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調査⑩

 ジルは帝都で売られている一部の農産物が高騰している事を考える。


(市場のジャガイモや小麦が値上がりしているのは、不作とか、戦争、バザルでの事が引き金になっている部分もあるでしょうけど、もしかして物流についても何か問題が起こってる……?)


 物流の要所であるライハナで起きている何かにエミールが気付き、行動を起こした結果、憎まれてしまったのだろうか? その場合、もしかするとライハナを調査する事で犯人の姿が浮かび上がるかもしれない。


(うーん……、勝手にそう思い込むのは良くないわよね。一度バシリーさんに会って、エミールさんが死ぬ前に手掛けていた事を教えてもらおうかしら? でも明日にはハイネ様と一緒にハーターシュタイン公国に出発しちゃうし、今日いきなりお宅訪問したら絶対迷惑がかかるわ)


 どうしたものかと悩むが、懐中時計を見るともう昼の一時になっている。切り上げて昼食をとる事にした。


 付き合ってくれた司書に丁寧にお礼を言い、図書館を出る。カフェテリアに入ったジルはカウンターに残ったカツレツやホワイトアスパラのサラダ等をトレーの乗せ、支払いを済ませた。


 どこに座ろうかと座席を見渡すと、おさげ頭の美少女が目に入った。窓際のテーブルに座ったマルゴットは分厚い本を読んでいる。


(家に居ないと思ったら大学に来ていたのね)


 ジルはマルゴットの向かいの席にトレーを置く。


「相席よろしいかしら?」


「あ! ジル様……」


 弾かれた様に顔を上げたマルゴットは嬉しそうに笑う。


「夏期休暇中も大学で勉強だなんて、真面目ね」


「いえ、ジル様が大学に行ったと聞いたので、私も来たんですが、研究室に居なかったのでここで待ち伏せしていたんです……」


「ええ……一体どうして……?」


「私はジル様の侍女ですからっ」


 ドヤ顔で胸を張る彼女の気持ちが嬉しくて、顔が綻ぶ


「有難う。いつも頼りにしてるわ」


「はい! ジル様は何をしに来たんですか?」


「教授にお土産を渡すのと、エミール・フォン・ファーナーさんの卒業論文を読みに来たのよ」


「なるほどぉ……。エミールって誰ですか?」


「え……」


 マルゴットの顔をマジマジと見るが、彼女はキョトンとした表情で見つめ返すだけなので、いたって真面目な発言だったようだ。まさか、墓を暴いておきながら、目にした死体の名前を把握していなかったとは……。というか、エミールは野ばらの会で何と呼ばれているのか気になるところだ。


「バシリーさんの従兄で、殺人事件の被害者よ。野ばらの会で調べていたでしょ?」


 ツッコミを入れても何も得しないだろうから、取りあえず覚えてそうなところと繋げる。


「あぁ……。そう言われてみると、そんな感じの名前でしたね。でも何で卒業論文を?」


「エミールさんは政治家秘書らしいから、その政策の事で誰かと揉めて殺されたと仮定して調べてみていたの。だから彼の政治立案の傾向を推測できる要素を卒業論文で拾えないかなって」


「そういう事でしたか。何か分かりましたか?」


「少しだけ……。彼は卒業論文で帝都の物流に的を絞って調べていたみたい。だから今帝都コトバスの市場に介入している有力者の誰かと衝突したのかも。だとしたらその人が怪しいという事になる気がするの」


 ジルが現時点でやっていた事、考えた事を伝えると、マルゴットは「おぉ……、流石です」と手を叩いた。

 いつもちょっとした事で褒めてくれる彼女はジルに甘い。


「実は午前中に野ばらの会に行って捜査の進捗を教えてもらったのでした」


「あら? そちらはもう犯人の目星がついているの?」


「犯人……というか、ファフニールは相変わらず見つかってないらしいです。惨殺現場から半径五キロの範囲をくまなく探しているみたいなんですが」


(さっきマルゴットが被害者の名前を把握してなかった事からも察したけど、完全にエミールさんの死はどうでもいい事にされてそうね)


 微妙な気持ちになりながら、彼女の手元の本に視線を向けると、それは伝説上の生き物の図鑑だった。


(ファフニールは……、確か伝説上では、財宝を独り占めしたくて、人目に付かない場所に隠していたのよね……。マルゴットも会いたいのかしら? でも……、あれ? 財宝を、隠すって……。むむ……)


 何か点と点が繋がりそうな気がして、美味しくないカツレツをつつきながらボンヤリする。


(私、だんだん食事中のマナー悪くなってきてるわよね……。気を付けないと)


「あ……、そういえば被害者が死ぬ前の一か月間の足取りを聞いてきたんでした」


「野ばらの会は普通の捜査もしていたのね」


「野ばらの会の仕事じゃないです。警察が細々と調べていたらしくて、一昨日野ばらの会に情報提供してくれたとか……」


「そうなの?教えてもらってもいいかしら?」


「勿論です。帝国北部の都市ウロルゴー――――被害者の家の領地で最大の都市みたいんなんですけど、そこと帝都を二往復程していたみたいです。殺された時に宿にいたのは、被害者が娼婦とエッチな事をするために割と長期間借りる事があるかららしいです」


「ウロルゴー……」


 何かしょうもない事も耳に入ったが、気のせいだろう。


「あ……そういえば、何となく思い出したんですが、ウロルゴーに住む人が一人、マリク伯領ライハナで失踪してますね」


「ふむふむ」


 マルゴットはたぶん、エミールの実家と深いかかわりがあり、死んだ場所でもあるウロルゴーと、ライハナでの失踪者の一人が同じ都市の者だということに何か関係があるんじゃないかと思ってそうだ。

 だからジルも考えてみる。


(エミールさんは貴族……、自分は基本は動かず、配下を手足とする……という事はライハナを調査させるために派遣した……、とか?)


 確かに繋げて考えられなくもない。だからジルは決断する。


「次にジャガイモを調査しに行った後、ライハナに行ってみない? そこに何かがある気がするのよ」


「むむ……、ジル様が危険な目に合うんじゃ?」


「ライハナを訪れる旅人が全て殺されているわけじゃないんでしょ? だったら怪しく見える行動をしなきゃいいだけよ」


 眉根を寄せながらジルの話を聞いていたマルゴットだが、何かを決意したらしく、目を輝かせた。


「……それもそうですね! 何か起きたら私が消しますっ」


「え……」


 何を消すと言うのだろうか? 言葉の不穏さに震える。

 

「宿を探して、予約の手紙を出しておきますね! 旅行者は減ってるみたいなので、必要ないかもですが」


「あ、有難う……」


 ライハナという都市ではなく、マルゴットの行動に対して不安を感じるジルだった。

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