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調査⑧

 ジルはハイネのガラス玉の様な灰色の瞳を見つめているうちに、恥ずかしさに耐えきれなくなり、もう片方の手もグラスに添えて、彼の手からレモネードを奪う。グラスを頬にくっつけ、熱を冷ます。


(変な女だって、思われてなければいいのだけど……)


 なんだか、直ぐにまた話す気にもなれず、再び崖の下に視線を向けた。


 下界は霧が晴れ、帝都の道一本一本がクッキリ見える。


(ハイネ様の言った通り、晴れてるわ)


 普段目印にしている建物を見つけ、そこから家まで辿る。


(ええと……。あの白い外壁の邸宅の横から曲がるのよね、そこから二ブロック程歩いて……。あ!)


「見つけましたわ!」


 ちゃんと在った。テラコッタ色の外壁や、小さく見える蔦の緑。ジルの新居で間違いない。


「何を?」


「私の家ですわ!」


「あぁ、もう霧が晴れたんだな。アンタの家は……う~ん……」


「あそこです!」


 ジルは家を指さすが、ハイネに吹き出されてしまう。


「ここから指さされても、分かんねぇ」


「確かに、そうですわね……」


「自分で探す!」


 ハイネはそう言い、下界に目を凝らす。自分の為に時間を使ってくれるのはやっぱり嬉しくて、その横顔をずっと見ていたくなる。でもバレたら怒られてしまうだろうから、代わりに、彼の住む宮殿の様子を観察する事にした。


 遠目にも巨大な灰色の建物は、完璧なシンメトリー。その堅牢な外観は皇帝の権力を国民に知らしめるような効果があるだろう。ジルは母国ハーターシュタイン公国の優美な宮殿を思い出し、その違いを改めて興味深いと思う。


 レモネードを口に含みながら、宮殿から少し離れた場所に位置する訓練地の様なスペースを見ていると、ハイネが「あれだ!」と声を上げた。


「見つけた! あの茶色の建物だったよな、確か!」


 ジルの家の方向を指さし、彼は得意気に笑う。彼はさっきここから指さしても分からないと言っていたけど、何故かちゃんと見つけてくれた事が伝わった。


「他の建物の影になってなくて、良かったですわ」


「だな!」


「ハイネ様は、この場所をどなたから教えてもらったんですの?」


「親父」


 意外な人物だった事に軽く驚く。皇帝陛下はハイネの乳母の命を奪うようしむけたと聞いた事がある。そのせいもあり、勝手に冷酷な人物だと考えていた。


「俺は昔、身体が弱くて、宮殿に閉じ込められてたんだ。宮殿内部が俺にとっての世界の全てだったから、親父に『この国の次期皇帝としての自覚を持て』って言われてもピンと来なくてさ――」


「病弱な子だったんですのね」


「うん。まぁ今は健康そのものだけど」


「良かったですわ!」


 ジルの言葉に、ハイネは「どーも」と軽く笑った。


「『国の広さの感覚も良くわかんないから、無理』って返したんだったかな。そしたら、ここに連行された。初めてここからの風景を見た時は結構感動したな……。無数にある家一つ一つに国民が住んでるし、遠くの山脈の向こうにも人々が住んでて、それぞれの暮らしがある。それを知って漸く努力しようと思った」


 ハイネの話を大人しく聞いていると、何となく彼がここに連れて来てくれた理由が分かった気がした。自分もこの国で暮らす一人の国民なのだと実感が持ててきたから。

 

「ハイネ様にとってこの場所は出発点なのですね」


「かな~? まぁ、そんな事より、ビーツのサラダ取り分けていい?」


 急に照れたのか、ハイネはジルから視線を離し、バスケットに手を突っ込んで鮮やかなピンクの小瓶を取り出す。


「あ、はい! お任せしてしまってすいません」


(また、こんなお話をしてくれたらいいのだけど)


 出会う前の話をもっとしてほしいけど、せがんだら負担になるかもしれないから、彼のペースに合わせる事にした。


「俺が連れ出したんだから、気にすんな」


 ジルは自分の皿を彼に差し出し、サラダを盛ってもらった。

 先日二人で市場に行った時、ビーツを購入し、ハイネと半分に分けた事を思い出すが、この野菜はそんなに日持ちしないので、別の物を使っているだろう。


(そういえば、ビーツのサラダはビネガーが入ってるのよね。時々かなりすっぱい時があったりするけど……。これは大丈夫かしら? 私、強い酸味があまり得意じゃないわ……)


 帝国料理は結構酸味のある料理が多いのだが、引っ越し後は完全にジルの好みのレシピばかりになったのか、すっぱい物を食べる事が無くなり、忘れていた。


 恐る恐るビーツのサラダを口に運ぶ。


(あれ? 結構美味しい……)


 リンゴとクルミが入っている事で、酸味があまり気にならない。オイゲンの料理センスに感心しきりだ。


「オイゲンさん、流石ですわ……」


「これはアイツの定番だな」


 のほほんとしたオイゲンの笑顔を思い出すと同時に、ハイネの侍従のもう一人バシリーの事も頭に浮かんだ。

 フリュセンに向かう馬車の中で、マルゴットが彼の身内に起こった不幸を教えてくれた事を思い出す。


「そういえば、バシリーさんの身内の方、亡くなられたそうですわね。ハイネ様はお葬式に行きました?」


「バシリーの従兄の事か。俺達が戦地に行っている間に死んだらしいけど、死体の状態が酷いからって、すぐに葬式して埋葬したって聞いた。あ……ごめんな。食事中なのに」


「いえいえ。話を持ち掛けたのは私ですから」


 申し訳なさそうなハイネの表情を見ていると、その後マルゴット達が墓地でやらかした事を言えなくなる。


「バシリーの従兄のエミール・フォン・ファーナーは政治家をやってる父親の秘書をしてたはず。親子揃って嫌味な性格だったし、どっかの派閥から恨まれて殺されたんじゃないかって、噂されてるな」


「なるほどです。エミールさんのお父様――ええと、バシリーさんの叔父さんになるのでしょうか――。犯人を憎まれているのでは?」


「かなり……。必ず探し出して、同じ様に惨殺するって言ってるらしい。アチコチに手を回して捜索させてるんだと」


 アチコチの中にマルゴットが所属する「野ばらの会」が含まれている事になるようだ。

 それにしても、同じ様に殺すとは穏やかではない。マルゴットの話によると、伝説上の化物が犯人らしいけど、それ程の相手だと、かえり撃ちされそうなものだが……。


 そこでジルは、ふと気づく。


(化物がちゃんとした動機を持って殺したわけではなく、代理で殺したという事だってあり得るわよね)


 殺人事件にあまり興味が無かったとはいえ、思考が偏りすぎていたかもしれないと反省する。


(化物を使役出来る人物が化物にエミールさんを殺害させていたとしたら、やっぱり何かしらの理由がある気がするわ)


「エミールさんは、秘書としてどういう仕事をしていたんですの?」


「親しくないから、あまり把握してないけど、雑用系ではないのは確かだな。最近だと脱官僚を目指して政策を自分達で考える秘書が多いと聞くから、あいつもそうだったんじゃないか?」


「ふむふむ……」


「エミールは帝国大学の卒論で帝都の経済についての問題点をテーマにしてたし、その辺を政策案にしてそうだよな。ある程度詳しい方がまとめやすいだろうし」


「あら、私の先輩でしたの」


「優秀じゃないって聞いた事あるけどな。ブラウベルク帝国大学はこの国のトップの学校だから、有力貴族の子弟は裏口入学する奴が多いし、アイツもそうなんじゃないか?」


「あら……」


 ハイネの決めつけた物言いに唖然とする。

 ジル自身、マルゴットの術が無かったら大学院に入れなかったかもしれないので、あまり人の事をとやかく言えなかったりする。


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