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消失の街ライハナ③

 ジル達が宿泊先の宿屋に着くと、先に来ていた近衛が馬車から全員分の荷物を運んでいた。彼の様子から察するに、宿へのチェックインは問題無かったようだ。

 彼はジル達の姿を目に止め、ペコリと頭を下げた。そんな彼にジルは駆け寄った。


「荷物有難うございます。全員泊まれますのね?」


「ええ。近くの村の植物調査旅行だと言ったらスンナリでした」


 ハイネの命で来てくれた近衛達二人は、この旅では私服姿だ。貴族の坊ちゃんという感じの出で立ちではあるものの、上品すぎるという点を除けば、この街でも浮いてない。

 彼は荷物を持つのを手伝おうとするジルを手で制す。いつでもとても紳士的だ。

 彼等が年下のハイネにジルの護衛という理不尽な命を受けている事について、どう考えているのか時々気になる。


 階段の上からドタバタと騒がしい足音が聞こえ、太った男が姿を現した。服装からして、この宿屋の亭主だろう。


「おお、皆様お帰りでしたか。お部屋はもう整えておりますので、どうかお上がりください!」


「親父さん、急に人数が増えて悪いね」


 ゲントナー女史が亭主の前に進み出る。


「お気になさらず! 最近旅行者が激減してしまって、商売あがったりだったんです。逆に助かりましたよ」


「そうか、そうか。貴方も大変だね」


 近衛は亭主とのやり取りをゲントナーに任せる事にした様で、全員に鍵を配り始める。


「一人一部屋確保出来ました。こちらはジル様、これはマルゴットさん……」


 この場で各々自由行動という事になりそうな雰囲気なので、ジルは一応考えを伝えてみる。


「有難うございます。あの。部屋に入る前にレストランで食事を済ませませんか? 物騒な噂もありますし、バラバラで行動するより集団で行動した方が安全だと思うのです」


「確かにその通りだ。そうしよう。近衛君が今持ってる荷物を運び終えたら、全員でレストランに行こう」


 亭主との会話を終えたゲントナーはジルの提案に大きく頷き、賛成してくれた。


「すぐ置いてきます」


 近衛が大急ぎで階段を駆け上がる。


 彼がエントランスに戻り、全員でレストランに入ると、意外にもジル達の他に客が一人居た。地元の人だろうか?仕立てが良さそうな服を身にまとう四十代位の男性だ。微妙に気になりつつも空いている席に座る。


 注文を取りに来た少女に、それぞれオーダーすると、さほど待たずに料理が運ばれて来た。


 ブルストや、フリカデレ、ザワークラウト、マッシュポテト等でテーブルが埋まる。

 マリク伯領内の穀物が一度この街に集まる事情を考え、ライ麦が使われてそうなパンは頼まず、白パンを頼んだのだが、運ばれて来たブレッチェンは表面に薄っすらと小麦粉がまぶしてあり、とても美味しそうだ。

 馬車で移動中だった昼間は、シンプルなサンドイッチで済ませたので、湯気が立ち上がる料理に皆笑顔になる。


「このフリカデレ、スパイシーでとても美味しいですわ。皆さん召し上がってください」


「ブルストもいけるよ! 肉汁が最高だ」


「ザワークラウト……うぅ、すっぱいです……」


「ビールが飲みたいです。ビール……」


 大人数でテーブルを囲み、自由気ままに食事の感想を言っていたのだが、ジルはふと違和感を覚えた。


(む……一人多いような……?)


 口に入れていたパンを飲み込み、もう一度確認すると、何故かジル達が来る前から店内に居た男がゲントナーとクライネルト家の使用人の間の椅子に座っている。


(いつの間に……)


 驚きのあまり、心臓が跳ねたジルは胸を抑えながら、口を開く。


「あ、あの……。何かご用でしょうか?」


「漸く気づいたか。これだから陽キャの集いはいかん」


 男は誰かに話しかけられるのを待っていたようだ。テーブルの上に手に持っていたビールジョッキを図々しく置く。彼の存在に全く気付いていなかったのか、ゲントナーは「うわっ」と叫び声を上げて、椅子をずらした。


「いつの間に!?」


「勝手に混ざるな!」


 近衛達が男を椅子から立ち上がらせようと、両側から彼の腕を拘束する。


「待て、待て。俺は怪しいもんじゃない」


「どこからどうみても怪しいのですわ……」


 ジルを庇おうと立ち上がったマルゴットの影から顔を出し、ジルはツッコミを入れる。


「俺はファーナー家に雇われた探偵だ。アンタらがこの街に来た目的と同様の目的で滞在してる」


 野ばらの会に持ち込まれた殺人事件の被害者の家だ。ファーナー家は探偵も雇っていたのかと驚く。そしてこの男が、ジル達がこの街に滞在する理由を察していそうなところにも……。


「ファーナー家って、貴族の家だったか……」


「ですね」


 ゲントナーや近衛達も意外な面持ちで探偵を名乗る男を見つめる。


「探偵……というと、この街自体の調査に来ているのです? それとも殺人事件の捜査で?」


 ジルが男に尋ねると、ニヤっと笑われる。


「話の早そうな嬢ちゃんだ。俺は父親の方に雇われたんだが、結果としてエミールがやりたかったであろう調査もやってるな」


 今更ながらに、こんな所で際どい会話をして大丈夫だったかとウェイトレスの方を見ると、キョトンと首を傾げられる。オーダーだと思われない様にジルは首を振った。


「この宿は多めにチップを手渡しとけば、何を聞いても他言はしないから心配いらん」


「覚えておきますわ。でも探偵さん、何故私達に話しかけたんですの? もしかしたら、貴方にとって都合の悪い存在かもしれませんわよ」


「そりゃあ……。俺が調査中そこのおさげ頭の嬢ちゃんを何度か見たからだ」


「ふぁ……!? わ、私……?」


 マルゴットは探偵の存在に飽きたのか、別のテーブルに行って、薬草の品質をチェックし始めていたのだが、急に話しかけられ、目を真ん丸にした。


「エミール氏の墓、ファーナー公爵家の領地、そして野ばらの会の建物、アンタの姿を結構見てるぞ」


 若干悔しそうな顔をするマルゴットは、「むむ……」と腕を組む。一生懸命記憶を辿っているのだろう。


 まぁ、なんにせよ。この男が探偵だというなら、街の様子をある程度聞いておくと、動きやすくなるのは明白だろう。勿論完全に信用は出来ないけども……。


「探偵さんは、この街でどの辺を調べられてます? 私はこの街で物流が堰き止められているのではないかと思うので、そこを中心に調べたいのですわ」


「……大したもんだ。野ばらの会では捜査がほとんど進んでないと聞いていたが、かなり真相に近付いてるじゃねーか」


(マルゴットはともかくとして、私達全員のばらの会の会員だと思われてそうね)


 マルゴットがいるので、否定をし辛く、そこはスルーする事にする。

 それよりも一連の事象や事件についての探偵の見解を聞いてみたい。


「エミール・フォン・ファーナー氏もそこに気付いたから殺されてしまったんじゃありませんの?」


「アンタの言う通り、エミール氏は帝都で農産物価格が急上昇した時、すぐにここに注目し、俺達探偵や、部下に捜査させたんだ。送り込んだ大半が殺され、森に埋められたようだがな」


「まぁ、失踪者は皆殺されてしまったんです?」


「あぁ。口封じにな。俺はこの宿のおかみさんの親戚だという事にしてもらってるし、行く先々で賄賂を渡しているからまだ殺されてないが……」


「うまく立ち回るのって大事なんですのね。だけど、何故私達に危険をおかしてでも伝えてくれようと思ったんですの?」


「少し焦っててな。調査が長引いている事で、目を付けられ始めてるんだ。だから誰かに情報を引き継いだ上で、この街から暫く離れたい。殺されたくないからな」


 この調査は命を狙われる程に、危険なものなのだと男は伝え続ける。

 




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