を伴侶に選ぶことも可能なのです」

「クレイ王子。それはどういう…」

 クレイは軽く肩を竦めた。

「貴方はエリーを大国の王女と思いこそすれ、戦利品のように思ったことはない。エリーを幽閉していた時も王位継承者として丁重に扱われていた筈だ」

「勿論その通りだ」

「勿論、そうでしょう。隣国の王女に傷一つつけるわけにはいかないと、大切な妹姫にエリーを託された。違いますか?」

 クレイがセレナから聞いた話によると、あの時エリーは王女という身分こそ伏せられてはいたが、国王の賓客として最上級の待遇を受けていたらしい。

「あれは…妹姫がエルマ王女から離れようとしなかったからそうなってしまったが、本来ならばきちんとした侍女を付ける予定だった」

 どこか恥じたような口調であるのは、幼い頃から身体が弱かった妹姫にはとことん甘い自らの弱さを露呈してしまうからだろうか。

 普段は冷静で頭の切れる王子だが、妹姫のこととなると冷酷にはなりきれないところがある。それは調印式の準備を通してクレイが知ったステファン王子の人柄だった。

「アリシア姫のことが無くとも、貴方はエリーを地下牢に繋ぐことなどされなかったでしょう?」

「私が王族に対してそのような無礼を働くと思われていたとしたら、心外だ。仮にも妻に迎えようとしていた姫を、牢になど入れる筈がない」

 明らかに気分を害したステファン王子に怯むことなく、クレイは不敵に微笑んだ。

「僕は貴方のそんなところが信頼に値すると思っています。不当な扱いと、無益な殺生は好まれない。あの森で戦った時も、僕の心がサラにあると知った貴方は僕と戦う必要は無くなったと仰った。あの引き様は王族としても軍人としても見事でした。その理念はリブシャ王国の理念と合致します。恥ずかしながらワイルダー公国には浸透しづらい理念です」

 戦い方にはその人間の本質が出る。この王子は誇り高く、感情の機微に(さと)い。だからこそ、情に流され易い一面もあるのだろう。

 目の前の王子(クレイ)が城の人間全員に眠り薬を盛ったことを知れば同盟を白紙に戻すと言い出してもおかしくないが、この王子がエリーに心惹かれている限りは問題ないだろう。

 そのような不遜なことを考えながら、クレイは続ける。

「元婚約者だった者として、一人の武人として…貴方にならエリーを任せても良いと思うことが出来る戦い方でした。正直なところ、僕はもう貴方とは戦いたくない。そして出来ることならば貴方とエリーが結婚してくれれば良いと思っている。エリーと僕は今でも良い友人です。彼女の幸福を本気で願う僕がそう思うのです。僕とエリーの婚約が解消された今、貴方を思い止まらせている理由は何ですか?」

「…調印式が終わるまでは、心を告げるべきではないと思っているだけだ」

「それでは他の誰かにエリーを取られても文句は言えませんね。リブシャ王国の法をお忘れですか? 貴方は僕が何故サラとの婚約式をこれほど急いだのか、全く理解されていらっしゃらない。あの国は、国策として成人した娘に婚約することを義務付けています。王族も例外ではありません。現に僕はエリーが生まれた時からの婚約者でした。その僕との婚約が白紙に戻った事を知った諸外国が、調印式が終わるまでエリーを放っておくと思いますか? リブシャ国王など、レティシア王妃が婚約解消するように画策した上で、婚約解消成立後直ぐに求婚されたのですよ。それがリブシャ王国の男です。穏やかな振りをしておきながら、なかなか情熱的だ。…そしてエリーはそんな国王の娘なのです」

 ステファン王子は唖然としてクレイを見つめている。

「エリーを愛しているのならば、貴方の先程の言葉がどれほど呑気なものであるか、お分かりでしょう? アリシア王女がお聞きになれば、さぞ悔しがられることでしょう」

 そう言って、クレイは何杯目かの葡萄酒を飲み干した。

「僕はこの後、同盟手続きの進捗(しんちょく)状況を報告する為にリブシャ王に謁見します。その時に貴方からの書状を渡すことなど、造作もないことです。貴方の友人として口添えをすることも。勿論、貴方の心が決まっているならば、の話ですが」

「…直ぐに書状を用意する。少しの間、席を外しても構わないだろうか」

「結構。その間、僕はこの葡萄酒を楽しむことにします」

 手酌で杯を満たすクレイを見て、ステファン王子は苦笑いを洩らす。

 二人で祝杯を上げた葡萄酒の瓶の中身は、もう殆ど残っていない。

「貴殿は待たされることが苦手なようだ」

「元来、ワイルダー公国の男はせっかちなのです」

「貴殿も情熱的なのだな」

 ステファン王子はそう言い残して部屋を出る。

 部屋に残されたクレイは、提案の成功を祝うことにもなった美酒に心地良く酔いしれながら、隣国で待つ婚約者(サラ)に想いを馳せた。

この二人がじっくり語り合うシーンをいつか投稿したいと思っていました。

全く別のお話のエピソードに盛り込もうとも思いましたが、この二人が差しで話し合う機会を作るのもなかなか難しく…。

エリーとステファン王子のキューピッド役は間違いなくアリシア王女ですが、彼女の熱意だけではリブシャ王は納得しないだろうなぁ、ということでクレイに一肌脱いでもらうことになりました。

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