調査①
重厚な鐘が鳴らされる中、暗い室内を大人達が歩き回る。丈の長いローブを着込み、フードを深く被る彼等の個性は手に持つ呪具の違いか、背丈か、そのくらいしか見て取れない。
マルゴット・イーゲルは二階から吹き抜けになった階下で行われるその儀式を見守る。
悪夢のただ中の様な不気味な儀式、だがマルゴットにはそれが目が離せないくらいに、魅力的に映る。
野ばらの会に所属する者達の中には、無駄な儀式と言う者達がいるが、これは我等が悪魔と定期的に親睦を深める為に必要なものだ。
六月に高度な黒魔術に成功したマルゴットも本来であれば、幹部になり、この儀式に参加出来たはずなのだが、残念ながらゴマすりが足りずに昇進できず、下っ端に据え置かれている。
「マルゴットさんっ」
ツンツンと肩をつつかれ、マルゴットはジロリと振り返る。
背後に立つのは、そばかすだらけの顔の少年。確か自分よりも三歳年下だったはずだ。
「野ばらの会に相談がある方がいらっしゃってるんですけど、自分じゃ手に余るみたいなんで、対応してもらっていいですかっ!?」
「むぅ……」
必死な感じで頼まれても、面倒事はごめんだ。どうせ相談と言っても、靴下が頻繁に紛失する呪いにかかっているとか、隣人が騒がしいのは良くないモノに取り付かれてるからだとか、馬鹿々々しい事ばかりなのだ。
「……追い返せば?」
マルゴットが肩を竦めて言い放つと、少年は目を潤ませる。
「貴族っぽい方なので、対応悪くしたら後が怖いですよぅ」
「じゃあ、儀式終わってからあの人達に頼んで。私は帰る」
人差し指で階下を示し、マルゴットはスタスタと歩き出す。ガキと話すのはダルくてしょうがない。
「待ってくださいよっ! 幹部達には困った事が起きたらマルゴットさんを呼ぶように言われてるんです!」
階段を下りる間もガキに後ろからゴチャゴチャと言われるが、もうマルゴットの思考は明後日の方向に飛んでしまっている。
(早く帰ってジル様とお話したいな……。あっ……! そういえばペチュニアに水やりするの忘れた)
無駄に人が多い離宮を出て、野ばらの会の支部にも近い邸宅に引っ越して来れて、最近マルゴットは毎日が楽しい。イグナーツもだいたいは会社に出掛けているので、夜部屋から出れない様に嫌がらせするだけで済み、当初危惧したほど手がかからない。面倒事を一瞬でやってくれる能力はあるので、こき使おうと考えている。
(それに金策もしてくれるしね)
あまり金に頓着しない方なのだが、生活していくには必要なのだ。
持ちつもたれずという言葉を漸く理解してきたマルゴットである。
階段からノロノロと出口に向かうと、通り過ぎた待合室の入り口から、「マルゴットさんじゃないですか」と聞き覚えのある男の声がしたので、ピタリと立ち止まった。
「なんでこんな胡散臭い場所に……。あ! そういえばハイネ様がマルゴットさんは能力者だって言ってましたね」
ジト目で声の主を見遣ると、赤毛でスラっとした体形の男が立っている。皇太子の侍従バシリーだ。相変わらずのチャラついた態度は不快極まりない。
「あれ? お二人は知り合いなんですね! 良かった。実はこの人が面倒な依頼者なんですよ。マルゴットさん対応を願いします! 僕は他の方を対応しますっ」
自分を追いかけて来た少年は勝手に決めて、待合室に入ってしまった。
「むぅ……」
待合室を睨み、頬を膨らませるマルゴットにバシリーは笑いながら近付いて来た。
「あの少年、僕を面倒な依頼者だなんて、口が悪い子ですね。別に良いんですけど……。こんな所じゃ野暮ですし、飲み屋で相談させてもらいますかね」
「飲み屋なんか行かないです……。喉が渇いてるなら雨水を貯めた壺があるので持ってきますけど」
親交を深める気などさらさらないマルゴットは無表情でバシリーと向かい合う。
「喉が渇いてるわけじゃないですよ。まぁ、立ち話でもいいです」
何時の間にこの男の相談を聞く事になったのかと、マルゴットは腹立たしくなる。
「単刀直入に言うと、殺人事件の犯人をこの組織に解決してもらいたいんです」
「無理です。警察に行ってどうぞ」
「普通の警察に投げられてしまったからここに来たんですけど」
「ここは便利屋さんじゃないのですよ……。それに、その話しぶりだと死んでからかなり経ってますよね」
「かれこれ二週間程前みたいです。従兄なんですけど、僕が戦争に行っている間に上半身と下半身がお別れに……」
なかなかに残虐な殺され方をしたようだ。
この男のいとこだけあって、ろくでもない性格だったため恨まれでもしたのだろうか?
「そんなに前だと、証拠も残ってないだろうし、ここでも解決は無理じゃないですかね……」
「死体を見たいなら、土葬なので掘り起こす事も出来ますよ!」
「なるほど」
スコップを使って労働をするのが面倒で、マルゴットは視線を彷徨わせる。
「聞いた話によると、切断面がまるで巨大な何かに引きちぎられた様になっていて、人が刃物で切った感じじゃないみたいなんですよね。警察は化物の仕業だって言ってましたねぇ」
「自分達が無能だと、すぐ化物の所為にしますからね」
マルゴットがピシャリと言い放つと、バシリーは軽く笑った。そしてバッグから本を取り出し、頁をめくる。
「これを見てください。いとこの所持品なんですけど、宿にこの頁が開いたままになっていたらしいんです。これを見たら、化物の仕業かもって思ってもらえますよ」
その頁を覗き見ると、下の方に赤いインクで『ファフニール』と殴り書かれていた。
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